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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第一章 出会い
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7

 朝早くから、宿舎の脇にある訓練場で、シンはひとり黙々と剣の稽古を行っていた。

 今まではあまり身が入っていなかったのだが、王子と事故にあって、いざという時に役に立たない悔しさを嫌というほど味わったためである。

 腕立て伏せや上体起こしなど、基礎的な鍛錬を念入りに行い、シンは自分の剣を取り出した。ゲルド団長に習った動きを思い出しながら、丁寧に剣を振る。一連の動きを身体に思い出させているのだ。


「精が出るな」


 いつの間にか、シュウ副団長が傍らに立っていた。シンは挨拶をして、また稽古を続けた。

 しばらく彼は黙って見ていたが、やがて口を開いた。


「……重心はいいが、まだ腰が入っていないな」

「腰、ですか」

「剣は、腕で振るものじゃない。腰で振るんだ」


 そう言いながら、シュウは自分の剣を抜いてみせた。全長一メートルほどもあり、すらっとした長剣は、まるで彼そのものであった。

 両手で剣を構え、袈裟切りと切り返しを、シンへと見せる。その迫力たるや、本当に敵がそこに居て、戦っているかのようであった。


「振ることを目的にしていては、切ることを忘れる。戦いには常に相手がいるということを胸に刻んでおけ」


 ただそれだけ言うと、シュウは剣をしまった。彼がシンに何かを教えることは、初めてであった。教え方も不器用で、要点を掴むことはなかなか難しかった。

 シンは先程の気迫のあるシュウの動きを頭に思い描きながら、剣を振った。


「こう、かな」


 何度か試したものの、想像通りにはいかず、剣は空しく空を切る。何がいけないのか、と考えても答えがすぐに出るはずもなく、シンは闇雲に真似を続けた。

 シュウはその間もずっと腕を組んで見ていた。何があっているのか、何が間違っているのか、そのひとつひとつを懇切丁寧に教えてはくれない。

やがて、シュウは物も言わず宿舎の方へと戻って行った。シンは、自分の無様さを見かねたのだろう、と思った。

 しかし、すぐに彼は戻ってきた。手に二本の木刀を持っており、そのうちのひとつを、シンへと投げつけた。


「打ち合いをしたことはあるか?」

「団長と何度か。でも、団長も忙しい人ですから、ここ何年かは全くやっていません」


 シンは木刀を拾いながら言った。


「だったら、こっちからは打ち込まないでおいてやる。自分に何が足りないのか、体を動かして考えてみろ」


 シンは言われるがまま、木刀を握って、シュウへ打ち込んだ。それは簡単にいなされ、シンは勢いのまま、地面へと転がる。


「腕で振るなと言っているだろう。だから足元がふらつくんだ」

「はい! もう一度お願いします!」


 攻撃しないと言っても、シュウを前にした時の威圧感は野生の獣のそれに近いものであった。普段から寡黙な男であったが、剣を構えると、より一層話の通じない相手のように見えた。

 シンは何度も、彼に木刀を振り下ろした。避けられ、捌かれ、転がされても、シンは止めなかった。この愚直なまでの真面目さが、彼の取柄でもあった。

 延々と打ち続け、シンの体力が限界に近くなり、剣が軽くなったころ、シュウは言った。


「そろそろ辞めるか」

「まだ、まだやれます!」

「もう限界だろう。そのまま続けても変な癖がつくだけだ」


 シンは、膝に手をついて、なんとか立っていた。シュウもある程度は汗をかいていたが、息はきれていない。


「もう少しだけ……」


 そう言って顔を上げると、シュウが木刀を構えていた。大きく腕を上げ、シンの前に立っていた。

 瞬間、シンは頭部にひりついたものを感じた。反射的に木刀を横にして防御の姿勢をとる。

シュウの木刀が振り下ろされ、シンの両手の間を上から下へと、疾風のように通り抜けた。

 構えていた木刀が、中心から真っ二つになっていた。折れたのではない。切断面は滑らかで、確かに切られていた。


「よく防御した。それが、限界状態が引き起こす先読みの力だ。直感力と言ってもいい。お前は、剣の腕はまだまだだが、順当にいけば、良い剣士になるだろう」


 驚いて固まるシンを他所に、シュウは木刀を担ぎ、宿舎へと戻っていった。

 シンには、シュウが『良い剣士になる』と言った理由がよく分からなかった。それに、今まで剣を教えたことなどほとんどなかったにも関わらず、なぜ今になって急に教えてくれたのかも、謎であった。

 その次の日も、そのまた次の日も、シュウはシンの練習に付き合った。どんな心変わりがあったにせよ、シンにとっては希少な機会であったため、少しの指摘でも貪欲に学び、毎日身体が動かなくなる限界まで、訓練を続けた。

 それが五日続いたある日、シンはシュウを見かけていないことに気がついた。普段でもふらっと居なくなることはたまにある。秘密裏に命令された仕事をこなす時などは、何も告げず姿を消すのだ。シンは今回もそれだろうと思っていた。

しかし、普段なら早朝まで酒を煽っているゲルドがその日だけは何も飲まず、じっと暖炉の火を見つめているところを見て、異変を感じた。


「ゲルド団長、シュウ副団長はどこへ行ったんですか?」


 ゲルドは視線を動かさず、言った。


「あいつは何か言っていたか?」

「いえ、何も。でも、急に剣を教えてくれるようになったので、何か変だな、と」

「そうか。お前は知らなくていいことだが……」


 ゲルドは言葉を続けず、口を閉じた。

 シンが話してくれることをひたすらに待っていると、壁の影からデントが染み出るようにして音もなく姿を現した。


「あんまり団長をいじめてやるな。話せないこともあるのさ」

「デントさん、いつから居たんですか」

「ずっと。今日は朝から、ずっとここにいた。まあ、そんなことはどうだっていい。シュウは仕事だ。二度と戻っては来ないがね」


 シンは思わず聞き返した。


「二度と戻って来ない?」

「来られない、の方が正しいか。詳しい内容は話せねえが、あの仏頂面は、もうここへは帰らない」


 シンはデントとゲルドを交互に見た。冗談を言っているような雰囲気ではない。

 暖炉の火が燃える音だけが室内に響く。

しばらく、シンは考えた。他言出来ない命令は確かにある。シンも何度か受けたことがある。しかし、居なくなるのなら、それくらいは事前に言ってくれてもいいものである。

 そう考えて、はたと気がついた。ゲルドやデントには教えているではないか。教えられていないのは自分だけである。


「なぜ、一言言ってくれなかったんですか?」

「お前にゃ教えられんことだからだ」


 ゲルドは力なく答えた。その姿を見て、シンも追及を辞めた。団長だって好きで黙っていたわけではないのだから、自分もこの件は飲み込むべきだと考えたのだ。


「とにかく、シュウはもう帰らない。だからお前に剣を教えたんだろうよ。お前はもっと鍛錬して、あいつに敵うくらい強くなれ。それが出来たらいずれ会えるだろうさ」


 ゲルドは暖炉の火を見ながらそう言った。

 シンは言われなくてもそのつもりだ、と拳を硬く握った。


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