ローマの忙日(4)ゲルマニア遠征、ソーセージとビールと最胡の骨とニーズヘッグの鉞
登場人物紹介
黄忠漢升 十六歳(西暦163年時点)十二月十九日生まれ 射手座 血液型AB型
好きな食べ物 羊を使った料理全般
若くして『弓神』と称される弓の名手にして闘技場チャンピオン
女顔のせいで よく女神に間違われる
新装備
E 『アテナの兜』(隕鉄製)
新持ち物
スニオン岬沖の海中神殿で見つけた『ポセイドンの鉾』
黄承彦 二十二歳(西暦163年時点)五月三十日生まれ 双子座 血液型O型
好きな食べ物 天竺で食べたカレー
利き手 左利き
自他共に認める『工神』黄忠の叔父(黄忠の父の弟)鍛冶 兵器 建築の
知識の吸収の為なら手段を選ばないマッドサイエンティスト
後の世の黄月英の父であり 鍛冶師蒲元の師匠となる
新装備
E 『ヘパイストスの鎚』
時に漢の延熹六年(西暦163年)七月
ギリシャでオリンピックに参加した黄忠はローマに戻ると
早速、チャンプの特権で闘技場の競技を三ヶ月間限定で
全模擬海戦のみとした。
スニオン岬沖の素潜りとオリンピックの水泳での訓練で水の操り方の極意が
掴めそうな気がしていたからであった。
そして三ヶ月後
模擬海戦の戦績は『七十五勝十五敗』という輝かしい記録を打ち出したのである。
時には船の漕手として
時には船上の射手として
時にはぶつかった船に飛び乗って闘う切り込み隊長として
黄忠はすっかり苦手を克服し
水戦の巧者となっていた。
そんな黄忠に時の共同皇帝の片割れマルクス・アウレリウス・アントニヌスは
黄忠に新たな任務を下したのである。
『ゲルマニア及びブリタニア遠征』
既にゲルマニア(ドイツ)は南部のスペリオル地方がローマ領内に組み込まれ
原住民族の帰化も進んでいたが北部のインフェリオル地方は
まだまだ原住民族による反ローマの動きが強く
去年からドナウ川周辺に滞在していた勢力が
一斉に渡河を開始してローマ領内に侵攻し
属州スペリオル地方と属州ラエティアに侵入して開戦の火蓋が切られた
所謂『マルコマンニ戦争』の勃発である。
また、この頃のブリタニア(イギリス)もローマの領土ではあったが
まだまだ異民族が蔓延る未開の地で
しかも海を隔てていた島国であった。
そこでマルクス帝は目下交戦中のゲルマニアと
ブリタニア全土を征服しローマへの帰化を進める為に
黄忠にその任を頼んだのである。
マルクス帝「何でもシナイでも異民族の驚異に晒されてその鎮圧に手を焼いていると聞く。しかしその分、異民族の討伐や手懐けかたもまた良く心得てるとも。なので汝にゲルマニアとブリタニアの鎮圧を命じる。討伐でも懐柔でも構わないのでとにかくローマとゲルマニア・ブリタニアの関係を良くして欲しい。私も後で出陣する。」
この任務には黄忠もまいった……
異民族の鎮圧については前漢の衛青や後漢の馬援の伝説は聞いていたが
当の若輩の自分には異民族鎮圧の経験など無かったからだ。
最初は断ろうかと思った
しかし、そんな黄忠の脳裏に白馬寺の
安世高先生の言葉が過った。
「若者は失うものなど無い!手に入れるだけだ!」
黄忠「謹んでお受け致します!」
一軍を率いる黄忠には同伴者に黄承彦と闘技場と皇帝の侍医ガレノスが居た。
黄承彦「異民族の鎮圧となると長くなりそうだな。祖国漢でも今だ異民族との確執は落着を見ないしな。」
ガレノス「私も初戦以外では同行する気は無いよ。軍医なんて不毛だ。せっかく治しても次の戦ですぐ死ぬ。闘技場の侍医の方がずっと人体実験のしようがあるというものだ。」
黄忠「(華陀と張仲景もそうだけど医者ってやっぱ変な人種だな…)スペリオルの戦いは早く終わらせて次のブリタニアへ行くさ。叔父貴の言う通り異民族鎮圧なんていつまでも終わらないから適当に引き上げるさ。」
こうして黄忠軍五千は戦端の開かれた地域ゲルマニア・スペリオルへ向かった。
ここでは昨年、既に反乱軍の先方カッティ人とカウキー人の侵攻に晒されたが
駐屯する守備部隊の抗戦により城壁を破れず
その場で燻っていた。
黄承彦「どうする?殲滅か?交渉か?」
黄忠「プトレマイオス先生の所に居た頃にアレクサンドリア図書館でタキトゥスという史家が書いた『ゲルマニア』を読んだ。それによるとゲルマン人は肉を喰らい『ビール』という麦酒を飲むらしい。それを思い出してたら良い案が思いついた。ここは『交渉』で決まりだ。ガレノス様、例のアレを!」
ガレノス「はいよ~、それっ新鮮だぞ~!」
ドサッ!
