異世界は良い世界1
う、嘘だろーーーーーーーー!!!
そう声に出なかったのは、私がコミュ症だからだろう。思ったことがすぐ口から出る……なんて言葉と正反対にいる女。それが私だ。
……いや、この場合は男と言った方がいいのだろうか?
鏡なんて見なくてもわかる。
あるべきものがなくなり、ないものがあるのだ。
い、いやいやいやえ?なんで?
え?えー?
ありきたりだが、頬を引っ張ってみる。
痛い。
ゆ、夢ではないようだな?
いや、そもそも私は普段から痛みがあるから。と言って夢じゃないと判断するのは、早計なのではないか?と思ってるタイプの人間だった。
だから、これだけで夢ではない、と断ずるのはおかしな話なのだが。
でも信じられない状況に出会った今だからこそ分かる。痛みが夢ではない証拠にならないのなら、今が夢じゃないと判断するには一体何をすればいいんだ?
答えなんて分かりきってる。
そんなものは存在しない。
……ってことは、今は夢の中なのか?
いや、きっとそうだ。そもそも初めからおかしかったんだよな。普通に授業受けてたら、なんか閉じ込められて、神?みたいなやつとサシで話して、それで気がついたら城の中に……って、どこかで読んだことあるような話だし。
きっと私の深層心理的なものが、作用したのだろう。別に異世界には行きたいとは思わないが、本当は行きたかったのかもしれない。
ダメだ。訳わかんなくなってきた。
ドタドタドタ!
廊下を走るような音が聞こえて、思わず警戒する。
この姿を見られたら、どう説明すればいいか分からないからな……。
とにかく面倒なことは避けるべきだ。
そうなると、私がコミュ障で良かった。と心の底から思える。思ったことすぐ口に出す人間だったら、この部屋で大騒音を奏でていたに違いない。
その騒ぎに人が集まり……そのあとは考えたくも無い。
音の正体が少し気になった。鉢合わせても嫌なので、音が小さくなった頃、僅かにドアを開ける。廊下が見えるか見えないかぐらいの幅だ。
その小さな隙間から廊下を覗くと、小さなメイドの後ろ姿が見えた。
……あんな小さな子まで、働いているのか。大変な世界だな、ここは。
現代日本では考えられないことだろう。
子役とかは確かに働いてはいるけど、何時までは仕事をしてはならない、って決まりがあった気がする。
○時になったので○○くんはここでさよならです!って生放送とかで言ってたしな。
その後、本人の代わりに、本人の等身大パネルがテレビに映されてたっけ……。懐かしい。
なんて考えていても仕方が無い。
どうして私が俺になってしまったのか、考えなければならない。
って言うか戻るのか?これ。戻らなかったらどうしよう。
一生男のまま過ごす……別に悪くないな。
いや、自分の性別に違和感を覚えてた訳では無いよ?そこまでじゃないけど、男になってみたくはあった。エックスジェンダー?って言うんだっけ?あれともまた違うような気がするけど……。
なんだろうな、そういう変な名前つけて貴方はこれですって、型に詰められるのは好きじゃない。好きじゃないってのとも違うか。
しっくり来ない。といえばいいのかな?うん。しっくり来ない。
私は私である。
そして今の状況をそんなに嫌がってもいない。
それでいいじゃないか。
……いや、良くない。そもそもなぜ男になってしまったのか。
なる前となった後の変化を探せば良いのだ。
……となると一つしか心当たりはない。
先程、読了したばかりの本を机の上に置く。
……あ、戻った。
再度、本に触れる。
……あ、男になった。
……なるほど。
因みに本のタイトルは「人体の秘密~男性編~」というものである。
いや、なんでそんなの読んだかって、たまたま手に取った本が、そんなんだったからであって、特に他意はない。裸の絵も骨やら筋肉やらになっていて、エロいと言うよりグロかった。
とまあそんな話はどうでもいいのだ。
重要なのは、この本(男性について記載されている)を読み終わったあとに、この本に触れていると男になってしまう、という謎現象についてだ。
仮説としては、読み終わった本に触れると、その内容に私の体が反映される?のだろうか?
