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19. 命令違反(2)

 どこの森の中なのか分からないけれど、ようやくダインの神獣が足を止めた。


「ここは一体……?」


「アイリス様、申し訳ありません」


 アイリスの後ろに乗っていたダインにそのままロープで縛り上げられて、神獣の背から担ぎ降ろされた。


「このロープは……?!」


 ヒュドラの抜け殻が編み込まれている。神気を抑え込まれてはこれ以上エルピスを呼べない。


 地面に降ろされたけれど肩を掴まれて起き上がれない。


 アイリスの瞳を覗き込んでくるダインの瞳は、どこか遠くを見ているようにぼんやりとしている。


「アイリス様……俺にその神気を分けて下さいませんか?」


「ダイン様……おやめ下さい」


「ズルいじゃありませんか、セフィロス様だけその神気を欲しいままにありつけるなんて」


「どうか正気を取り戻して下さい……」


 誰かに会う時には極力神気を抑えていたのに……!


 それでもゆっくり、少しずつ、でも確実にダインを酔わせていたのだろうか。


 アイリスの瞳から流れ落ちる雫をダインがペロリ、と美味しそうに舐めとった。


 神気は体液に多く宿る。


 涙ですら例外では無い。


「はぁ……涙ですらこの神気……。もっと欲しい……もっと……」



 嫌だ、嫌だ、嫌だ……!!!



 自分の意思とは関係なく、ダインの神気が口の中に捩じ込まれ、流れ込んでくる。


 汗の一滴も逃すまいとペロペロと犬のように舐めるダインの顔は紅潮し、トロンとした顔でこちらを見返してきた。


「ふっ……、うぅ……やめて下さい……お願いです」


 セフィロス以外の神の神気が、自分の中で混ざり合う。



 何もかもがもう遅い。


 自分の意思でダインに会ったわけでもここに連れてこられた訳でも無くても、全ては自分がいけなかったのだ。


 ちゃんと神気をコントロール出来ていれば、

 ちゃんと天使と一緒に出掛けていれば、

 ちゃんとセフィロスの言ったことを守っていれば、


 ……あんなに私の事を考えてくれていたのに。


 いつでも私の身の安全を最優先にしてくれていたのに。

 例え愛情表現が苦手だとしても、きちんと分かっていたのに。


 なぜ一瞬でも疑ったりしたのだろう。

 必要とされていないなんて拗ねたりしたのだろう。



「助けて……セフィロス様」



 再び流れ落ちた涙は舐め取られることなく、ヒュっと言う音と共に風に巻き上げられた。


 一瞬の出来事過ぎて、一体何が起きたのか分からなかった。


 すぐ側の木に打ち付けられている真っ赤な人形が、ダインだと気づくのに何秒かかったのだろか。


「アイリス様!」


「じゅ、ジュノ……、セフィロス様……」


 駆け寄ってきたジュノが、直ぐに自分のローブを脱いでアイリスの身体に巻き付けてくれた。


 すぐ近くにはエルピスとセフィロスの神獣・スレイプニルが鼻息を荒くして控えていた。



「アイリスに何をしていた……?」



 大気そのものが怒りに満ちているかのように重く、気を抜けばそのまま切り裂かれてしまいそうな程に鋭い。


 ビリビリと草木が大気の震えに呼応して揺れている。


 セフィロスが一歩近づく事に圧が増すのか、触れてもいないダインの口から血が吹きこぼれる。

  その身体は風の力で切り裂かれたのか、ところどころちぎれ落ちそうにぶら下がっている。



 八つ裂き。



 頭の中に恐ろしい言葉が浮かんできた。


「だめ……」


「アイリス様もう大丈夫ですよ、落ち着いてください。あっ……!」


 ジュノの静止を振り切って、振りあげようとするセフィロスの腕をとった。


「セフィロス様っ、これ以上はおやめ下さい! 死んでしまいます!!」


「だから何だ? この者はそれだけの代償を払う必要がある」


「私がいけなかったのです。私がセフィロス様の御命令に背いたから……ちゃんと神気をコントロール出来なかったから……ダイン様を酔わせてしまったのは私のせいなのです。ですからどうか命だけは……!」