そう言うとガレノスの部下の医師たちが大量の豚の挽肉と羊の腸を持ってきた。
黄忠「みんな、俺がやってるのを真似してくれ。」
黄忠は兵達に羊の腸の中に豚の挽肉を入れて詰めて
一定の長さまできたら先端を結ぶ
という仕草を繰り返して見せた。
そして羊の腸の肉詰めを長方形に結んで繋いだ 蓮根のような変わった形の
食べ物を目の前に居たカッティ人とカウキー人の兵達に見せた。
黄忠「見ろ!この形!まるで双子みたいだろ?その名も双生児という物だ!これをビールと一緒に喰うと美味いぞ~!」
それを見たカッティ人兵とカウキー人兵は敵兵に戦意が無い事を悟ると
拙いギリシャ語で聞いてきた。
カッティ人兵「ソーセージ?喰っていいのか?」
黄忠「勿論だとも!そちらにはビールがあるんだろ?共に喰って語り合おう!」
カウキー人兵「よっしゃ!今宵は宴だ!」
黄忠はこれで交渉は成立したと確信した。
そしてローマ兵もドンドンこの『ソーセージ』を作る。
黄承彦「よくこんな交渉術を思いついたな!」
黄忠「実は昔、何進の所の肉屋で手伝いをしている時に何進の奴が思いついた料理があってさ。それがコレ。何進の親父さんが言うには『クズ肉を上手く使った、この双生児には麦酒が合うぞ!』って言ってたのを思い出してね。」
黄承彦「へえ~、阿進の奴も面白い物を創るもんだな!この発想力は『工神』の俺も参考にさせて貰うよ。」
ガレノス「私も常日頃から豚を使った料理は滋養強壮に良いと思っているが、こんな料理は初めてだよ!シナイ人の料理への執念ってのはローマ人以上かもね!」
黄承彦「それにしても、このゲルマニアのビール?って麦酒は変わった味だね。この口の中で爽快にシュワってなるのは何だ?どんな工夫をしたんだい?」
カウキー人の参謀「それは洗った松の葉を水と蜂蜜を十対一で混ぜた蜂蜜水に漬けてガラスの瓶に入れて蓋をしっかり閉めて二、三日ほど日干しにした水を濾して松の葉を取り除いた『神秘の水』が入った物をビールに入れてるのさ。我々ゲルマン民族ではその『神秘の水』の刺激は雷神トールの雷の如しってんで『サイダー』って呼んでるよ。」
黄承彦「『サイダー』?ああ『サンダー』が訛って『サイダー』か…しかし松の葉と蜂蜜でこんな不思議な飲み物を造るとは異民族の智慧ってのは馬鹿に出来ないのは中華でも羅馬でも変わらんなあ……世界共通だ。」
酒が飲めない代わりにその『サイダー』を飲んでいる黄忠も納得した。
黄忠「プハーッ!ああっ!美味い物に国境は無いよ!」
こうしてローマ軍と混成ゲルマン軍は意気投合して宴が始まった。
宴も酣になると、カッティ人兵の一人が
黄承彦の前にとある牙のような物を持って来た。
カッティ人兵「そこの人、男で髪が長いって事はシナイ人だな?そしてその持ってる立派な鎚は『ヘパイストスの鎚』だよな?アンタが噂の『工神』様か?」
黄承彦「ほう、この俺様の威名もこんな辺境まで轟いているとは光栄だね~!で、何の用?」
カッティ人兵「この牙は我らの神話に出てくる『ユグドラシル』という世界樹の根を齧る大蛇の牙で『ニーズヘッグの牙』と呼ばれる物でな。アンタだったらコレを鉞に変えられるかね?」
黄承彦「ふふん、この『工神』黄承彦様をナメるなよ!そんな事は文字通り朝飯前に済ませてやるぜ!」
そう言うと黄承彦は『ヘパイストスの鎚』を左手に持ち
その牙を叩いて延ばした。
『ヘパイストスの鎚』は加工する対象物を火に焚べなくても
形を変えられる物凄い鎚だった。
あっという間に牙が鉞の刃の形に変わる。
そして黄承彦が「おい」とローマ兵から槍を受け取り
その槍の先端を外して、その鉞を取って付けると
黄承彦はそれを持って叫んだ。
黄承彦「これぞ我が傑作の一つ『ニーズヘッグの鉞』なりぃ!!」
「おお!!」っとカッティ人兵とカウキー人兵の間に歓声が起こる。
黄承彦「これでそこに有る木を伐ってみな。」
斧使いのカウキー人兵が喜び勇んでその鉞を掴んで
近くに有った木に一撃を加えると
その木はまるで豆腐を切るように簡単に分断された。
