対峙(退治)4
ほぼ図書室にいて、この世界をまったく理解していない。と言っても過言ではない私に、それを聞くのか。分からない、と答えるのが無難なんだろうが、それが彼の望んでいる回答には思えない。
何の目的があって、こんなことを聞いたかは不明だが、きっと何かあるのだろう。瞳が好奇心ではなく、真剣な色をしているから。
私は少し考えてから言った。
「悪くはないと思う。図書室に篭りっぱなしだったから、詳しいところは分からないが、そんなに物騒な世界にも見えてない。
この国の奴らは、我々を召還した。それは正直、凄い迷惑な話だ。
ただ、見方を変えれば、それだけ魔物をどうにかしようと言う気概があった、と言うことになるのだろうし。為政者としては悪くないんじゃない?平等だからいい、進んでるからいい、とは私は思わないな」
「……なるほど、ありがとうございます」
「……この国のことも、この世界のことも、あんまり知らないから、その辺は、変なこと言ってても、勘弁してな」
お礼だけを述べるフェデルに、どう思われているか怖くなり、つい口を開く。
「いえ、へんなことは言ってないですよ。ええ。それよりも寧ろ……」
そこから先は口を噤み、下を向いてしまった。しかし、すぐにこちらを向くと、はにかむ。
「こちらこそ、へんなことを聞いてしまって、申しわけありません……。あー、なたが、主に城内にしかいない、こととは分かっていたのに……」
言っていてさらに落ち込んだのか、はあ、と重い息を吐いた。
言っていることは、まったくもってその通りだったので、返す言葉もない。慰める気にもなれず、鼻で笑っておくことにした。
「まあ、それはそれとして、話を戻すそう」
時を戻そう……みたいなノリで言ってみたが、当然伝わらない。それどころか、そのまま流されたからか、許してもらえないと思ったのか、肩を落としている。
何度も言う。慰める気にもならない。せいぜい反省して、今後このようなことがないように、すれば良いのだ。いや、言うて、そこまで怒っている訳でもないのだが。
ただ面倒くさいだけだ。慰めるのも、その所為で付け上がるのも。
肩を落としたまま、復活する兆しが見られないが、無視して話を続ける。
「そこまで格差がない所為か、莫大に大きな屋敷ってのもあまり見ないし……後は科学が発展しているってのもあるのかね」
「科学が……?」
予想通り、興味深い話をすると、元通りになったフェデル。扱いやすいったらありゃしない。
「例えば、自動で掃除してくれるロボットがいるな」
「え、そ、そんな物が……」
「洗濯も、物放り込んで、スイッチ押して終わりだな」
「それは便利ですね……」
「料理……は流石に自分で作るが……、ああ、でも、店に行ったら売ってるしな」
「な、なるほど……」
私が思い出したことを零すたびに、フェデルは震えた声で相槌をうった。もはや感嘆を超えて、引いているようにも見える。
「それならば、使用人がいなくても納得できますね」
「だろ?」
フェデルが納得したことに満足しながら、珈琲を煽る。
すると、流石に珈琲もなくなってしまったようで、空になったカップを、ぼんやりと眺めた。そしたらすかさず、フェデルは立ち上がり、何も言わずに珈琲を入れてくれた。無論、自分の分の紅茶も入れている。
「そういえば、ずっと前から気になっていたんですけど、珈琲、ブラックで飲むんですね」
本当に今更な話だ。まあ、これは前の世界でも、不思議そうな目で見られているから慣れている。可愛い……かはさておき、うら若き乙女が、黒い物体を飲み干しているのは、奇妙な光景なのだろう。
私は格好いいか、可愛いかと聞かれたら、可愛いに天秤が傾くような顔立ちをしている。だからこそ余計に、苦い水を飲むとは思われないんだろうな……。
女の人のほうが、珈琲飲めない人多い気がするし。
「昔は嫌いだったんだが、格好いいから、と言う理由で我慢して飲んでいたら、いつの間にか好きになっていてね……」
継続は力なり……とでも言うのだろうか。この継続で、何の力を得たかは不明だが。
