漢(くに)へ還る(2) カニシカ王の野望
登場人物紹介
黄忠漢升 十八歳(西暦165年時点)十二月十九日生まれ 射手座 血液型AB型
愛馬『火浣布被保法能(二歳馬)』←NEW
マルクス帝とルキウス帝から貰った馬で、人類の共通言語「ホモフォーノイ」を話す神馬
一日に三千百十里(約720㎞)を疲れ知らずに走る駿馬でもあり
全人類の言葉を訳せることから黄忠一行の旅の通訳にして相談役でもある
黄承彦 二十四歳(西暦165年時点)五月三十日生まれ 双子座 血液型O型
ゴットコー(兀突骨)十八歳(!)(西暦165年時点)二月二十五日生まれ 魚座 血液型O型
華陀(旉)元化 四十六歳(西暦165年時点)二月三日生まれ 水瓶座 血液型B型
張機 仲景 十六歳(西暦165年時点)十月一日生まれ 天秤座 血液型B型
時に漢の延熹八年(西暦165年)六月
黄忠率いる『漢 ローマ交流旅団』一行(総勢十五人)はパルティアを後にして
東へ旅立とうとした時にゴットコーが抜け出したいと言ってきた。
ゴットコー「俺、ぷとれまいおすノ所、戻ル。ぷとれまいおす年ダカラ心配。かんしょーニハ今マデノオ礼トシテ、コノ『食卓の賢人たち』託ス。」
黄忠「そうか…プトレマイオス先生に宜しくな………それにしてもよくこんな本を持ってるなゴットコー。」
ゴットコー「あれくさんどりあ図書館デ貰ッテキタ。漢ヘノ土産トシテ持ッテイケ。ジャアナ………」
黄忠「またいつか一緒に戦おう!元気でなゴットコー!」
それから三十日後、黄忠一行は貴霜の都バグラームに到着した。
目に映るのは荘厳なガンダーラ仏教美術の仏像や仏塔。
しかし黄忠たちはそれが悍しい奴隷労働で造られた
虚栄心の塊の遺産だと瞬時に見抜いた。
黄承彦「こっりゃ~、ギリシャやローマあたりの奴隷彫刻師を何人動員して造られたんだ?」
華陀「ちょうどこの貴霜は世界の中心に位置する都市。東洋と西洋が折衷した美術が沢山造られておる。交易品も西はローマの硬貨や奴隷、東は中華の絹や紙などが売られている。ここの王迦膩色迦は相当に業突く張りな王だと中華でも専らの評判だ。」
黄承彦「まあ、この波斯産(パルティア産)の『ナン』を使った黄利の美味さは認めるがね。こればっかりは東西折衷様々だ!」
張仲景「何ですか?その黄利とは?」
黄承彦「我が"黄"家に"利"する料理という意味で黄利だ。いつかこの呼び名が流行るぜ~!」
張仲景「まあ漢方薬にも使える各種香辛料を調合した料理には私も大いに興味がありますが………」
黄忠「茶飲み話はそれくらいにしておこうぜ。とりあえずその迦膩色迦王に会ってみたいな…確か安世高先生がカニシカ王と知り合いだと聞いたけど。お~い、そこの人!カニシカ王にはどうしたら会えるか知ってるかい?」
クシャーナ通行人「おや?アンタらはローマとシナイがゴッチャになってる旅団だね?ウチの王様はそういう団体は大歓迎だからすぐに会わせて貰えると思うよ。ちょうど首都のプルシャプラ(ペシャーワル)からこのバグラームに来ている所さ。俺が王様の下に案内してやるよ。」
こうして親切なクシャーナの通行人に案内され黄忠一行は
カニシカ王の仏殿に到着した。
黄忠「ウッヒャー!デッケエなー!これが仏殿かよ?白馬寺は結局、儒教の形式に習って二階建てが限度だったのに貴霜では建築物は青天井だな!」
黄承彦「羅馬では五階建ての平民の住居がいっぱい有ったが、貴霜の仏殿の高さはそれの三倍、十六丈(約37m)は有るんじゃないか?趣味の悪い建物だぜ…建築美ってもんがまるで解ってねえや……」
黄忠「とりあえず入ってみよう。お~い、そこの門番さん。カニシカ王にパルタマシリス…安世高の弟子達が来たと伝えてくれないか?」