またもやローマ兵とゲルマニア兵達に「おお!!」という
歓声が湧き起こった。
黄忠「叔父貴もやる時はやるんだな~………そうだ!何進で羊と言えばアレが有ったな!」
そう言うと黄忠は付き人に自分の所有する羊毛が入った箱を持たせて
ゲルマニア混成軍にそれを渡させた。
黄忠「それは羊毛だ、沢山あるだろ?それも貴方らにあげよう。」
ゲルマニア混成軍大将「こんなビールに合う美味い喰い物を教えてくれた上に、こんなに沢山の羊毛まで………なんてお礼を言って良いのか分からない……ではその『ニーズヘッグの鉞』はアンタらに譲ろう。そしてもう一つ渡したい物がある、コレだ。」
そう言うとゲルマニア混成軍大将はT字型の鉄片らしき物を黄忠に渡した。
それは表面に変な文字が彫ってある不思議な鉄片だった。
すると黄忠が冠っている『アテナの兜』に反応するように
その鉄片から緑色の光が発した。
ゲルマニア混成軍大将「この光は!?間違いない!」
黄忠「ああん?」
ゲルマニア混成軍大将「アンタこそ古に伝わるこの骨の適合者か!」
黄忠「どういう事だ?」
ゲルマニア混成軍大将「この骨の表面に刻まれているのは我々ゲルマン人に伝わる神秘の文字で『ルーン文字』と言ってな。その骨にはpsüと言う文字が刻まれているので我々では『サイの骨』と呼んでいて選ばれた者にしか扱えない代物なのだが、アンタはその伝説の適合者だ!故にこの骨はアンタにやろう!」
黄承彦「『サイの骨』?………そうか!これは『最胡の骨』か!」
黄忠「何それ?」
黄承彦「最も胡の先に緑の光を放ち隕石を跳ね返す骨があると中華でも聞いた事がある!ここはその最胡に当たる辺境地域!そしてその骨は隕鉄で出来た阿忠の兜を近づけたら緑色の光を放った!おい阿忠!試しに『象鼻刀』もその骨に近づけてみろ!」
黄忠が『象鼻刀』を持ち、骨に近づけるとやはり骨は緑色の光を放って発光した。
黄承彦「隕鉄で出来た『象鼻刀』にも、この反応……やはりこれは最胡波だ!」
黄忠「サイコハ?」
黄承彦「隕石を跳ね返す波動だよ!凄い物を手に入れたな阿忠よ!その『最胡の骨』は並外れた洞察力を持つ者にしか使えないが精神感応力を飛躍的に上げる効果があり、例えば弓の命中率が百発百中どころか万発万中になったり、逆に敵の斬撃や射撃を事前に予測して躱したり、果ては大勢の人の想いを昂ぶらせて自分の思い通りに操ったり出来る。それはもう効果を説明したらキリが無い最高の一品だよ!」
黄忠「随分と大仰な物らしいね。まあ有り難く使わせて貰うよ………」
ゲルマニア混成軍大将「『サイの骨』の適合者に会えたのも神の思し召しかもしれんな。その『ニーズヘッグの鉞』も貴方らに譲ろう。そして我々はもう去るよ。少なくともこんな伝説の人物達が居る軍には勝てそうもない。但し『アチュー』に『コーショーゲン』と言ったな?あんたらがローマ軍から去ったらゲルマン民族の誇りにかけてまたローマ軍を襲うぞ!それだけは忘れるな!」
こうしてゲルマニア・スペリオルを襲撃したゲルマニア混成軍は撤退した。
その直後に官軍のマルクス帝が率いる軍が到着したが
その頃にはもう官軍にやる事は無かった。
黄忠軍はマルクス帝の命令でそのままブリタニアを目指した。
時に漢の延熹七年(西暦164年)一月
黄忠漢升 十七歳の不思議体験であった
黄忠「最近、声変わりしてきた感じがする。髭ももうすぐ生えるかな?」
【ローマの忙日(4)ゲルマニア遠征 ソーセージとビールと最胡の骨とニーズヘッグの鉞・完】
今回は4,400字オーバーの長丁場になってしまいました
読者の方は途中でダレたりしないか心配です
次回もブリタニアを舞台に黄忠は持ち前の美男子ぶりを発揮します
乞うご期待!
今回も小説を読んで頂き大変ありがとうございます
皆様の忌憚の無い 評価・いいね・ブックマーク登録・感想・イチオシレビューをお待ちしてます
インスタグラムで『三国志芸術館』を催しているので良ければ御覧下さい
https://www.instagram.com/kohata_toshihide/