調理(超利)4
「失礼にはならないだろ。意外と勇者って家庭的なのが好きなのも多いし、問題ないんじゃない」
「しかし、急に料理が変わると、勇者様も驚かれるのではないでしょうか?」
私の言葉に心揺れていそうなヤニックに代わり、フェデルが言う。
本当に驚くから、止めたほうがいい、と思っているよりは、勇者にヤニックの料理を出すのは、どうなのか。と思ってて、それを阻止するために反論した。ように見える。
まあ、驚きはするだろうね。いい意味で。
確かに高級な料理は美味しい。けれど、幾ら美味しくても、高級でも、食べなれていない物を、食べ続けることは出来ない。結局は普段食べている物に、回帰すると思うんだよなあ。
その辺が、高級料理に食べなれているであろうフェデルと、高級料理を飽きるほど食べたことが無さそうなヤニックには分かりにくいのかもしれない。
「じゃあ、選択制にすれば良いんじゃないか?」
「選択制……?」
「そう。メニューを公表して、勇者にどっちを食べるのか、選んでもらえばいい。そうすれば、ヤニックの料理を食べたくない人はそもそも注文しないわけだし、選んでくれた人はヤニックの料理が食べたいわけだから、不敬も糞も無いだろ」
「ま、まあ、そうですね……」
「なるほど、それなら」
ヤニックはまだ不安なことがあるのか、顔を曇らせながら、フェデルは感心したように頷きながら、同意する。
「この方法なら、あっちの料理長に文句を言った勇者問題も解決できるんじゃない?」
「出来ますね。私もそのことについて考えていて、問題点が解消された今、いいな、と思いましたが……」
フェデルは、ちらり、とヤニックのほうを見る。彼の表情は相変わらず曇っていた。
「ヤニック様は何か、思うことでもあるのでしょうか?」
「……ああ」
不思議そうに、そして心配そうにヤニックを見るフェデル。難しい顔で、なにやら考えているようだったヤニックは、声をかけられたことで、はっと表情を動かした。
別に聞かなくても、そのままごり押ししてしまえば、事は済んだだろうに……。態々声をかけるとは、暇なのだろうか?
時間の無駄感は否めないが、聞いてから、やっぱなし。と言うわけにも行かず、心の中でフェデルの悪口を言うだけに留める。
「その……、もし誰も希望してくれなかったら、悲しいな……と思いまして」
私とフェデルは自然と、顔を見合わせる。きっと内心思っていたことも、同じだったことだろう。
それを何を勘違いしたのか、ヤニックは目線を逸らし、慌てて口を動かす。
「も、もちろん、僕なんかの料理を、勇者様に食べてもらえる、なんて思うのは傲慢だと思いますが、募集する以上は、どうしても期待してしまいますし、期待して誰も選んでくれなかったら、悲しいです。それだけではなく、一度選んでくれても、それ以降、僕のご飯がまずいから、と言って選ばれない、事もあるでしょうし……とにかく不安で……」
捲くし立てるだけ捲くし立てた後、唇をぎゅっと噛んで俯く。それやると後から口内炎になって痛いぞ……?まあ、彼の場合は血が出るまでは、噛んでいないようだが。それとも、唇も噛みすぎると、頑丈になって、血が出にくくなる……なんて事があるのだろうか?
「私は、ヤニック様の料理、美味しいと思いますよ」
ほわり、と、フェデルは微笑む。
その言葉に、ヤニックは顔を上げ、驚いた顔を見せた。
「初めに選ぶかどうかは分かりませんが、二回目以降は、絶対に次もヤニック様の料理を選んでくれるはずです。それくらい美味しいですから。私が保証します」
……なんだこの茶番。今の私の顔を見たら、十中八九の人間が〝冷たい〟と表現するであろう、表情をしている自覚はある。それぐらいに冷めた気持ちで、彼らのことを見ていた。
フェデルは、乙女ゲームも顔負けな、キラキラ笑顔を振り向いている。
対するヤニックの方は、じぃーっと、フェデルのほうを見つめていた。表情の方は真顔に見えるが、よく見ると瞳が潤んでいる。……そんなに嬉しかったのか。まあ、嬉しいか。
って言うかなに見せられてるんだ。これ。乙女ゲーかよ。いや、男同士だから、ビーエル……?って奴なのか?
