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ミオゼルガが死んだという知らせは、すぐに王都中に広まった。
王宮の兵を私物化し、グレン王子の命を狙ったが、企みが発覚、捕まる前に自害した、と王宮では結論が出た。これは、グレン王子が集めた証拠と、印象操作によるものであった。
常に、兄の存在を疎ましく思っていたミオゼルガは、デトルトの隠密の技術をどこからか盗み出し、兵を鍛えた。その際に、毒薬を回収し、隠し持っていた。もう逃げられないことを察したミオゼルガは、服毒し、死亡。それが、グレン王子の描いた筋書である。
もちろん、ディオン兵長も反逆罪で死刑になるところだった。それをグレン王子は、一生このことを口に出さない代わりに、命を救ってやる、と約束させた。彼には、選択肢がなかった。
ミオゼルガは用心深い男であったため、兵たちに対して、全ての情報を提示してはいなかった。ディオン兵長さえ黙っていれば、スラシンの候補者たちが個人的に協力したことにできる。
グレン王子も、何も温情でこのような提案をしたのではなく、部下からの信頼を集めている兵長を失う痛手を考えた時に、二度と逆らえない立場においておく方がいいと考えた結果であった。
ガリア王は、事の顛末を聞き、十日ほど、自室にこもって出てこなかった。そして、出て来た時には、すっかりやつれており、退位することを話した。
宮廷魔術師のアイオロスは、言った。
「何をおっしゃいますか。まだ早すぎます」
「いいんだ。私が、竜などにかまけていたから、近くのことも見えなくなっていた。ミオゼルガがグレンを殺そうとするなどと、考えたこともなかった。愚か者だ、私は。このような視野の狭い者が王をやっていては、アゴルニア王国に未来はない。私よりも、グレンを見よ。殺されかけたというのに、ミオゼルガに雑言ひとつ言わぬではないか。それでいて、身を守る術を心得ている。これほどふさわしい者がいるか?」
「しかし、王……」
「私は王だ。お前は意見を言う権利を持っているが、決定権を持っているのは、私だ。すぐに即位式の準備をしてくれ。そうだ、今年の鎮竜祭がもうすぐだったな。春まで遅らせて、三日三晩、盛大に祝おうではないか」
王の意志は固かった。投げやりとも思える判断であったが、そうまで断固として言われては、宮廷魔術師であっても、従うしかなかった。
ミオゼルガの葬儀は、慎ましく行われた。曲りなりにも反逆者なのだが、グレン王子の意向で、身内だけで静かに送ってやろう、と決まった。
王宮で、ミオゼルガを慕っていた多くの者は、その扱いに感涙した。本来ならば、野ざらしにされてもおかしくない。グレン王子が最後に兄らしい姿を見せたことで、他の者の信頼を集めることが出来ていた。
それから、少しの期間、王宮内は、ばたばたと忙しく過ぎた。引き継ぎや、周辺の諸国への挨拶周り、これまで経験したことのない量の公務が、グレン王子の元へ、洪水のように押し寄せた。
春が来るころ、王都では、戴冠式と鎮竜祭が一緒になった、のちに大祝祭と呼ばれるアゴルニア史上最も盛大な祭が始まった。




