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炊事したい(推辞、死体)2

「いや、それ以前の問題だ。虫や植物ならまだしも、生物……それも哺乳類に近い物になると、攻撃できるかどうかも怪しい」

「……例え、命が狙われていようとも……ですか?」

「……ああ」


 私が頷くと、フェデルは難しい顔をした。


「それだけ、死とは程遠い生活をしてきたんだ」


 実際の所、命を狙われても、殺しを躊躇うかどうかは個人差になるだろうが、誇張気味に言っておいても損は無いだろう。今後の行動をやりやすくするためにも。


「私もまあ、そんな国の出身だから、殺す、と行為に抵抗があるかもしれない。でもそれでは、この世界では、冒険者としては、やっていけない」


 そうだろう?と同意を求めるとフェデルはこくり、と頷いた。


「だからこその料理だ」

「なぜそうなったのですか……?」


 フェデルは落ち着いてきたのか、呆れ気味な声を上げる。

 私の説明を遮るとは、どうやら彼はなかなかせっかちらしい。まあ冗長に話している私にも問題はあるか。


 しかしこれは癖のようなものだ。仕方がない。折角、相手を驚かせたのだ。その反応を長い間見ておきたい、と思うのはおかしなことだろうか?


「料理をすれば、肉を切る感覚を味わうことが出来る。それだけではなく、相手が無抵抗とはいえ、命を、消す、行為もするだろう?」

「ま、まあ、そう、ですね……」


 きっとフェデルは執事だからだろう。料理人が具体的に何をしているか、なんて考えたこともなかった。と、そんなことを思ってそうな顔をした。


「ということで料理をする。厨房へ案内しろ」

「いやいや、待ってください。その、失礼ながら、言わせてもらいますが……。

 いきなり主様が厨房に押しかけても、邪魔になるだけなのでは……?」


 余程慌てていたのか、失礼なことを言う、とそれをして良いかの確認もせずに、言葉を重ねる。

 特に敬って欲しいとは思ってないから、私としてはどうでも良いのだが。寧ろ、礼儀を重んじるフェデルがそれだけ慌てている、と分かる分、好感が持てるかもしれない。


「大丈夫だ。皮むきくらいならできるし、鯵なら三枚おろしにだってできる」


 にやり、と笑って見せれば、フェデルは目を見開いたあと、はぁ、とため息を吐いた。


「仕方がないですね……、では案内させていただきます」



 ♱



「ここが調理場です」

 そうっと覗き込んでみれば、中の人々は慌ただしく蠢いている。夕食の準備をしているのだろうか……?


「ここでは、主に勇者様方の調理を担当しております」


 なるほど。ここであの赤い料理が大量生産されている、というわけだな。


 ……で?この後はどうすれば良いのだろう?勝手に入る訳にはいかないよなあ。……となると偉い人に相談、となるのか?

 偉い人からの許可さえあればどうとでもなるもんな……。


「じゃあ一番偉い人を呼んできてくれ」


 この忙しそうな時間に呼ぶことに罪悪感がない訳でもないが、そんなものは知ったことではない。それで印象が悪くなるなら、それを覆すぐらいに、良い印象を持ってもらえば良いのだ。


「料理長ですね。かしこまりました」


 フェデルは颯爽と厨房に入っていった。

 どうも待つ時間、というのは苦手だ。

 暇なので、厨房の様子を覗き込む。先程見た光景と変わらず、シェフたちは忙しなく動いていた。食材を切ったり、何かを煮込んだり、炒めたり、……と大変そうだ。

 果たしてあの中に入って、同じように動くことが出来るのだろうか?それだけが不安である。

 まずは皿洗いから、だろうか?それとも厨房の掃除?何にせよ、彼らの邪魔をしないようにしなくてはならない。


 決意を固めていると、奥の方からフェデルとガタイのいい男がこちらに向かって歩いてきた。

 あれが、料理長、だろうか?慌てて覗き込むことをやめ、背筋を伸ばす。


 すると、ひょこりとフェデルが顔を出した。


「料理長をお連れしました。主様」

「ありがとう」


 フェデルは軽くお辞儀をして、私の方に来る。


「初めまして。儀保 沙綾と申します」


 ぺこりとお辞儀をして見るが、相手の顔は顰め面のままだ。

 やはり突然押しかけたのが迷惑だったのだろうか……?


「それで?勇者様が何の用だ」


 知っていたのか……。いや、名前で、そうとわかるのは当然の話か。

 しかしこちらが名乗ったのにも関わらず、あちらは名乗るつもりがない……と。やはりいい気はされてないらしい。何故かは知らないが、これでは、手伝いたいと言っても許してくれるかどうか……。


 名乗ろうともしない、料理長に向かって、フェデルは睨みつけていることに気付く。

 それに料理長も気付いているが、難なく受け止められていた。


 まあ、どちらかと言うと、可愛いお顔の執事がどれだけ睨みつけたところで、怖くはないよなあ……。


 このまま話を引き伸ばして、少しでも好感度を上げようか、と思っていたが……。さっさと本題に入ってしまった方がいいような気がした。何故不機嫌なのか分からない以上は、無駄話をしても無意味だろう。