門番「なんと!?パルタマシリスだと?しばしお待ちを!」
すると足を引きずりながらも急いだ足取りで七十歳過ぎの白髪髭の老人が杖を持ち
裾広がりの直垂にズボンを履き、長剣を携え
やたら爪先の大きい長靴という出立で仏殿の前に現れた。
その裾にはやたら長いメドレーのカニシカ王の称号が書かれていた。
保法能「シャーヒ(月氏の王)・ムローダ(サカ族の首長)・マハーラージャ(インドの大王)・ラージャ=アティラージャ(ペルシャの諸王)・デーヴァプトラ(中国の天子)・カイサラ(ローマの帝王の称号カエサル)であるカニシカ王とは何とも大仰なお名前ですね。」
黄承彦「この欲ボケ爺さんの自己顕示欲が『これでもか!』と現れてるな。」
小声でカニシカ王の称号を皮肉る保法能と黄承彦を
後目にカニシカ王が話を切り出す。
カニシカ王「そなたらがパルタマシリス即ち安世高の弟子だと申す者達か?ささっ入るがよい!」
仏殿内部に案内される黄忠一行。
カニシカ王「いやあ~、良く来てくれた。なにぶんパルタには色々と恩の貸しがあってな。実は奴に漢名の『安清世高』と言う名を授けたのも余なんじゃよ。」
黄忠「っへえ~!安先生の名付け親だったんですか!」
カニシカ王「パルタの奴には他にもパルティアから漢への亡命の手続きも踏んでやったにも関わらず、未だに恩を返されておらぬ!そこでじゃ、パルタの弟子のお主がその恩を代わりに返してくれないかな?」
黄忠「まあ、いいですよ。安先生…パルタ先生の為ならその恩返しに一肌脱ぎましょう。してその恩返しとは?」
カニシカ王「今現在、ローマ軍とパルティア軍は一大交戦中でローマ軍が断然有利でパルティア首都のクテシフォンも陥落するのも時間の問題だと聞く。よって黄忠殿にひとっ走り行ってローマ軍がクテシフォンの財宝を略奪する前に目ぼしい物品を先に奪って来て貰いたい。」
黄忠「なんて任務だ!」
カニシカ王「何でもさっきの話ではお主はパルティアとローマで八面六臂の活躍をしたと聞く。ならばクテシフォンの連中にも顔が効くであろう?お主にしか頼めん、この通りじゃ!勿論タダとは言わん。報酬としてこの余が持つ最大の宝『迦膩色迦の舎利弗』をくれてやろう!これでどうじゃ?」
黄承彦「『迦膩色迦の舎利弗』と言えば漢でもあの『銭魔』として悪名高い梁冀が全資産の半分を掛けても欲しがったという幻の宝だよ!これは漢への良い土産になるぜ!阿忠!」
黄忠「俺はそんなお宝に興味は無いですけど安先生の恩返しの為に受けましょう………」
黄忠は余計な重い荷物は全部、黄承彦達に持たせて極力軽い装備で
愛馬、保法能に跨り一路
パルティア首都クテシフォンを目指した。
保法能「さあ飛ばしますよ黄忠様。しっかり捕まってて下さい。」
黄忠「お前にも嫌な任務を任せて済まないな保法能。」
保法能「ははっ(笑)気にしていませんよ。」
一日に二千里(約831㎞)を走る駿馬保法能とプトレマイオスから
貰った地図『地理学』のおかげであっという間に辿り着いた。
クテシフォンではいつローマ軍がこの首都に迫ってくるかという緊張で
街中大混乱の真っ只中であった。
黄忠「これなら宝物庫にも簡単に潜入できるな。」
そして黄忠はかつて世話になったヴォロガセス四世の宝物庫に潜入し
パルティアのお宝にして
今から三百年前にフラーテス二世が
デメトリウス二世の二カトルに贈った『黄金の一対の賽子』を
盗み出した。
黄忠「この賽子なら『迦膩色迦の舎利弗』にも匹敵するお宝だな!んじゃ長いは無用だ。」
そしてまた疾風の如くバグラームに戻っていった。
