最強装備 象鼻刀
黄忠がアレクサンドリアに行ってプトレマイオスに会っていくお話です
黄承彦や兀突骨や象鼻刀や藤甲鎧も出てきます
第六次パルティア戦争、パルティア軍は初戦を大勝利で飾りアルメニア王の
ソハエムスを廃立し、パルティアのアウレリアス・パコルスを新たな王に
擁立すると同時に重要拠点シリアも占拠していた。
黄忠の初陣は最高の戦果で飾られた。
しかし黄忠は嫌な予感がしていた。
黄忠(こんなにボロクソにやられてローマ軍が黙っているわけがない………)
その予感は的中してローマの共同皇帝の片割れルキウス・ウェルスが
ローマが誇る最強の四将軍
アウィディウス・カッシウス
マルクス・スタティウス・プリスクス
ガイウス・ユリウス・セウェルス
マルティウス・ウェルス
を率いて反撃に出たのであった。
それは第五次パルティア戦争終結から
四十五年ぶりの皇帝自ら前線部隊を指揮しての全面戦争であった。
その報はパルティア軍にも、もたらされたが初戦で大勝利を重ねた
パルティア軍全軍は「来るなら来い!」というムードで士気旺盛だった。
しかし、黄忠は持ち前のストイックさから「この戦争は負ける」という
不安が脳裏をよぎっていて、そしてある決断をした。
黄忠(パルティア軍を出て再び旅に出よう)
安世高先生との約束はあくまで
「黄忠が漢を升らせる為の修業の旅」
という名目であった。
故にパルティア軍を救う事ではない。
そう決めた黄忠はその日の内に逐電した。
自分を認めてくれたパルティア軍に温情が無い訳ではない。
しかし敗戦という恐怖は非常に恐ろしいものだという事を
自らが『弓神の化身』となり敵に恐怖を植え付けた事で黄忠は学んでいた。
黄忠は若くして「勝って、負けた者の気持ちが解る」好漢であった。
こうして黄忠は安息を出た。
更に向かった行き先はエジプトのアレクサンドリアであった。
ここも既にローマ領の圏内であった。
パルティア軍で修業時代から、ここの噂は良く聞いており洛陽と同規模の
百万人の人口を有する世界でも指折りの大都市で、そして世界一の大学者
と名高いプトレマイオスが居る所でもあった。
黄忠(彼に会ってみたい)。
その衝動に突き動かされた黄忠はパルティアを出て三十日後に
アレクサンドリアに到着した。
到着して早々、プトレマイオスに会う前に彼は意外な人物と会ったのであった。
漢人の旅人である。
流石は百万都市、様々な人種が謳歌するのは洛陽と同じ。
急ぎ足でその人物と会うと、それは黄忠の叔父の黄承彦その人だったのである。
正確な家系では黄忠の母は黄承彦の兄と婚姻していたので
黄承彦は義理の叔父に当たる。
ちなみに年齢は162年の時点で二十一歳、黄忠より六つ上であった。
黄忠「叔父貴、叔父貴じゃないか!」
黄承彦「おお!阿忠!こんな所で会うとはな!何という天のお導きよ!」
黄忠「阿忠って言うなよ、今は安先生から貰った漢升って立派な字なんだぜ。」
黄承彦「そうだったな、安先生からお前が旅に出ると聞いてから俺も中華圏外に興味が湧いてな。それで旅に出る事にしたよ。ま~、積もる話も有るが、まずはプトレマイオス先生に会いに行きながら話をしよう。」
黄忠「え?プトレマイオスに直に会えるの?相当、高名な学者って聞くけど?」
黄承彦「まあ、行ってみれば判るさ。」
そこからプトレマイオスの自宅まで二人は今までの冒険譚を語り合った。
黄忠「っへえ~、劉表も安先生から字を貰ったのか…『景升』か、良い字だね。」
黄承彦「陽の光、景を升らせるという意味だな。どうも安先生は升という字を付けたがるみたいだな。」
黄忠「俺もいつか漢を升らせる漢になってみせるよ!」
黄承彦「精鋭と名高き安息軍で、そこまで活躍したお前なら出来るかもな。おっ?プトレマイオス先生の家が見えてきたぞ」
プトレマイオスの屋敷の門前に立つ二人、そこで黄承彦が声も高らかに叫ぶ。
黄承彦「先生!ショーゲンでございます!例の物をお持ちしました!」
重たい足を引きずりながら見た目で八十は、いっている老人が門前まで来る。
プトレマイオス「おお!アレが出来たか 入りなさい!」
屋敷の中に案内される二人、途中で黄忠は屋敷の片隅にある十二尺はある
デカい物(?)が気になったがそのまま屋敷に入った。
黄承彦「さあ先生!これがツタンカーメンの墓から盗ってきた隕鉄製の宝剣を鍛え直して造った新偃月刀!その名も『象鼻刀』です!刃の先がちょうど象の鼻を丸めた形に造る事で並の偃月刀の十倍以上の切れ味を実現しました。象だって斬れるでしょう!」