 せめて理由が分かれば、何とかできるかもしれないが……。何か知っていそうな……知っていなくとも、推測くらいはしてくれそうな、フェデルは料理長を睨むのに必死で、こちらに気付かない。


 こんなことで執事としてやっていけるのか、と心配になる。

 ……もしかして、フェデルと料理長の仲が悪いから、とばっちりを受けているわけではないよな……?ふと浮かんだ考えを、すぐさま打ち消す。別に、フェデルを信用しているから、と言う訳ではない。

 二人の様子を見た感想からだ。


 確かにフェデルは料理長を睨んではいるが、当の料理長は、知らん振り、である。それよりもこちらに、目を向けていて、なんならフェデルに、睨まれている事に不快……というよりは困惑を向けている……様な気がする。人の表情を読み取るのが得意、と言うわけでもないから、確かな反証にはならないが。


「料理を勉強させてほしいのですが……」


 そう切り出すと、料理長はこちらの真意を探るかのように、じっと見てきた。


「勉強……だと?」

「はい」


 多くは語らず、黙ってうなずくと、料理長は咳払いをした。


「それが本当なら、失礼な態度をとってしまいましたね。申し訳ありません」


 どうやら、今のところは信じてもらえるらしい。信じるも何も本当のことしか言っていないのだが……。


 この態度の変わりようを見るに、苛立っていたのは、私とは関係ない案件だった、ようだ。

 思わずほっと、息を吐きそうになり、飲み込む。

 特に隠す意味もないが、見せる意味もない。ならば、隠しておいたほうが良いだろう。心の動きなら、特に。


「ですが、何故料理を学ぼうと思ったのですか?」


 口調は敬語になったものの、まだ疑うような視線を感じた。まあ、その反応になるのが普通だろうな。何にそんなに憤っているかは知らないが、勇者が突然、ご飯作りたい、とか言い出したら、誰だって驚くだろう。初対面で悪感情をもたれていたら、不信感をもたれても仕方がない。

 ……この初っ端からの印象の悪さ、はどう考えても私の所為ではないのが、腹立たしいことだが。いったい誰の所為なのか……。


 分からないが、どうやらこの料理長は、多くを語るのが、ご所望らしい。ならば、と私は口を開いた。


「何も出来ない私をここにおいて下さった、この国の王様方には感謝しております。ですから、少しでも力になりたい、と思いました」


 料理長は依然、眉を顰めたままだ。フェデルは、と言うと料理長を睨むのをやめ、こちらも難しい顔をしていた。これだけだと、善人……というよりは、偽善者、と思われる可能性が高いだろう。だからこれで終わるつもりはない。


「それに、料理を覚えることが、私の利益になる……と思ったので」


 料理が出来て、損をすることはないでしょう?と笑って見せると、料理長は、ふむ。と声を漏らした。


「教えるのは、吝かではない、のですが……すいませんが、やはり難しいかと」

「な、何故でしょうか?」


 私が慌てると、料理長は私の手を見やる。


「その手で、仕事が出来るとは思えませんね……」


 手?

 つられて、自分の手をみると……、いや、普通の手だ。手のひらを見ても、ひっくり返しても、何か問題があるようには思えない。

 何かわかるかもしれない、とこっそり料理長の手を見た。

 その手はごつごつしていて、色は濃く、皮が分厚そうだった。……ああ、そうか。文字通り〝白魚のような手〟である私の事が、気に食わないのだろう。

 洗い物をすれば、手は荒れるし、何度も食材を切っていれば、包丁で手を切る事だってある。要は、私の手は、今まで何の苦労もしてこなかった、お嬢様の手、と見られているのだろう。……否定も出来ないしな。


 こんな手で、実はある程度、料理が出来るんですぅ~、なんて言えない。

 言えない。


 序に言うなれば、今の今まで忘れていたが、私の格好はスカートだ。それも、お嬢様が着るような奴。

 こういうのはまったく好みではないのだが、女らしくしておこう、と。しかし、自分でそれらしいのを選ぶのも、悔しい気がして、フェデルにすべてを任せていたのだ。幸いにも、彼のセンスはよく、程々に動きやすい服装をチョイスしてくれたが、それでも、仕事をするには向いてないだろう。


 つまりは、準備不足。

 圧倒的、準備不足なのだ。


「ここは、勇者様のお食事を作るところですから、例え勇者様といえども、粗末なお料理を出すことは許されないのです」


 追い討ちをかけるように、彼は言う。実際追い討ちをかけているのだろう。

 ああ、そうだ。その通りだ。

 私が悪かった。

 私が甘かった。


 彼の顔は、勇者様の気まぐれなお遊びに付き合っている暇はない、と告げているような気がした。


「……分かりました。態々、お時間を取らせてしまって申し訳ありません」


 一礼して、最後に、ただ負けるだけで、終わらせてなる物か、と精一杯の作り笑顔を向けた。

 それから、これ以上無駄なことを言わないように、と。すぐさま、くるり、と背を向けて、自室へ戻る。

 数秒後、慌てて、追いかけてくるフェデルの足音が聞こえたが、彼がどんな表情をしていたのかは、私には分からなかった。

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