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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
エピローグ
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エピローグ

「見て、シン! あれ、あれ!」


 ミリアは、大はしゃぎで、祭りの明かりが灯る大通りを指さした。もう、何を指して喋っているのかも分からないほど、彼女は興奮して忙しなく動いた。


「急がなくても、なくならないよ」

「それは分かっているの! でも、早く行きたいの!」


 大通りでは、道に沿ってたくさんの火が灯り、太鼓の音が響いている。商店を営む者は、ここぞとばかりに声を張り上げ、道を歩く人を客引きする。

 音と音とが混ざり合い、耳を心地よく刺激する。煌びやかな光が、見るもの全てを輝かせる。

 通りに近づくと、良い匂いが漂い始めた。


「何の匂いかしら」

「コイドリの串焼きだよ。ダンロンから商人が来てるのかな」


 シンの、ダンロンの街での一件は、人違いだったことになっていた。大罪人の立場は、ゲルドが一身に背負い、消息を絶ったとして、厳戒態勢は解かれていた。

 シンもそれは心苦しい、とグレン王子に言ったものの、聞き入れてはもらえなかった。ゲルドが自分で決めたことなのだ。何の禍根も残さずに済むよう、手筈を整えていたのだ。

 ならば、そのゲルドがどこへ行ったのか、いくら聞いても王子はシンに教えてはくれなかった。シュウと同じく、どこか遠くへ行ったのだろう、とシンは納得するしかなかった。

 通りに沿って歩いていると、正面に、デントとラングの姿が見えた。


「おう、お二人さん。楽しんでるかい?」

「デントさんも、楽しそうですね」

「そう見えるか?」


 確かに、そう言われてみれば、ラングに無理矢理付き合わされているようにも見える。ラングは両手に屋台で買った串焼きを持ち、ご機嫌で祭りを楽しんでおり、デントは否定するだろうが、その姿はまるで親子のようであった。


「デントさん、これからどうするんですか? 蒼翠の槍は、もう解体になったんですよね」

「ま、誰もいなくなっちまったしな。俺は、デトルトにでも帰るさ。元々あそこに住んでたことだし、こいつにも故郷の風景を見せてやらねえと」


 そう言って、デントはラングの頭を撫でた。


「あの、ふたりって、本当に親子じゃないんですか?」

「俺が結婚してるように見えるのか?」


 ラングを見ると、にこにこと笑って、言った。


「まあ、いいじゃないですか。本人が本当のことを喋りたくなるまで、待ちましょうよ」

「やめてくれ。もうそっとしておいてくれ」


 嫌がるデントよりも、ラングの方が随分と大人に見えた。それを聞いて、シンもこれ以上追及することは辞めた。


「そんなことより、だ。蒼翠の槍が無くなっても、お前は王子の部下なんだぜ。まだ先は長いんだ。ゆっくり遊んでる暇はねえぞ」

「はい。分かってます。皆さんの代わりを出来るように、しっかり頑張っていきます」

「馬鹿野郎。お前なんかに俺たちの代わりなんて出来るかよ。もっと肩の力を抜いていけ」


 そう言って、デントはシンの背中を手の平で叩いた。気合と共に、もっと大事なものも受け取ったような気がした。

 デントとラングのふたりとは、そこで別れた。彼らは雑踏の中に消えていった。この祭りのあとにでも引っ越すのだろう。


「良い人たちだったね」

「……うん。良い人なんだ」


 シンたちは、祭囃子の大きくなっている方へと歩いた。

 王宮の前にある大広場で、竜の仮面をつけた踊り手と、剣を持った踊り手とが、絡み合いながら、舞台を所せましと駆け巡る。

 昔の竜と人との戦いの伝説を再現した舞であった。ミリアは、目をきらきらとさせて見ている。まさか、竜の方が自分であるなどとは思ってもいないだろう。

 彼らの背後には、大きなかがり火と、赤竜の石像があった。グレン王子は、助けた礼に赤竜の石像をもらえないか、と打診したのだ。ミリアも最初は迷ったものの、あの石像にはもう何の力もないことは分かっていたため、王子へ引き渡した。

 それをグレン王子は、王宮へ持ち帰り、伝説の竜を捕えたと報告したのだ。赤竜の石像は、これから先も永遠に祀られることになるだろう、とグレン王子は満足気に言った。

 舞が終わると、太鼓が止まって、おごそかな雰囲気に代わり、中央の舞台に、グレン王子が現れた。今までのようなやんちゃな服装ではなく、煌びやかな装飾のついた王の正装であった。

 グレン王子が、王となるための儀式が始まった。ガリア王から王冠を授かり、宮廷魔術師から祝福のまじないを受ける。そして、民衆に向かって挨拶を済ませる。

 拍手喝采が起こった。ガリア王にも見つけられなかった竜を見つけたことは、民を納得させるに充分な判断材料となっていた。新たなる王を迎えて、アゴルニア王国は、今までとは違った形で、さらに繁栄を遂げることだろう。

 シンは、すでに王から命令を受けていた。この世界にいる名のある竜たちに会って来い、という命令である。会ってどうしろということは言われていない。シンは、ミリアに世界を見せて歩いてこい、と言っているのだと感じた。

 シンに与えられた仕事は、隠密ではない。言うなれば、竜との外交官である。そのためにも、経験を詰む必要がある。

 手始めに、ジオルグのところへでも行こうかと、シンは考えていた。

 三日三晩続いた祭りが終わり、王宮の宿舎で、シンとミリアは目を覚ました。ここも、じきに解体される。旅を終えて戻ってきたら、シンは宮仕えとして、王都の一等地に住むことになっている。家はもう出来ていて、一度見に行ったが、まだ自分の家という実感は沸かなかった。

 まだ人々が目覚める前の早朝に、ふたりは旅支度を始めた。宿舎の外に繋がれている栗色の馬、クレスに荷物を積んで、引き歩いて行くのだ。

 街を出て、しばらくすると、ミリアが言った。


「歌、まだ覚えてる?」


 シンは、何も言わず、そっと、歌い始めた。それを聞いて、ミリアは微笑み、やがて、一緒に歌い出した。

 その歌声はまるで、暖かい季節の到来を告げる、春風のようであった。


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