旅立ち 黄忠 世界へ
序章【旅立ち 黄忠 世界へ】
時は後漢の延熹二年(西暦159年)
何進「お~い、阿忠!いい加減にしろよ!いつまでやってんだ!」
黄忠「もう終わるよ。」
若い二人の男子が
都 洛陽の白馬寺という学舎の庭で騒いでいる。
そこに頭を丸めた当時では異端な容姿をした『僧』らしき異国人が馬を駆け
そして男子の一人の前まで行くと颯爽と馬を降りる。
安世高「よ~し、ここまで出来れば立派なもんだ!」
黄忠「安先生!また教えて下さい!!」
この僧の名は安清 字は世高という元安息太子の訳経僧であった。
彼はなぜか二人のうちの一人の男子に浮屠の教えではなく
馬と弓を教えていた。
何進「元々お前が『これからは儒教の時代は終わり浮屠の時代がくるから』って言うから馬融先生じゃなく安世高先生に師事したんじゃないか!それなのに毎日、弓馬ばかり教えてもらいやがって…」
安世高「ハハハ、良いのだ阿進 安息の漢は僧であろうが太子であろうが子供でも弓馬を扱えるのが常道、私とて例外ではない。それに阿忠の弓の腕は既に私以上だ!字も貰えぬ十二歳でこの上達は凄い!いずれこの武は漢を救うものと成りうるぞ。」
???「いや、全くその通り!黄忠と言ったか?その武勇、磨けば一州、いや一国を救うであろうな。」
安世高「これはこれは士燮殿!春秋左氏伝を学んでいた貴殿がここに来るとは何か用ですかな?」
士燮「私は儒学を学んでいますが異国の言語も学んでいましてな。それで異国の言語に詳しい安先生に私も、ご教授願おうと思った次第です。」
黄忠「じゃあ、士燮様も一緒に学ぼう!そして中華の先の世界に一緒に行きましょうよ!」
士燮「ダメだよ阿忠…君 私はあくまで漢の臣であり他国の言語を学ぶのは故郷 交州が異国の玄関口であるが故にだよ。きみと一緒に旅は出来ないな~。」
何進「はあ…俺は異国には興味無いからな…こんななら初めから馬融先生の所で学んでおけば良かった…」
そもそも、なぜ何進と黄忠が一緒に安世高の元にいるのか?というと。
彼らは共に荊州南陽郡出身で年齢も一緒だった。
故にすぐに竹馬之友となりお互いに夢を語り合っていた。
何進は出世して家業の屠殺業を馬鹿にしていた世間を見返す為に
その為ならどんな方法でもよかった。
黄忠は純粋に、この腐敗した漢王朝を救う為に将軍になりたいと思っていた。
何進の動機がいささか不純であるが
当の黄忠はそんな事はお構い無しで何進を受け入れた。
そして二人は何家の融資で洛陽の白馬寺に遊学して当時、仏典の漢訳をしていた
安清世高の元に居たのである。
士燮「では、安先生!」
黄忠「早速、梵語の講義をお願いします。」
安世高「なにやら大きな書生も混じっているが、良いでしょう まずは………」
こうして黄忠は士燮も交えて弓馬と言語学の修業に励んでいた。
それから一年の時が流れ延熹三年(西暦160年)正月
安世高の元に急報が入る。
「安息と大秦、近い内に争う」という手紙が
安息の大使からもたらされた。
安世高「またか…またローマと争うのか…」
安世高は思わず母国語で嘆息した。
それを日頃から他国の言語を学んでいた黄忠と士燮が聴き逃すはずは無かった。
ちなみに何進もそこに居た。
黄忠「安先生、確か大秦と安息はもう何百年も戦争を繰り返しているとか?また争いが起こるのですか?」
士燮「先生は故郷にお帰りになってはいかがです?」
安世高「聞かれていたか…君たちの言語力もこの一年で随分上がったものだね いや、私は国を捨て漢に骨を埋める覚悟で此処に来た者だ 今更、故郷に帰る気は無いよ 浮屠の訳経はまだ終わっておらんしな…」
黄忠「………では、俺…私が安息に行きます!そして大秦の軍と戦って来ます!!」
一同「な、何~!」
安世高「正気か!?この洛陽から安息までどれくらい離れていると思う?君は確かに一年とは思えぬ程に武技も言語学も成長した しかし本当の戦というのは遊びではない!ましてや大秦の軍は漢の正規軍にも勝るとも劣らぬ精鋭揃い!君ごときが加わった所で安息軍の足手纏いにしかならん!考え直せ!!」
何進「そうだ、阿忠!戦は恐いぞ!止めとけ!」
黄忠「いえ、行きます…行かせて下さい!私はこの漢王朝を救う将軍に成りたいのです だからこそ本当の戦を知り、この漢《くに》に報いたいのです だから、安先生………」
安世高「もうよい、皆まで言うな、相判った…君の目に救国の志を見た。行って来るが良い 但し必ず生きて帰る事を約束してくれ、君のような若い弟子が死んでもらっては堪らんのでな、それとこれを持って行きなさい。」
安世高は奥の書斎から、ある一枚の硬貨を持ってきた。
安世高「これは私が安息の王になる記念に造られる予定だった硬貨だ。父が死んで叔父が王位に就いた時にこれは価値を無くしたが、現在の安息の王もこれを見れば君が私の大切な人だと判り、君に百は兵をくれるだろう。持って行きなさい、それともう一つ君への餞別として字を私が命名しよう、君の字は『漢升』!漢を升らせる漢 『黄忠漢升』の誕生だ!」
黄忠「漢升………素晴らしい字です この黄漢升、必ずや安息で功を立て漢に錦を飾って帰って参ります!!」
何進「良いなあ、お前だけ………」
黄忠「阿進だって、きっとすぐに良い字をもらえるさ。」
それを聞くと何進も自分の学び舎から十斤にも及ぶ
白い毛のような物を持ってきた。
何進「俺からも餞別じゃないが、これを持っていけ。実家の屠殺場からいっぱい貰ってきた羊毛だ。確か異国では中華の絹・麻・羊毛が驚くほど高く売れるそうじゃないか、これを売って安息での名物の波斯絨毯を交換してきてくれ、死ぬんじゃねえぞ、阿……漢升!」
黄忠「解ったよ、その約束に誓っても必ず生きて帰るよ。」
士燮「安息への旅路は交州からではなく、涼州から行くか?」
黄忠「はい、どうも船は苦手なんで………」
士燮「ちょうど古の張騫、班超と同じ道を歩む事になるな では行って来い!若き勇者よ 漢を升ろ!!」
黄忠「黄忠漢升、行って来ます!」
こうして一人の若き勇者が地図も持たず中華圏外から離れ世界へと旅立って行った。
彼の元には様々な災いが降り掛かって来るであろう。
しかし彼の瞳には志と情熱が溢れていた。
それは後に漢を升る伝説の勇将 黄忠漢升の旅立ちであった。
【旅立ち 黄忠 世界へ・完】
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