「それは、意外ですね」
フェデルは、紅茶の湯気を目で追うかのように、視線を漂わせた。
意外……と何がだ。私は一体、コイツになんだと思われているのか。
不満を隠さずに顔に出すと、フェデルは困ったように頬をかいた。
「貴方も格好とかを気にするんですね……と思いまして」
ははん。なるほどね。私の容姿を改めて思い出す。寝癖は手ぐしで直した程度(それでもある程度はまとまるのだが)化粧なんて全くしないし、肌のケアとかもした記憶が無いなあ……。着てるのも、動きやすい格好だしね。
貴族はもちろん、一緒に転移してきた女勇者と比べても、そういったことに興味が無いように見えるのだろう。いや、実際、興味無いし。
「基準が違うんだろうな。こうしたい、という基準が」
要は、こうなりたい、の基準が一般的な女性とズレているから、身なりを気にしていないように見えるのだ。
実際は、全く気にしていない訳ではなく、やはり世間一般とズレているだけ、という結論になるのだが。
「なるほど、変わっておられるのですね」
フェデルは納得したように何度も頷く。そう、一言でまとめられると、合っていても反論したくなる。
まあ、変人と言われること自体はそんなに嫌ではないから、別にいいのだが。
特に返す言葉もなく、手持ち無沙汰になった私は珈琲を飲む。
フェデルはまたもや、考え込みはじめた。
「しかし、ご主人様、も嫌となると、もう候補がありませんが……譲歩しませんか?ご主人様という呼び方は、そんなに嫌そうでもありませんし……」
む。
それは困る。フェデルに呼ばれる度になんでこいつはメイドでは無いのだ、と思わなければならないということだ。
それは疲れるし、フェデルが可哀想でもある。
仕方ない。真面目に考えることにしよう。
フェデルがこれ以上思いつかない、というのなら一度、中世ヨーロッパ的な思考から離れた方が良い気がする。
それ以外、となると私の中ではジャパニーズサムライしか思い浮かばないが。
その路線で行くと……殿……?はねえな。
主君……は、ダメだ。ポニーテールのちみっこ女子が脳内でチラつく。ああ、羨ましい。……じゃなくて、フェデルの声で言われるとなるとまた違うんだよなあ……。
不意に、ひょこっと角付きオオカミが現れた。
我が主……?
しかしその呼び方は、豪快系のキャラが言うのであって、貴族感満載のフェデルが使うものでもないだろう……。うーん。
主とかいいんだけどなあ……主……主……。
「なにか思いつきましたか?」
思考の海に浸っていたが、フェデルの声で我に返る。
「いや、うーん」
「少しでも、何か思うものがあれば言ってみてはいかがでしょう?お手伝いできるかもしれませんし」
気遣わしげな声に、ではお言葉に甘えて、と声に出してみる。
「主、ってのが気になってるんだよなあ」
「主……主様でしょうか?」
……ああ、なるほど。様を付ければ良いのか。それなら確かに、悪くない。
「ただ、少し思ったんだが、お前の主は私とは別にいるのだろう?」
フェデルは所詮、その主に命令されて私に仕えているに過ぎない。
フェデルは私の言葉を聞いた途端、顔を曇らせた。
「いえ、いますが、まあその辺は気にしなくてもいいですよ」
そう言って何かを隠すように、ふわりと微笑む。
ふうん?まあ本人が良いというのならば、それでいいか。私としてもその呼び方はしっくりくる……というか気に入ったしな。
「ではそれで行こう」
「かしこまりました」
私が、言うと、彼は満足そうに微笑んだ。
「ところで、なぜ急に私と話そうと思ったのですか?」
そろそろ頃合だと思ったのか、フェデルが話を切り出す。
素直に、お前がストーカーしてくるのが邪魔だから、とは言えまい。
ただ、全くの嘘、というのは、得てしてバレやすいものだ。だからこそ、本音を少し混ぜてやって作り話をする。
「いえ、私もこのままではいけない、と思ってね」
「このままではいけない、とは?」
不思議そうに見てくるフェデルを見つめ返し、手を肘掛に添えた。
「ただただ無駄な時間を浪費し、養ってもらう存在に成り下がることだよ」