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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第一章 出会い
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5

「まだ竜は見つからぬのか!」


 王の怒号が宮殿内に響いた。玉座の間にて、ディオン兵長を叱りつけ、もう一度行って来い、とすぐに命じた。

すでに捜索に三年を費やしたものの、足取りどころか鱗一枚見つけられず、手も足も出ないほどに行き詰っていた。

 王のあてにしていた竜博士が早くにその姿をくらましたせいもあり、竜に対する知識のない者ばかりで探さなくてはならなかった。そのような状態で、いったいどれだけのことができようか。

 しかし、誰一人として、それを愚行と言うことはない。それは、この国いるほとんど全員が赤竜というものを恐れているからに他ならなかった。

 母親が子に聞かせるおとぎ話から、アゴルニアの歴史にまで、いたるところに現れる赤竜の存在は、どの媒体においても悪竜として描かれ、恐れられている。そのためアゴルニア王国では毎年冬至の日に、鎮竜祭というものを行い、再び災いの訪れないよう、祈るのだ。


「まったく、何をやっておるのだ……! 早く見つけねば、また三百年前の災害を繰り返すことになるというのに……」

「……お言葉ですが、陛下。赤竜とはそれほど恐れるものなのでしょうか?」


 頭を抱えて玉座に座るガリア王へ、隣に立っていた宮廷魔術師のアイオロスが声をかける。彼は国における祭事を取り扱っている身でありながら、その肩書きに反して現実主義者であった。そのうえ、王へ意見できる唯一の存在であるため、いかなる内容であっても、その言葉を無視することは、王にも出来ない。

 あまりにも意に反する彼の言葉を聞いて、王は怒ることも忘れ、呆れて言った。


「お前ほどのものがなんと愚かなことを言うのだ。災害を未然に防ぐことこそ、王の務め。起こってからでは遅いのだぞ」

「それは承知しております。しかし、こちらから手だしをしなければ、向こうも襲ってくることはないのではないでしょうか」

「楽観的すぎるぞ。三百年も封印されているのだ。人間に恨みをもっていないとは言いきれまい。だが、お前がそこまで言う根拠があるのだろう。申せ」

「私には、疑問でならないのです。初代国王、モーゼス殿下がなぜ三百年の枷を嵌められたのか。竜はそれほど弱い生き物ではないはずでしょう。いくらアゴルニア王国とはいえ、竜と戦争して何の傷跡も残っていないはずはありません」

「だが、伝えられている話には、確かにあるではないか。百日間も雨を降らせて洪水を起こした、と。天災を操ることのできる竜なのだ、と。お前は、歴代の王たちが嘘をついていると言いたいのか?」


ガリア王は怒っていないものの、諫めるような口調で言った。


「そうは申しておりません。しかしながら、脚色がないとも言いきれません。その、雨が百日降り続いたという話は、三百年前の竜と同一であるとは思えないのです。なぜなら、その話が確認できる最古の文献が、およそ百五十年前のものですから。それ以前の資料は火事で焼け落ちたと言うのであれば、なぜ無くなった文献が、竜に関するものだけなのでしょうか。私からしてみれば、赤竜に関する記述は、おとぎ話や童話の類のものであり、文献として信用に値するものではありません」


 ガリア王は少し思案したが、すぐに考えを振り払うように頭を振った。


「竜の書物だけが偶然焼けることもあろう。お前が何を言おうと、確実な安全が保証できぬうちは、竜探しをやめることはできん。防げる天災は防がねばな」

「ええ、私もその部分には賛成です。ですが、もう少し様子を見ましょう。無理に兵を使って、何の成果もあげられないまま疲弊させることだけはさけねばなりません」

「分かっておるわい。そんなことは……」


 王は小さく呟いた。宮廷魔術師に釘を刺されたとあっては、考えを少しばかり改めなければならない。


「おい、そこのお前」


 王は出入り口の方で控えている部下に呼びかけた。


「兵長に出軍をやめるよう言ってこい。次の捜索は、具体的な指針を出せるまでとりやめる、とな」


 部下は慌てて走り出していく。王がアイオロスをちらりと見ると、ゆっくりと大きく頷いたため、王は大きなため息をついた。


「それはそうと、あの馬鹿息子の調子はどうだ?」

「グレン王子ですか。行楽に出かけて足を折ってしまったそうですね。元気の良いことで」

「王位継承者があの調子ではな。ミオゼルガは立派育っておるのに……」


 憂う顔をする王とは対照的に、アイオロスは笑った。


「私は、グレン王子の方が好きですがね」

「お前とはつくづく意見が合わん。……しかし、この怪我でこりてくれれば良いのだが。誰もやつに注意せんということは、誰もついてきていないということにもなる」

「王宮内の人気なら、ミオゼルガ第二王子の方が高いでしょうね。なにしろ、グレン王子は王宮の者とは馴れあいませんから。自ら選んだ私兵だけとしか話をしない方が、どうやって支持を得るというのでしょう」

「赤竜のこともあるが、あやつも余の悩みの種だ」


 そんな話をしていると、玉座の間へひとりの青年が現れた。

 気品のある顔立ちに、特徴的な泣きぼくろがあり、ともすれば女性にも見えるその美しい青年こそ、ミオゼルガ第二王子であった。


「お父様、外に聞こえてございますよ」


 ミオゼルガが優しく微笑んで言い、王は口をつぐんだ。


「お父様。実はひとつ報告があって、参りました」

「なんだ?」

「私の部下が竜博士を見つけたそうです。すぐに後を追わせていますが、彼らではじきにまかれてしまうでしょう。そこで、お父様の兵をお借りできないかと」

「そうか。兵を貸すのは構わんが、竜博士はどこにいたのだ?」

「どうやらアリウム山脈の方にこもっていたようです。たまたま巡回していた私の部下から、それらしき人影を見た、と報告がありました」

「アリウム山脈、と言うと、デトルトとの間か。たしかにあそこには隠れるところがたくさんあるだろう。よくやった。くれぐれも丁重に扱えよ。機嫌を損ねて、話してもらえなくては困るからな」

「はい。それでは、失礼します」


 ガリア王は、勝ち誇った顔で、アイオロスを見た。


「よく出来た息子だろう」

「ええ。そう思いますよ」


 彼は、少しも表情を崩さず、真顔でそう言った。


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