僕と彼女
彼女が食事中に突然、「私、実は妖怪なの」と言い出すものだから、
僕は少し驚いた。
彼女は普段、このような突拍子もない冗談を言う人間ではないのだ。
ちなみに僕は、突拍子もない冗談を良く言う人間である。
だから僕は「僕も実は吸血鬼なんだよ」と彼女に言い返した。
「私、冗談で言っているんじゃないのよ」と彼女は言った。
確かに彼女の瞳からは、言いようのない真剣さが認められた。
彼女が僕の冗談に取り合ってくれない時がある。
それは彼女が真剣に話している時だ。
つまり彼女は真剣に「私、実は妖怪なの」と言ったのだ。
僕は彼女の言っていることを信じることにした。
「君は何て妖怪なの?あのー、つまりさ、一つ目小僧だとか、一反木綿だとか、色々いるじゃん」
「ろくろ首」とだけ彼女は僕の眼をまっすぐ見て言った。
「ろくろ首?」と僕は素っ頓狂な声で言った。
彼女の首は他人と比べて確かに少しだけ長い。しかし、ほんの少しである。
人間の域を飛び出るほどの長さではない。
「じゃあ、君の首は伸びるってこと?」と僕は恐る恐る聞いてみた。
「ええ、伸びるわよ」と言った彼女の首は、確かに伸び始めた。
彼女の首が伸び始めた時、僕は驚きと恐怖のあまりその場から逃げ出しそうになった。
しかし僕はそんな情けない事をする訳には行かなかった。僕は彼女のことを愛しているのだ。
彼女がろくろ首であるというだけで、僕は彼女を傷付けたくはなかった。
僕は努めて平静を装い、その場に踏みとどまったつもりだったが、表情まではコントロールすることができなかったようだ。
「あなた、化け物を見たって顔してるわよ」と彼女は少し悲しげに笑いながら言った。
その時の彼女の顔は僕に沈みかけの太陽を思い出させた。
僕は彼女の太陽を取り戻す必要があった。
そのために僕が思いついたのは、彼女を抱きしめるということだった。
今にして思えば、もっとクールなやり方があったのかも知れない。
ロマンチックな愛の言葉を囁くとかね。
実際のところ、この時の僕はかなり焦っていた。
ほんの少しの間でも彼女をほったらかしにしてしまったら、
彼女が僕の居るところから二度とは手の届かない、遠い場所へ行ってしまうような気がしたのだ。
僕は椅子から立ち上がり、彼女に「こっちに来てほしい」と言った。
彼女は初めて飼い主に甘える子猫のように、ゆっくりと僕の方に頭を寄せてきた。
僕は彼女の頭を抱え込む様にして、胸に抱き寄せた。
「驚いたよ。まさか君がろくろ首だっだなんて」と僕は言った。
「驚いただけ?私のこと怖くないの?」と彼女は言った。
「本当のところを言うとね。少しだけ逃げ出しそうになったよ。でもね、すぐに思い出したんだ。僕は君のことを愛しているんだってことをね」
「あなたって時々、凄く恥ずかしい台詞を真面目な顔して言うわよね」と彼女は笑いながら言った。
この時の彼女の笑顔は、100パーセントの笑顔だった。