プトレマイオス「おお!ショーゲン!流石の腕前よ!これがあれば世界に『プトレマイオスは鍛冶の神』とも呼ばれて我が名声は更に高まるというものよ!良くやった!!」
黄忠「叔父貴は相変わらず、こういうの造るの好きだね…」
黄承彦は当時では、かなりの変わり者で機械仕掛けのカラクリを発明したり
それを応用した兵器、武器、建築物を造ったりする『工神』であった。
後の娘に当たる黄月英や『神刀』を造ったとされる蒲元も彼の弟子であった。
プトレマイオス「この『象鼻刀』の切れ味を試したいな…これゴットコー!象を庭まで持って来い。」
黄忠「象か…中華でもパルティアでも噂は聞いていたけど見るのは初めてだなあ。」
黄承彦「きっと腰抜かすぞ。」
暫く待つと、さっき黄忠が見た十二尺もある物(?)が屋敷に入って来た。
どうやら人間だったようだ、黄忠は戦慄した………
プトレマイオス「若いの、驚いたじゃろ?こやつは『ゴットコー』という野人でな。儂がアギシュムバ(アフリカ中部)という所から拾って来た奴隷じゃ。だが今は奴隷だが、やがてはこのアレクサンドリアの王になれる器量を持った漢じゃよ!シナイでもこんな化け物はおらんじゃろうな。」
黄忠「前から思っていたのですが、我が祖国を「シナイ」と広布たのは貴方だと聞いています。それ、やめてくれませんか?今の祖国の国号は漢であり秦 即ち「シナイ」ではありません!」
プトレマイオス「ほっほっほっ、やはりお若いのお、そんな事は百も承知よ。しかし大衆に判らせるには漢では発音しにくい、故に秦の方が言いやすいから、そう広布たのよ。所でお主、名前は?」
黄忠「黄っ……カンショーです」
プトレマイオス「おお!お主があの英雄カンショーか!?噂はこのアレクサンドリアにも轟いておるぞ!そうじゃ、この『象鼻刀』の切れ味をお主が試してみよ!相手は象に乗った、このゴットコーじゃ。」
黄忠「(ここにも俺の名が…次からは別の偽名を使おう…)いいですよ。」
早速、巨大なアフリカゾウに乗ったゴットコーに対して
馬にも乗らない黄忠が『象鼻刀』を手に取り相手をした。
黄忠「こんな化け物に勝てるのか…?いや、これも武者修行の内さ!」
黄承彦「カンショー、頑張れ~!」
黄忠「叔父貴め、わざと訛って呼びやがって…まあいい、いくぞ!!」
怒涛の勢いで向かうゴットコーの象に対して、黄忠は巧く
タイミングを合わせジャンプする、そして象の上に乗るゴットコーに
斬撃を一閃!
ゴットコーを象の下に転げ落とした、すぐさま立ち上がるゴットコー。
ゴットコー「オマエ、強イナ…びっくりシタゾ」
カタコトのギリシャ語で話す、それを聞いて黄忠もビックリした。
黄忠「お前…喋れたの?」
そこに拍手をしながらプトレマイオスが称賛を浴びせた。
プトレマイオス「いやあ凄いぞカンショー!その武勇は正に戦神の噂に違わぬ!よってお前にこの『象鼻刀』はやろう!お前ならこれを使いこなせよう!そして必ず『これはプトレマイオス様から貰った得物です』と宣伝するんじゃぞ!」
黄忠「はあ、まぁ、いいですよそれで。……それよりゴットコーは大丈夫ですか?かなり深く入った手応えを感じましたが。」
プトレマイオス「ハハハハハ!ゴットコーの皮膚は刀も矢も通さぬ鱗で覆われていてな、このくらいで死にはせん!な?ゴットコー!」
ゴットコー「俺、大丈夫。ソレヨリかんしょー、オマエ、モノ凄ク強イ…ダカラコレ受ケ取ッテクレ…」
そう言うとゴットコーはプトレマイオスの屋敷の倉庫から
とある一式の藤で造ったと思われる甲冑を持ってきた。
黄承彦「あ…それは藤甲鎧!俺が研究の末に編み出した究極の鎧だよ」
黄忠「叔父貴が?ま~た変なの造ったなあ…」
黄承彦「藤の蔓で作った鎧を油で半年間漬けて、それをまた半年間干してを繰り返しての油の凝固作用を応用した甲冑だよ。軽い上に鉄よりも硬くて水にも浮くぜ!但し油と蔓で出来た鎧だから火には気をつけろ。」
未知の世界の広さに理解が追い付かない黄忠。
こうして黄忠は生来の得物となる隕鉄製の偃月刀『象鼻刀』と
究極の甲冑『藤甲鎧』を手に入れた。
時に漢の延熹四年(西暦161年)八月
黄忠漢升 十四歳の出来事であった
黄忠「………世界って本当にヘンテコだ」
【最強装備 象鼻刀・完】
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