邂逅(病葉)6
「そうですね。私と話してて、違和感は有りませんか?」
「変人だな」
即答かよ。と言うか、そういう事が聞きたいんじゃない。
「では、他の女性と比べて」
「女の皮を被った化け物だと思ってた」
……聞けば聞くほど、墓穴を掘っているような気分になってきた。
いや、まあ、その答えでも、話は進められるか。
「……えー、まあつまり、私が普通の女性とは、違う、と言う事なのですが」
「そりゃあ、違うだろ」
……通じてないな。
丁度、ヤツカが菓子を取ろうと、机に手を伸ばしたので、その手を鷲掴みにした。
不可解そうに眉を顰められたが、それだけだ。
「……何のつもりだ?」
「いえ、あんまり嫌そうではないなあ……と」
「は?」
「他の女性に触られた時もこんな感じなんですか?」
刻まれた皺を、一層深くして、私の手をじっと見つめる。
「いや?……成程。確かにおかしいな」
「つまり貴方の体に、私が女だと認識されてないんでしょう」
「まあ確かに。急に男の手を鷲掴みにする女なんて、そうそう居ねえわ」
む。それは確かに。
今後があるかは分からんが、今後は気を付けねばな……。
「で?なんで俺はそんな勘違いをしてるんだ?」
「え?」
「理由があるんだろう?」
さて、どうしたものか。
「それは、私が男性が苦手だからではないですかね?」
「苦手なのか?」
「苦手……と言うか、性的対象として見られるのが、我慢なりませんね」
「性的、っておい」
なんだか、嫌そうな顔をされたので言い直す。
「要は、惚れた腫れたが苦手、って事です」
「ほーん」
これなら良いらしい。
「つまり恋愛対象として、見られない、と何となく分かったから、体が拒否しなかったのでは?」
「ふむ」
足を組みなおし、暫く黙り込む。
「いや、イマイチしっくりこないな。別に好かれてるとか好かれてないとかに関係なく、俺は女が嫌いだ」
そんな断言をされましても。
と言うか、そこまで言えるのなら、もはや結論は出てるようなものではないか。
「どういうことだ?」
「どういう事も何も、素直に、そのまま考えれば良いのでは?何でもかんでも私に聞かないでください」
少し投げやり気味に突き放す。効果はなかったのか、そのまま、うんうんと考え込み始めてしまったが。
「え?お前女じゃないのか?」
「生物学的には女ですが?」
沈黙。
時間で言うとそこまで長いものではなかった。
私が話し始めなければ、話は進まないだろう、と、予測はしていたからな。
ただ、心の整理、と言うより、準備が必要だった。
「まあ、そんなに大事な話でもないですし、訳の分からない話だと思うので、話半分くらいに聞いてください」
なんて、前置きをするのも、少しでも時間を稼ぎたかったから、だろう。
私は、ヤツカの顔を確認することなく進める。
「私、は一応女性のつもりですが、まあ、中の奴は女とは言えませんからね。かと言って、男かと聞かれても良く分かりませんから、取り敢えず、中性とか、無性なんじゃないか、と適当に思ってますが」
「はあ」
「とにかく女性ではないんだな、とざっくり思ってもらえればそれでよいです」
またもや沈黙。
先程の物とは違い、今度はヤツカが話し始めるまで、待たねばならない。
いや、別に厳密にそうしなければならない、と決められている訳ではない以上、話してもよいのだが。
ただ、ここで話したところで、何も変わらない。
問題の先送りにしかならない。
ならば、ゆっくり考えさせてやれば良いだろう。
黙って彼の入れた珈琲の味を噛みしめていると、彼が顔を上げたのが分かった。
「何と言うか、難儀な話だな。まあ、納得はした。俺の男女感知センサーも捨てたもんじゃないってことだな」
「センサーが優秀でも、本人が気付いてなければ、意味がないですがね」
何故か、得意そうな顔をされたので、冷たい目で見といてやる。
「と言う事です」
「何が?」
端折りすぎたらしい。締めようとしたら、尋ねられてしまった。
説明するのって面倒くせえなあ。何でこんな事、引き受けちまったのか。
「そのセンサー?とやらと似たような物が、私にもあって、それが貴方の女嫌いを感知した、と。そういう事ですね」
「…………。
ああ、惚れた腫れたが苦手、って奴か」
「そうです。恋愛対象に見られないだろう、と言う事で、今安心して、話したり、優しくしたり、出来る訳ですね」
「……難儀な奴だなあ」
「お互い様なのでは?」
……慣れてきても、黙り込んでしまうのは変わらないらしい。
いや、言い返したら、永遠に反論されると、分かってて黙ってるんだろうか?だとするなら、利口だと言わざるを得ないのだが。
「あと、もう一つの方……、と言うか、此方がメインで、多分貴方もこちらの方が聞きたいのでは、と思いますが」
ヤツカが、姿勢を正すのを確認してから、珈琲を口にした。
「まあ、貴方もやったことあるでしょうが、初めの方のふざけた問答は、情報収集ですね」
「いや、悪ぃ。やったことないわ」
んー?そうなのか?
