調達(暢達)12
最後に買うのは……、まあ、態々言うまでもないが、塩である。
塩を買う店も決まっている……と言うか、そもそも、売っている店が一つしかなかった。
この店に向かうのを、一番最後にしたのには、理由がある。
なんというか……、見た目、入りにくそうだった。というのも勿論あるが、少し中を覗いて見たところ、興味深いものが、見えた気がしたのだ。
・
「ここ、本当に大丈夫なのか……?」
過保護なフェデルくんは、不安そうである。
まあ、確かに。他の店舗は、前の世界で言う、祭りの時の屋台の様に、オープンな感じの店構えだったのに対し、ここだけ、何故かしっかりとした個店舗なのである。
風貌は、怪しい……骨董品屋、と言えば伝わるだろうか。
私でも不安になるのだ。保守的を極めてらっしゃるフェデルさんが、不安にならない訳がない。
ただ、確かに怪しくはあるが、こんなに治安の良い通りでやってることなんて、たかが知れてるし、前の世界の、貧困国のスラム……なんかと比べたら、全然綺麗だ。
それに、意外とこういう怪しいお店が、穴場だったりするのである。
茫然と立ち尽くしているフェデルを放置し、私は店内に入った。
・
店内は……、まあ、外観から受ける印象と、そう大して差はない。
埃は、食品を扱ってるからか、流石にない。……が、物が雑然と置いてあると言うか、ごちゃごちゃしていると言うか……。然も、置いてある物自体も、綺麗な色合いではなく、どちらかと言うと、……汚い部類の色の物が殆どである。その所為で余計に、清潔感が削がれているのだろう。
尤も、店内が原色で溢れてたら、溢れてたで、毒々しいと思っていただろうが。
「か、帰りませんか……?」
私が店内に入ったことで、慌てて追いかけてきたのであろうフェデル。
いや、引き止めるなら、店に入る前にするべきでは?本当に危ない店だった場合、入った時点でアウトなこともあるだろう。
例えば、商品を買うまで、店から出して貰えない……とかな。
そもそもここらで、塩が売ってそうなのは、この店しかない。つまり、塩を買う為には、ここに来ざるを得ない訳だ。ただのお使いすら、満足に熟せないとなると、ヤニックからの評価もダダ下がりであろう。最悪、塩を買えなかったことを口実に、キッチンの出入り禁止になるかもしれない。
それに、ここが唯一の店なら、ヤニックも恐らく来ていると思われる。
それなら、そこまで警戒する必要もない。……筈だ。
仮定に仮定を重ねた結論なので信憑性はイマイチだが……まあ、最悪、フェデルを盾にして逃げれば良い。
世話を命じられた人の為に死ねるなら、彼も幸せだろう。いや、知らんけど。
そんな心持ちで、店内を物色して見ると、やはり、なかなかに興味深い。
岩塩はもちろんの事、チーズや、干し肉、魚の干物?のような物まである。ドライフルーツや、乾燥野菜、果てはパスタまで。
ここは、乾物屋?のようなものなのだろうか。
我々が前の世界で普段食べていたような塩がないのは、技術的な問題だろうか?
海水から塩を作るのは、手間と技術が必要、と聞いたしな……。岩塩が取れるなら、わざわざ作る必要性もないのかもしれない。
この岩塩の大きさからして、客自ら、カウンターに持ち運ぶシステムではないだろう。
カウンターに目を向けると、これまた、怪しげな風貌の男が、ニヤニヤ笑ってこちらを見ていた。
茶色の髪に茶色の瞳。白い肌と、この世界では珍しくない色彩を持っているが、健康状態が不安になるような、痩せぎすな体に、顎を不清潔に色取る、無精髭。極めつけは、本心から笑ってるとはとても思えない、その笑み。
正直、商売をするのに、そんな風貌でやっていけてるのだろうか?と、関係もない私が、不安になってくる程だ。そんな見た目だから、客から怪しまれ、満足な利益も得られず、栄養失調になり、痩せているのではないか?という邪推まで浮かんでしまう。
……まあ、この店の雰囲気とマッチしていることに間違いはないのだが。
あくまでも、兄弟設定で通したい為、本当はフェデルに、話しかけて欲しかったのだが、私から見て、店員に近い位置を陣取り、警戒したまま、動こうとしない。
職務を全うしている点は尊敬するが、何というか、今じゃないだろう。
出そうになる溜息を飲み込んだ。
「すいません!塩、ください!!」
ずいっと、カウンターに、体を乗り出す。本当はこんなことしたくないが、この方が子供っぽいだろう。止むを得ない。
「おや、お嬢ちゃん。元気だねえ。どれくらい必要なのかな?」
瞬間、フェデルの体が強張った。
「……何故分かったのですか」
聞いた事も無いぐらい、低い声である。
……いや、何故そこでそんな反応をするんだ?
店員が、どういう思惑があって発言したか、不明な以上、肯定してしまうのは悪手だろう。対した根拠がない場合は、否定してしまえば、それまでだしな。
前に本で読んだ、スキル?だか何だかで特定された可能性も考えられるが……。少年のような見た目で歩いていたのが、女だとバレたからと言って、特に大きな支障はない。流石に、黒髪がバレてしまったら、ヤバいかもしれないが……。
それよりも、この過剰な反応の所為で、店員に不審がられる方が、致命的だろう。
「い、いや、そりゃ只の勘だが……。何となくそう思っただけだから、そんな警戒するなよ……」
なあ。と此方に同意を求める様に、困惑した顔で見られた。
そりゃあ、何気なく発した一言で、あそこまで敵意を向けられたら、動揺もするだろう。
そして不用意な言動で、立場的にこちらが上にあることも、露見した……と。
まあ、そこまでこの店に警戒もしていないから、別に構わないのだが、それにしたって、融通が効かない男である。
相手に情報を与える事は、それだけ、危険な行為だと言うのに。
「そんなことより!塩だよな?確か……30ポンド必要なんだ」
結果、ありとあらゆる反応を放棄することにした。私は別に言い訳しても構わないのだが、同行している輩が、どう動くのか、予測不可能だからな。
思考停止とも言う。
重さの単位は、前の世界で聞いたことはあるものの、ポンドが何グラムだったのかは、知らない。そもそも、前の世界のポンドと同じものなのかどうかも怪しい。
つまり、どれくらいの岩塩を買うことになるのか、分からないのだが、まあ、フェデルが何とかしてくれるだろう。
ヤニックが、そこまで非常識な量を指示するとも思えないし。
店員は、天秤?のようなものを取り出し、岩塩を運んできた。
透き通るように透明なそれは、まるで宝石のようだ。小さな欠片くらいの物なら、見たことあるけれど、ここまで大きな塊は初めてだ。なんだか食べるのが、もったいない気がしないでもない。
デジタルのはかりがないのは予想出来たが、どうやら、置くだけで重さが分かる……昔の体重計のような……、ばねはかり?というのだろうか?みたいな構造の物はこの世界には、浸透してないのかもしれない。
「うん。30ポンドだとこれくらいだね。他に欲しいものは無いかい?」
天秤の片皿には、多くも、少なくもなく、まあ、妥当だろうな、と思うような量が乗っていた。
ただ、南瓜と合わせると全体質量はかなり重い気がする。
ヤニック、あんな見た目をして、結構な力持ちなのか?それともやはりこの世界の基準がおかしいのか?