試しに、他の本も持ってみる。これはまだ読んでない。「異世界勇者の冒険」という本だ。
異世界勇者、という境遇に共感して持ってきたものだが……。
やはり姿は変わらない。
いや、本の種類が悪いという説もあるのか。この本は確かに異世界の勇者を描いた物語だが、他にも人物が登場するからね……。誰に変化すればいいのか現象が迷っている可能性も否定できない。
念を入れるとなると、他の本でも試しておくべきだろう。
そう思い、今度は違う本を手にする。
「エルフについて」と言う本だ。流石異世界!エルフも存在するんだな……と感激しながら、手にした記憶がある。
此方は……。
変化なし。と。
この本なら、現象が迷う心配もないだろう。つまり、本を読んでいないと能力は使えない。
で、この現象はなんだ?
まさか、まさかとは思うが、これが、私の能力だった……とそういうことか?
私たちはこの世界に転移される前、神的な人からそれぞれ能力を貰った。神的な人と曰く、私の天職(まあ、得意な能力の方向性的な物と言えば伝わるかな?)は、司書だ。と言われた。
それ以外には、どこの国の言葉でも理解できる……と言われたが、内心、いや、勇者には翻訳機能があるんでしょ……と呆れてたっけ。他にも、本を読む速度が速くなるとか、読みたい本がどこにあるか分かるとか、なにそれ、戦いで役に立つの?って能力を教えられたんだっけ……。
確かに本を読むのは好きで、昔から本の虫だのなんだの言われてきた。授業中も掃除の時間も、歩いている時も、本を読んでいた。他のクラスメイト達が皆外で遊んでいる時も、一人図書館にこもっていた記憶がある。
でも、だからと言って、天職まで司書にしなくてもよかろうに。好きなことを仕事にするとよくない。と言う言葉を知らないのか。
好きなことを仕事にしてしまうと、仕事で失敗したときに、好きなこと自体が嫌いになってしまったり、リフレッシュの手段として使えなくなるからだと思ってたけど。
実際、こうやって能力によって、読書を強制されると、少し読む気が失せる。
ただ、能力としては悪くないんじゃないか?
どの程度まで自分に反映されるか、分かってないけど、特に上限がないとしたら?
魔術や武術の本を読んで、触れるだけで強くなれる、ということである。
物覚えがいいか悪いかはともかく、運動能力のない私にとっては渡りに船だ。
いや、別にそんなに積極的に、戦闘に参加したい訳じゃないけどね。楽して強くなれるなら、それに越したことはない。
コンコン
扉を叩く音がした。どうやら彼が帰ってきたようである。
慌てて、本を置き椅子に座り直す。姿勢を整えて……。
「どうぞ」
声をかけると、入室してきた。彼は私が声をかけるまでは絶対に室内に入らない。
前、放置したらどうなるのか?と思ったので、声をかけずに無視し続けたことがある。
催促のノックがなかったが為に、私はそのことをすっかり忘れてたまま、眠りについた。
そして、次の日の朝、部屋を出ようとすると、扉がなかなかあかない。何故だろうかと首を傾げていると、慌てた彼が部屋に入ってきたのだった。
……いや、あの時は、本当に申し訳なかった。
普通勝手に入ってくるか、その場を離れたりするじゃん?執事という職業に就いてるからそこまで律儀なのだろうか?いや、彼の性格のような気がするけど……。
何はともあれ、それ以来ノックには、すぐに反応するよう、心がけている。
「夕食の準備が出来ました」
ああ、そうか。もうそんな時間か。
夕食は、共に召喚されたクラスメイト達と食堂?でとることもできることも出来るらしいが、私は自室で頂くことにしている。
別にわざわざ、食堂に行く意味がないからね。友達と言えるような友達も特にいないし。
いや、現実世界にいないわけじゃないよ?ただ、仲のいい幼馴染とは、高校離れちゃったから……。この世界にはいない。家族もいない。
はぁ。早く帰りたいなあ。
ため息を吐くと、執事が反応した。
「どうかなさいましたか?」
サラサラとしたエメラルドグリーンの髪が傾けた顔と同じ方向に流れていく。
はぁ。羨ましい。男のくせに、しかも西洋っぽい世界観のくせに、何故こんなにもサラサラなのだ。私の中途半端な天パを見てみろ。うわー凄い。サラサラ……という訳でもなく、めっちゃくるんくるんじゃん!可愛い!……と言うほどもカールしていないこの髪を。私だって黒髪サラサラストレートヘアになりたい。
再度溜め息を吐くと、執事に困った顔をされた。そらそうなるわな。