まあ、本人がないというのなら、ないのだろうけども、勿体ない話である。
「初めは何もわかりませんからね。兎に角、相手から情報を得ることが先決です」
「そうなのか……俺はてっきり、遊ばれてたのかと」
「遊んでましたね」
「は?」
「別にどんな過程であっても、情報さえ手に入れば、それでよいのです。普段はあんなことはしません」
「え?じゃあ何で、俺はあんな事されたんだ?」
「腹が立ったからです」
眉をぎゅっと中心に寄せながら、上を見ている。
「そういえば、なんかずっと怒ってたな……」
みたいなことを呟いた。
「……もしかして、お前、俺の猫嫌いか?」
「もしかしなくても、嫌いですね」
「えっと、それはすまん?」
何が悪いのかわかっていない表情を見せたので、嫌なところを事細かく説明してやろうか?と思ったがやめた。
「二度とそのように話さない、と誓ってくだされば、許しますよ?」
「いや、俺もあんなん嫌だわ。原因が分かった以上、それだけはしねーよ」
「そうですか」
何だか良く分からないが、反省しているようなので、許そう。
因みにここでは、ヤツカの中では、あの出来事が、余程嫌だったらしい。と言うのは、分かるんだが、そこまで、嫌がることか……?と、私は疑っている。
と言うのを、略して、何だか良く分からない。と表現している。
何をどうしたら、そう略されるのかは、私にも分からない。
「情報を集める上で、大事なのは、相手を動揺させることだと思ってます」
「まあ、動揺はさせられたな」
「別に動揺させなくても、感情さえ見えれば、何とでもなるのですが、面白いので、動揺させることにしてます」
「やっぱお前、性格悪いな……?」
「お見事なブーメランですね」
身に覚えがあるのか、ぐ、と声を漏らした。
何故反撃されると分かっているのに、毒を吐くのか。
「まあ、人によりますがね。つらつらと、感情を垂れ流す人に、嫌がらせはしませんよ」
「最早、嫌がらせと言い切ってんじゃねえか」
「……仕方ないじゃないですか。分かりにくいんですから、嫌がらせしたくもなるでしょう?」
「その理論だと、俺はお前にずっと嫌がらせしないと、いけなくなるんだが?」
「すれば良いでは?」
「は?」
動揺して固まる彼に、目を瞑って、無抵抗の意思を見せる。
「私が分かりにくいのは、まあ理解できますからね。いいでしょう。甘んじて受け止めますよ?嫌がらせ」
目を伏せていても、ヤツカが混乱しているのが分かる。
どう収集を付けるのか、悩んでいるのだろう。
まあ、どうせ何もしないのだろうが。
「……で?何をしたら嫌がらせになるんだ?」
「……それ、本人に聞くことではないですよ」
流石に聞いてくるとは思わず、はあ、と大きな息を吐いて、目を開けた。
「実のところ、一つ思いついたんだよな、嫌がらせ」
「そうなんですか?」
「珈琲に大量の砂糖を入れて出す」
「……。それは、確かに驚きますね。でも、言ってしまっては意味がないのでは?」
「やる気がないから、言ってるんだよなあ」
「そうなんですか?」
「後が怖いからな……」
いや、流石にそんなことでは、怒らないだろう。流石に。多分。
「ただ待っているだけでは何もわかりませんからね。どんな形であれ、行動することが大切です」
「いやあ、俺にはあんな意味の分からないことを、初対面の奴に言う勇気はないわ。そもそも、思いつきもしないが」
「勇気なんていりますかね?」
「要るだろ。変な奴だと思われたら、どうするんだ」
「別に他人の評価なんて、気にする必要もないのでは?」
「変だと思われたら、その後が面倒だろ?」
こいつ、人の事、変人変人、という割には、こういう事、普通に言うからなあ……。まあ、何も考えてないだけだと思うが。つい、もう少しは考えて物を言え、と言いたくなる。
「別に、変人と思われても、何の支障もないかと思いますが」
「変人だと、関わりたくない、って思うだろ?普通は」
ふむ。
「まあ、無能な変人と無能な普通の人がいたとして、どちらかを選べ、と言われたら、無能な普通の人を選びたくなるのは、分かります」
「分かるのか」
「一般的な話をしています。私は無能は嫌いです」
「そ、そうか……」
同じような考えを持っている癖に、そこで戸惑われるのが良く分からんな。
もう少し素直になればよかろうに。
「では、有能な変人と無能な普通の人、だったらどっちがいいですか?」
「そりゃ、有能な変人」
「つまり、変人かどうか?と言うのは、結局損得勘定に負けるんですよ。なので、気にするべきなのは、変人だと思われているかどうか?ではなく、無能と思われてないかどうか、だ。と言う事です」
「成程」