カニシカ王「おお!黄忠よ良くぞ戻った!ほっほ~う!これがあの『フラーテスの黄金の一対の賽子』!この輝き間違い無く本物よ!宜しい!『迦膩色迦の舎利弗』はお主達にやろう!そうじゃ!賢者アシュヴァゴーシャ(漢名馬鳴)よ!民衆にこう言え!『カニシカ王はパルティアの民を九億人殺したが、それはこの黄金の一対の賽子は本来は我がクシャーナの宝でそれをパルティア人が盗み出したから。』だとな!そしてこの賽子はこうする!」
そう言うとカニシカ王は湯が煮えた釜に賽子を入れて
「誰かこれを取り出す者はいないか?」と尋ねた。
するとアシュヴァゴーシャはその釜に冷水を入れて賽子を取り出した。
カニシカ王「余が犯した罪もこれと同じである!例え九億人もの人を殺しても、悔いれば必ず罪が消え、こうして『黄金の一対の賽子』も取り出せる。そして殺そうと思えば九億人を殺せたが慈悲深い余は実際に殺したのは仏の道に帰依していないパルティア人を二人半しか殺してない。と触れ回れ!こうすればローマ人や漢人も我が威名に震え上がり交易品の値段も百倍どころか千倍に膨れ上がるぞ!頼んだぞアシュヴァゴーシャ!」
アシュヴァゴーシャ「御意………」
そう言うとアシュヴァゴーシャはカニシカ王の頭に布を被せ
そのまま圧迫させ窒息死させた。
その様子をただ悍ましげに見ていた黄忠一行を後目に
アシュヴァゴーシャは言った。
アシュヴァゴーシャ「カニシカ王の欲望は最早、逗まる事を知らぬ。故に我れが仏罰を下した。民衆には王が『驕りの病い』に罹ったので我ら『三智人』が千匹の魚に生まれ変わらせたと伝える。『迦膩色迦の舎利弗』と『フラーテスの黄金の一対の賽子』はお主達が勝手に持っていくが良い。」
黄承彦「この欲ボケ爺さんの最後としては随分と上等だな………」
黄忠「ああ同じ仏に帰依する者でも安先生とはエラい違いだ。本来の仏の道はこんな豪奢な仏塔や仏像を建てる事ではなく、浮屠と同じ境地の悟りを開く事だったのに…」
アシュヴァゴーシャ「カニシカの地位は息子のヴァーシシカに継がせるが、このクシャーナの政は我ら『三智人』が実効支配することにする。今のクシャーナは増長しすぎている。よって暫くは穏健に他の国と接するつもりだ。」
華陀「それが良いでしょう。国も人も『過ぎたるは及ばざるが如し』ですからな。」
そこに『三智人』の一人、チャラカが華陀と張仲景の前に姿を現した。
チャラカ「そうか…カニシカ王はアシュヴァゴーシャがその手に掛けたか…所で華陀殿と張機殿と言ったか?そなたら二人は相当な医学の腕と知識を持った医師と見た。よってこの『チャラカ・サンヒター』を提供しよう。私の書きかけの医学書で今も編纂中だがね。そなたら天才医師二人ならこれを書き上げてくれるだろうよ。」
張仲景「おお!何とありがたい物を!これがあれば我が中華の医学は千年は進む事でしょう!『チャラカ・サンヒター』の残りの部分、我々が書き上げてみせます!ねえ華陀先生!」
華陀「うむ!チャラカ先生のご意思、決して無駄にはしませんぞ!これの学術を持って中華でも『方技』と呼ばれ蔑まれている『医』の地位を押し上げてみせますぞ!」
しかし、この『チャラカ・サンヒター』が公式に完成の日の目を見るのは
十一世紀になるのだが、この『チャラカ・サンヒター』が
この二人の手によってその後どのような書物になったのかは
後の発掘調査の成果を待たねばならない。
時に漢の延熹八年(西暦165年)八月
黄忠漢升 十八歳の悟り体験であった
黄忠「俺も生まれ変わって異世界に転生したら魚にでもなるか…」
【漢へ還る(2) カニシカ王の野望・完】
今回の獲得アイテム
『食卓の賢人たち』
『迦膩色迦の舎利弗』
『フラーテス二世の黄金の一対の賽子』
『チャラカ・サンヒター』(書きかけ)
インスタグラムで『三国志美術館』を催しているので良ければ御覧下さい
https://www.instagram.com/kohata_toshihide/