何にせよ、男同士のいちゃいちゃなんて見せ付けられても困る。嬉しくもなんとも無い。寧ろ不愉快だ。さっさと消え失せろよ。
「……主様もそう思いますよね、ね……え?」
ニコニコと笑っていたフェデルだが、こちらを見て凍りつく。
何故か?なんて思わない。原因は私なのが明らかだからだ。もっと言うと私の振りまいている不機嫌オーラだろう。隠す意味も無い……寧ろ出してこの茶番を終わらせてくれれば、上々なので、出せる限りの不機嫌を演出している。
腕を組んで、仁王立ちをし、つま先を定期的に床にぶつける様は、さぞかし威圧感のあることだろう。無表情でも顔が怖い、と言われる私がやるのだから、尚更だ。
しかしそんな態度を取られてる側は、なぜ私が怒っているのか、分からないようで、大層困った顔をしている。
まあそりゃ分からないだろうな。理不尽な怒りなのは分かっているので、説明する気もないけども。
不機嫌な態度しか出さないのは、それはそれで理不尽なのかもしれないが、自分の行動くらいは好きにさせて欲しい。なぜ不愉快なのに隠さねばならないのか。
不愉快、といえばこの状況も不愉快である。私を放置して、二人だけの世界を作ったかと思えば、ふとこちらに話を振ってくる、とか惨めなことこの上ないだろう。ぼっちの私をの、気を使ってもらったみたいでな!
まあ今回の場合、まだ料理の自信を持てていないヤニックに自信を持たせるため。
二人目の証言者を作ることで、一人の言葉ではなく、複数の言葉、と認識させ、自身への後押しをしたいのだろう。
こんな風に意図がわかるからこそ、同情やらで話しかけていないことは分かる。分かるのだが、分かっていても、馬鹿にされている……という考えがチラつく。
つまり、どうしようもないわけだ。
苛立ちもそこそこに、不機嫌になって申し訳ないと思う気持ちも無くはないため、乗っかってやることにする。私自身、ヤニックの料理は美味しい、と思ったのは事実だしな。
「料理……だっけ?今貰ったのしか食べてないけど、まあ美味しかったと思う。というかそう思わなかったらそもそもこんな提案してないわ」
確かに……、とヤニックは声を漏らす。
馬鹿なのかこいつは。
わざわざ素直に言葉にしないと分からないとは……。いや、案外そういう人間は多い気がする。つまり私が特殊なのか……?いやいや、そんなことは無い筈だ。
私は首を振って、念の為にもう一押ししておく。
「フェデルに関していえば、以前にも料理を食べたことがあったみたいでな、わざわざ私に紹介してくれたくらいだ。相当、貴方の料理が好きなはずだ。
それに……。
フェデルの舌は知らんが、私の舌はなかなか肥えてる自信がある。その私が美味いと思うのだから、不味いわけが無い。
これでもまだ自分の料理がまずい、と思うのならそれは我々の舌が馬鹿だと言っているのと同義になるが?」
一押しというか、脅しになってしまった。
ガクガクと頷く、ヤニック。
やっちまった。と半ば救いを求めるように、フェデルの方を見ると相変わらずニコニコ微笑んでいた。
なぜこいつはこの状況で笑っていられるんだ……。
こいつに助けを求めるのは癪だが、自分から甘い言葉を吐く訳にも行かず、目で訴えかけてみると、フェデルは笑みを深めた。
「主様は怒っている訳では無いので安心してください。少し、言葉がキツイだけですので」
ね、と同意を求めてくるフェデルに渋々頷く。
同意はしたくないが、同意をしないと面倒になることは目に見えていたからだ。
ほっと息を吐く、ヤニック。どうやら安心したようだ。
いやいや、こんなことで怯えられても困る。どんだけなよなよしてるんだ。こいつは。
こんなことで肉を捌けるのだろうか?心配になってくる。
「じゃあ決まり、ということで」
私の言葉に二人が頷く。
……とは言ってみたものの、こっからどうすれば良いのやら。料理長に話をつければ良いのか……?
それともほかの人に話をつける必要があるのか……?
「ではあとの処理は私にお任せ下さい」
すっと前に出て、お辞儀をするフェデル。相変わらず、使える執事だ。
「では、今日はこの辺にしましょうか」
ヤニックが味見に使った皿を流しに置く。私がスポンジに手を伸ばすと、ヤニックに止められた。
「ああ、いいですよ。皿は洗っておきますので、先にお帰りください」
「しかし……」
こういうのは見習いの仕事ではないか。と言おうとして、またもヤニックに遮られる。
「ほら、フェデルさんも料理の件でやることがあるでしょうし」
彼は彼で律儀な男なので、きっと私がまだ作業をする、と言い出したら、ここに残ろうとするだろう。それでは、勇者にヤニックの料理を食べさせる計画……というか私が彼の料理を食べる計画、が進まないのである。
つまり彼のためにも、私の為にも、ヤニックの為にも、さっさと部屋に行け、ということなのだろう。
私はふう、と息を吐いた。
「ではお言葉に甘えて。今日はありがとうございました」
礼をすると、ヤニックも返してくれる。洗い物をする手は止めないのが、らしい、とも思う。
「また明日もよろしくお願いします」
作業の邪魔にならないように、それだけ言うと、行くぞ、とフェデルに声をかけ、厨房を後にした。




