の在処(食うは苦の有りか)1
食事の準備を終えた彼は何かを待つようにこちらを見ていた。
これはいつものことで、だから私はいつものごとく無視をする。詳しい事は分からないが、用事がない限り彼は、自分からこちらに話しかけることが出来ないのだろう。たぶん立場が違う……とかで。
くだらない。
けれどまあ、それはそれで、こちらとしても助かる。
何故か、と言うと単純に私が彼と話す気がないからだ。いや、話す気がない……というと少し違うか。先ほどのように話しかけられたら、答えはする。流石に無視をするのは……感じ悪すぎるからな。
ただ、彼と親しくなりたいか?と聞かれると首を傾げる。別に彼に限った話ではない(彼個人を嫌うほど私は彼を知らない)が。そもそも人と関わること自体が面倒なのだ。
だからこそ、食堂で取れるこの食事だって、わざわざここで取っているわけだからな。
今日の食事は……まあなんだか良く分からないが、日本食ではない事は確かだ。毎日飽きるくらいにトマトっぽい何か、が出てくる。トマトは、嫌いではないが……。流石にここまでトマトだらけだと飽きてくる。日本食はないのか。日本食が食べたい。
……なんていっても仕方のないことなのだが。
目の前にある赤い物体に向かって、親の仇さながらにフォークを突き立てる。
そしてそのまま、親の仇を噛み砕くかのように……いや、親の仇を噛み砕くって何だよ。
仇が人間ならそれは猟奇的事案であり、例え動物だったにしろ、草食動物が人間を襲うとは考えにくいから、それは肉食獣だ……ということになる。肉食の何が悪いかと言うと、まあこれは聞いた話しだから真実は定かではないが、どうも肉食の動物は不味いらしい。そんな肉を食べるなんてかなりの変わり者だろう。
それに……こうも考えられる。
親を食べた肉食獣を食べるなんて、それ最終的に親を食べているのと同義なんじゃないか?と。まあ、この考えは大げさかもしれないが、少なからず嫌悪感はあるはずだ。
……と考えるとやはり現実的な表現ではない。
仇が蛸ならまだしも。
……そういえば、蛸も茹でると丁度、こんな風に赤くなるな……。
これを蛸だと思えば美味しくいただけるのでは……?
いや、この料理が不味いと言うわけではない。
むしろ我々はかなり優遇されているのだろう。とても美味しい。
しかし、慣れていない物はいくら美味しくても、飽きる物なのだ。そして、飽きとは恐ろしい物なのだ。
その飽きを克服する為、これは蛸だ……と思い込むことにする。
そう。これは蛸だ。
これは蛸だ。
……これは、た……。
なわけがない。
いくらなんでも無理があった。
「……どうかなさいましたか?もしかして、お口に合いませんでしたか?」
しまった。
これは隙だ。
彼があまりにも静かだから、すっかりその存在を忘れていた。
自覚はないが、きっと滑稽な表情でもしていたのだろう。……よく、お前は表情に出やすい、と言われるからな……。自分ではそうは思ってないが。
ただ、本当に表情に出ていた場合…………。
……。
一体どんな愉快な面になっていたことだろう?
あー。
失態だ。
大失態だ。
話しかける隙を与えていただけではなく、面妖な様まで見せていたかもしれないとか……。
「いえ、なんでもないですよ」
そう微笑んでみるが、時はすでに遅し。なのかもしれない。
警戒しながら彼の方をぼんやりと眺めていると、彼はこちらから目をそらした。
「そう、ですか」
彼は何かいいたげに口をあけたが、すぐに閉じてしまう。
何か言いたいなら、はっきり言えばいいだろうに。
そう思うものの、口にはしない。口にしてしまえば、彼と話さなくてはいけなくなるからだ。何を気遣っているか知らないが、これは私にとって好都合と言えるだろう。
……例え、それが私の百面相に引いていただけだとしても。
自分で言ってて泣けてきた。今度からはむやみやたらと、変な妄想をするのはやめよう。
そう決意したものの、長年の癖は早々に治らないだろうな、と半分諦めかけてもいた。
♱
朝起きて、朝食を食べる。
その後、今までは何をしていたかと言うと、図書室に篭って本を読んでいた。
ずっと。
いや、一時期はきちんと魔術を学ぼうとしたことがあった。
ここでは何も知らない我々をれっきとした勇者にする為、ちゃんとした授業が行われている。
それに一度だけ参加したことがあった。
だって、異世界だぜ?魔法だよ?
興味が沸かない訳がない。一度くらいは魔法を使ってみたい。そう思うのも不思議ではないはずだ。
ではなぜ今は学ばないのか?簡単だ。意味がないから。ただただ、虚しいからである。
だってそうだろう?周りの人間はどんどんと魔法を覚えていくのに、私には魔法の才能がない。こんなに悲しいことがあってたまるか。
きっと学ぶ事は無駄にはならなかっただろう。
けれども私は、そこで学べるほど、強くはなかった。
だから、
誰もいない図書室に逃げた。
そうすれば私の心の安寧は守られるから。
……馬鹿らしい。
けれど、今の私には希望がある。
そう、希望だ。
魔法が使えるかもしれない、と言う希望が。
取り敢えず本がないことにはどうもならない、とここ、図書室にいるわけだが。
行動だけ見てしまえば、今までと何も変わっていないところが笑える。
しかし、私の心のあり方は、まるっきり変わっていた。晴れ晴れしい気分だ。
ただ、きっと、そんなことに周りが気付くはずもなく、私を見た奴からは、ああ、またいつもの奴か。と思われているだろう。私のことを気にかけている奴がどれほどいるかは知らないが。もしかしたら、いないかもしれないな。
まあ、そんな事はどうでもいい。
今の私に必要なのは魔術の本だ。適当に何時ぞやに読んだ、初級魔術について書かれている本を手にする。
まあ内容はなんだっていい。魔法の本であれば。問題はどこで、これを試すか、だな。
さすがにここでやるのは無理がある。誰もいないとはいえ、図書室で騒ぎを起こすのは礼儀知らずだろう。というか、室内で魔法を打つことが間違っている。
たとえ初級魔法であっても。だ。
となると、外……か。
恥ずかしながらここの立地はよく分かっていない。
外に出ていない訳では無いが、大概外に行く時は何らかの考え事をしていて、景色などをよく見ていないことが多い。
つまり、まあ、私が抜けている、ということなのだが。
しかしそれを聞く訳にも行かないだろう。
いや、聞いたらちゃんといい所を教えてくれるのは分かりきっている。あの私専属執事なんかに聞けば大喜びをするに違いない。知らんけど。
ただ、聞いたその後が問題なのだ。
なんのためにそこに行くか?は絶対に聞かれるだろう。そして、素直に答えると、魔術の授業を受けていない私が、何故、いきなり魔法を使う……なんて言い出すのか、疑問に思われるだろう。
なんなら監視の意味も込めて、ついてくるかもしれない。もしも何かがあった時のために……とかなんとか言って。
それじゃあダメなんだ。
確かに何の役にも立たない私たちを保護してくれるのはありがたい。感謝もしている。
でも元はと言えば彼らが勝手に私たちを呼んだわけだし、やっぱり信用はできない。
奥の手は隠しておくべきだ。
だから、私は一人で行く。
とりあえず、適当にその辺を歩いていれば、いい感じの場所くらい見つかるだろう。こんなに広いわけだし。
いつものように本を借りることを、カウンターにいる係員?の人に伝え、私は図書室をあとにした。