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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第一章 出会い
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4

 王宮の奥、少し高くなっている塔の部分にグレン王子の部屋はある。室内へ至るまでの廊下や人目につくような部屋は、それこそ格式の高い装飾で覆われていたが、王子の私室だけは質素というほかない。ほとんどの家具が、ワックスはかけてあるものの無着色であり、素材そのままの素朴なものである。

 小さなころからどれだけ説得しても王子が言うことを聞かず、禁止すればするほど好き勝手にしてしまうため、ならば許可を与えた範囲で好きにすればいいということで、私室だけは王子の好みで揃えられている。

しかしながら、部屋へ入ると木製家具の独特な香りが鼻をつくため、従者からは嫌がられていた。

 ジルベルトの葬儀を終えた日の夜、グレン王子は部屋の火を消し、窓から星を眺めていた。


「デント、いるかい?」


 王子は外へ向かって、呟いた。すると、どこに潜んでいたのか、まるで影から這い出て来たかのように音もなく、ひとりの若い男が現れた。痩身で、短く切った髪と無精ひげが特徴的であったが、それ以上に笑顔が歪な男であった。


「はいよ。ここにいるぜ」


 デントはそう言って王子の部屋の椅子に腰かける。彼は『蒼翠の槍』の中でもゲルドやシュウと同じく初期からいる人員であり、王子とは旧知の仲であった。


「ようやく、見つけたよ」

「するってえと、あれが、あの?」

「ああ。『赤竜』だ。間違いない」


 デントは声を殺して笑い、言った。

 彼はずっと、馬車をひそかに追い、事の顛末を隠れて見続けていたのだ。助けなかったのは、それが王子の命令だったからである。帰り道、シンと王子が迷わずに森を抜けられたのも、彼による案内があったからだ。


「そりゃあ、見つかるはずないわな。まさか人間に化けてるなんて、王も考えていないだろうよ。でも、どこでそう思ったんだ?」


 王子は彼の方へ向き直った。


「おれに対する警戒心の高さだよ。王子と分かってからの対応はまさに『当たり』だ。それに、竜博士の手記にもあったが、竜は姿を変えることができる。変わった理由は分からないがね。人になることで竜としての能力をほとんど失うが、一部の能力は持ったまま、人になることができる。目的ははっきりしないが、とにかく、彼女はなぜか竜から人になっていた。まあ、おれにとっては、人の方がやりやすい」


 そう言って、王子は含み笑いをした。人と同じようにはいかないだろうが、それでも、竜を前にすることを考えれば、見た目によって心持ちは随分と違う。


「しかしよ、それなら、あの小僧に任せておいていいのか? 団長たちの方が、何かあった時のために使えると思うが」

「馬鹿言え。お前たちじゃ警戒されて話にならない。竜というのは心の奥底を見抜くそうだからね。何も知らない、純真無垢なやつでなくちゃ、相手することもできないさ」

「もしあいつが、王やミオゼルガ王子の方に寝返ったら?」


 グレン王子は、考えることすらなく即答した。


「消すしかないさ」

「まったく、悪い方だ。まあ、あれと友好的な関係を結べれば、大きな前進にはなる」

「彼女によって起こりうる出来事を全て追い風に出来て、初めて前進だ。母上とお前たちの故郷、デトルトを復興させるための、ね」


 アゴルニア王国へと嫁ぐ前に、グレン王子の母親、ゼタ王女の住んでいた亡国デトルト。王子がその景観を見たことはない。しかし、幼いころから何度も聞かされていたデトルトの姿に、グレン王子は憧れを抱くようになっていたのだ。

 今現在、デトルトは国だったころの設備を全て取り壊され、商船が出入りするアゴルニアの玄関口となっていた。栄えることは栄えているが、グレン王子にとって、それはデトルト本来の姿ではない。


「おれが王になった時、障害になりそうなやつは予め整理しておかなければならない。分かるな?」

「それは、誰のことだ?」


 グレン王子はフッと笑った。


「おれの立場で、それを言葉にするわけにいかないだろう」


 そう言われたデントは肩をすくめる。


「じゃあ、これからどうする? 赤竜を見つけたんだから、動き方も変わるだろ。俺は何をしたらいい?」

「赤竜のことを知っているのはおれたちだけだ。慎重に考えても問題ないだろう。今はシンが赤竜の信頼を勝ち得るまで待とう。それに、恐らく、赤竜はあの場所を動けない。このまま三百年の呪いが解け、自由になってもらえれば、自然と傘下に迎えられるはずだ」


 デントは顎髭を触って、訝しんだ。


「そう上手くいけばいいがね。まあ、何もしなくていいって言うんなら、俺は何もしねえよ。久しぶりに宿舎にでも戻るかね」

「おれも足が治るまでは何もできないからね。しばらくは休暇でもとってくれ」


 一礼をしたデントは暗闇に溶けるようにして姿を消した。王子は彼がいなくなったあと、しばらく夜空を見上げ、物思いにふけった。



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