 セフィロスはしがみついて懇願するアイリスの顔と、血塗れで虫の息ほどしかしていないダインとを交互に見やると、上げていた手を下ろした。


「セフィロス様! アイリス様!」


 エルピスの後を追いかけてきたのだろう。あとからやって来たノクトとエレノアが馬から降りて駆け寄ってきた。


「エレノアとジュノはアイリスを連れて虹の神殿に先に帰れ。リアナに聖水を用意するように伝えておくから飲ませるように。私とノクトは後始末をする」


「後始末……?」


「大丈夫だ。其方の恩情に免じて命までは取らない」


「アイリス様、参りましょう」


 ガタガタと震える手をセフィロスは優しく握り返してくれると、そのままエレノアに渡された。






 セフィロスは今見せられた記憶にギリリと歯噛みする。


 再び押し寄せる殺意を抑えるのは容易ではない。


「遂にと言うべきか、とうとうと言うべきか……」


 太陽の神・フレイは額に手をやり重くため息をついた。


 太陽の神殿の会議室では最上級神が集まり、先程ダインの記憶を雷の神・セトに見せてもらった。

 セトは神の中で唯一他者の記憶を見る事が出来、そしてその記憶を他の者にも見せることが出来る。だからこそ最高裁判官の役割をしている。


 セトに見せてもらったのはアイリスに水の門の近くで偶然会った所から、セフィロスに殺されかかる所までの一部始終の、生々しいダイン目線の記憶。


「私の娘になんて事を……っ! 今すぐ息の根を止めてやるわ」


「リアナ落ち着きなさい。君も見ただろう? アイリスが懇願したから力の神は今も生きているんだ。じゃなきゃとっくに跡形もなくバラバラになっているよ」


「こうならない為に契りを交わしたと言うのに……すまない」


「セフィロス、君が謝る事じゃ無いだろう。アイリスの様子はどうだい?」


 頭を横に振って答えると「そうだよね」とフレイはもう一度ため息をついた。


 アイリスの自宅へ行き面会を求めても「誰とも会いたくない」の一点張りで、部屋に閉じこもったまま出てこない。


 無理矢理に入って会うべきかどうか考えあぐねている。


「いいわ、私が会ってくる。こう言う時、気の利いた事のひとつも言えないセフィロスになんか任せてられないわ」


 怒り心頭な様子のリアナはこちらを睨みつけると、自分の守護天使長を連れて会議室を出ていった。

 




「あれ程アイリスには近づくなと言ったでしょう?」


 薄暗い部屋の中で、身体中を包帯で巻かれベッドの上に座るダインにルナは問う。


 「なぜ」と。


「……今ならよく分かります。アイリス様が何故あれ程までに囲われ、守られていたのか。セフィロス様が隠したがっていた訳が。一度口にしたら抜け出せなくなる。あの方はまるで薬物(ドラッグ)のようだ」


「君は『力』を司る神。誰よりも純粋に力を欲してしまった、そういう事なんだろうね。君のその傷は、傷口は塞がっても痛みは残り続ける。セフィロスの癒しの力でなければ治せない。これが君に下す罰だよ」


 ふっ、と力なくダインは笑うとベッドから立った。


「これからどこへ行くつもり?」


「……地上へ。天界(ここ)にはもう居られません。またいつあの方に手を出そうとするのか分かりませんので」

 

「地界、と言う答えじゃなくて良かったよ。じゃなきゃ君をここで殺さなきゃならなかった」


「邪神になるほど落ちるつもりはありません。ルナ様、お世話になりました。それでは俺はこれで失礼します」




 自分の守護天使と契約を切ったダインは一人、地上へと降りて行った。



 力の神が虹の女神を襲ったことは公には伏せられた。


 それがルナが、これまで自分の部下として働いてきてくれたダインに掛けた情けだった。


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