独身貴族万歳!
マチルダ・フェリベール。フェリベール公爵家の三女である彼女は、婚約者であるピエール・レナードという侯爵家の嫡男を心底愛している。
「ピエール様!今日も大好きです!明日もきっと大好きです!」
「俺は愛してないよ。政略結婚なんだから、ほっといてよ」
「そんなぁ…」
これでも、幼い頃から一緒にいる幼馴染でもある。その頃からマチルダはピエールに一途だったが、想いは届かない。
「ピエール様ー!一緒にランチにしませんか?美味しいサンドイッチがあるんです。もしよろしければ、私が紅茶もお淹れします!」
「俺はいらない。さっさと帰って」
幼い頃は仲が良かった。二人の関係が拗れたのは思春期に入った頃。マチルダがそのふわふわした見た目と性格に反して優秀過ぎたため、ピエールの劣等感を刺激したのだ。ピエールももちろん努力しているが、天才と謳われるマチルダには敵わなかった。
「ピエール様、愛しています!どうかこちらを振り向いてください」
「やだ。君なんか大っ嫌いだ」
それでもマチルダはピエールを愛し続けた。愚かな程に、マチルダは一途だった。
「ピエール様、ピエール様!今日も大好きです!」
「…大好き大好き煩いなぁ!いいから放っておいてよ!大体俺は君のことなんて大っ嫌いなんだよ!他に愛する人がいるんだ!君さえいなければ!」
「…え」
ピエールはマチルダを突き飛ばす。マチルダは運悪く机の角に頭をぶつけた。
「そんな…」
「…っ!マチルダ!ごめん、そんなつもりじゃ!」
マチルダが頭を打ったことに動揺するピエール。しかしマチルダにとっては、ピエールの〝他に愛する人がいる〟という言葉の方がショックだった。マチルダは悲しみと共に意識が沈んでいく。
「ピエール様、どうして…」
「すぐに医者を呼んでくるから!」
一人で気を失ったマチルダは夢を見た。日本という国の平凡な家庭で生まれ育ち、幸せに生きた夢。彼女は非常に優秀で、キャリアウーマンとして生きていた。お金を自分で稼いで、人の役にも立って、稼いだお金を自分で使う。楽しい日々を過ごしていた。マチルダは、そんな夢の中の自分になんとなく憧れた。
そんな夢の中の彼女には恋人がいたが、浮気をされた。その件で言い争いになると相手は自分を、ちょうど今マチルダがされたように突き飛ばした。夢の中の彼女はマチルダと同じように頭を打ったが、幸い命に別状はなく。しかし左足が思うように動かせない障害が出来てしまった。
それでも、夢の中の彼女は強かった。恋人と別れ、慰謝料や治療費を支払わせ、仕事はデスクワークでそこまで支障はないため職場にも復帰。最後まで独り身だったが可愛い姪や甥とも仲が良く、少なくとも本人にとっては楽しく明るく愛に満ちた幸せな人生だった。
マチルダは、そこで目が覚めた。
マチルダは夢が前世の記憶なんだろうなぁとなんとなく理解した。前世の記憶があるからと言ってだからどうということもないが、マチルダの中で変わったことがあった。
今までの自分のピエールへの愛が、本当はただの憧れだと理解してしまった。そして、あれだけ憧れていた結婚生活に、夢が持てなくなった。ピエールには愛する人が他にいる。ならばピエールと一緒になっても、きっと幸せにはなれない。それよりも前世の自分同様慰謝料と治療費を支払わせさっさと別れた方が良い。
そこからのマチルダは早かった。ピエールが呼んだ医者に呼ばれて迎えに来た両親に、ピエールの目の前で彼の浮気を告げてこう言った。
「いくらなんでも結婚秒読み段階の婚約者に、他に愛する人がいるんだとか言い出す男と結婚したくありません。今回の怪我もピエール様に突き飛ばされて出来たものです。調査して、慰謝料と治療費を支払わせ別れさせてください」
あれだけピエールに心酔していたマチルダの変貌ぶりに、マチルダの両親は困惑した。頭の打ち所が悪かったかとも思ったが、医者曰く異常は見られないらしい。治癒魔法もかけたから問題はないとのこと。そんなマチルダの両親にピエールは言った。
「マチルダの言葉は本当です。僕はマチルダに相応しくはありません。慰謝料と治療費をお支払いしますので、別れさせてください」
マチルダの両親は今までの態度が嘘のようなピエールにさらに困惑する。困惑するなりに調査をしたところ、浮気と怪我の原因が本当だと発覚。
ピエールは侯爵家にはお金を出させず慰謝料と治療費を全て私財から支払い、無一文になると自分は跡取りに相応しくないと優秀な次男に爵位を継がせるよう両親に直談判。マチルダの両親の好意で警察沙汰にはならなかったものの、醜聞は流れたのでピエールの両親も諦めて次男に爵位を継承することとし、ピエールは勘当された。
ピエールは浮気相手の平民の元へ行き、そのまま彼女と行方をくらませた。無一文の彼らがスラム街に身を落としたのを見たという噂もあれば、平民の女性が娼婦となりピエールを養っているという噂もある。どちらにせよ、二人は一緒になれたものの人から見ればあまり幸せそうではない。
マチルダはピエール本人から多額の慰謝料を受け取り婚約を破棄した。あとはマチルダが幸せになるだけだったが、マチルダは前世と今世の恋愛を考えると、もう恋はしたくないなぁと考えた。
姉二人はすでに嫁ぎ、兄は爵位を継ぐ準備中。自分くらいは好き勝手しても許されるんじゃないだろうかとマチルダは開き直った。
マチルダは公爵家のご令嬢として、毎月それなりのお小遣いを受け取っている。それを、投資に使うことにした。様々な魔道具の開発事業にお小遣いから投資をした。幸い儲かって、マチルダは公爵家に頼らなくとも自分の私財だけで生きていけるくらいの財産を築いた。
マチルダは両親に、さすがは天才と褒めそやされるがそこで結婚せずに一人で生きていくと宣言した。マチルダは怒られるか悲しまれるかと思ったが、マチルダの両親は既に姉二人と兄が孫の顔をたくさん見せてくれているのでマチルダは好きに生きればいいと認めてくれた。
マチルダはたくさんある私財を使って孤児院を開いた。孤児院の院長となったマチルダは、信頼の置ける大人をたくさん雇い入れ、たくさんの身寄りのない子供達を引き取って、大切に育てた。
衣食住を保証し教養を身につけさせ、ある程度の年齢を過ぎると前世の知識で言うところのホワイト企業に就職を斡旋する。マチルダの孤児院は優秀な人材の宝庫としてたちまち話題となった。
マチルダはたくさんの可愛い子供達に囲まれて、大勢いる姪や甥達とも仲良くなり、愛の溢れる幸せな人生を送った。
マチルダの日記の最後には、独身貴族万歳!と書かれていた。彼女は自分の人生をエンジョイしまくったようである。




