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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第三章 人と竜と
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4

 王宮では、グレン王子がいなくなった、と大騒ぎであった。どこかへ出かける時は、最低限、近くの者には声をかけていた。それが、書置きもなく、姿をくらますことになるとは、ミオゼルガですら予想していなかった。

 自分の企みを即座に察知して逃げたのだ、と思った。これからゆっくり外出の手筈を整えて、事故に見せかけて暗殺しようとしていたところであったため、今の状況は、歯がゆいものであった。

 それに、悩みの種はこれだけではない。急ごしらえとはいえ、スラシンが全滅したという知らせも届いていた。そのうえ、竜博士たちを山から逃がしてしまっているという話も聞いた。

今までの人生で経験したことのないほどの怒りであった。兵長を怒鳴りつけるだけでなく、首もはねようとしたのだが、なんとか残った理性で押しとどめ、死にもの狂いでグレン王子の居場所を探せと命じた。

 王子の部下の奴らも、すでにここには居なかった。全員、どこかへ雲隠れしてしまっている。

 捕まえることさえ出来れば、ジルベルトのように、拷問で口を割らせることも、裏切らせることもできる自信があった。しかし、姿がなければ、その方法を試すことはできない。

 ミオゼルガは、王宮の離れの塔の頂上にある個室にこもっていた。ここならば、グレン王子も手が出せないだろう、と考えたのだ。下の階には常時兵たちを待機させてある。誰か来れば必ず騒ぎになることまで、予測していた。

 次の作戦を考えて、兵を使ってそれを実行すれば、わざわざこの塔から出ていくことはない。早く、不安の芽を摘み取らなくては、おちおち生活もできない。

 個室をノックする音が響く。気がつけば、外はすっかり暗くなっていた。夕食を階下の兵が持ってきたのだろう。

 鍵を外し、扉を開けると、そこに居たのは兵士ではなく、口元を歪ませて笑顔を作った、デントであった。


「こんばんは、ミオゼルガ王子。グレン王子の使いの者です」


 ミオゼルガは、一瞬、動きを止めたが、全てを察して、彼を中に招き入れた。


「何の用か、など聞くまでもないか」

「あなたは調子に乗りすぎました。すでに、企みの証拠を調べ上げ、王の耳に入れてあります。明日にでも、あなたは王子ではいられなくなるでしょう」

「だったら、なぜ来た? いや、分かっている。下の階の者はどうした?」

「全員眠ってますよ。もちろん、ちゃんと生きてます」

「そうか」


 椅子に座って、うなだれるミオゼルガの前に、デントは液体の入った小瓶を置いた。


「分かっている、と言っていたので、俺も多くは言わないでおきましょう。これの中身は、あなたの大好きな、デトルトの隠密部隊、『スゥ・ラ・シン〈竜の牙〉』たちが、自らの命を絶つ際に使用したものです」


 ミオゼルガは、小瓶を手に取って、声を出さずに笑った。


「……怒っているのかい?」

「俺個人の感情を言うのなら、うちの仲間を利用したやつが、楽に死ねると思うなよってとこですかねえ」


 にこりともせずに、彼は言った。口調は穏やかだが、全体から漂う雰囲気に気圧されて、情けなくも、ミオゼルガは立てなくなっていた。


「ひとつ、教えてくれないか?」


 液体を飲むことを心に決めて、ミオゼルガは彼に聞いた。


「……言ってみてください」

「グレン王子、兄上は、俺のことをどう言っていた?」


 デントは目を閉じ、少し間を置いて、言った。


「あなたの話を聞いたことはありませんね」

「そうか……」


 その答えだけで充分だった。グレン王子は、最初から、ミオゼルガのことなど、眼中になかったのだ。だから、張り合おうとしない。他の誰かと同じように、こうして、淡々と処理をする。

 なんと愚かだったのだ。自分は特別に興味を持たれていると思っていた。後ろから刺される恐怖に震えていると思っていた。

 しかし、実のところ、何の感情も抱いていないのだろう。直接自分の目で最後を見ることすらしないのだ。彼にとって、ミオゼルガは赤の他人と同列、いや、相手が誰であっても、そのくらいに思っているのかもしれない。

 もっと早くに気がついていれば、もっと穏やかな方法で、追い出せたかもしれないのに、と後悔だけが胸に残った。

 ミオゼルガは大きなため息をつくと、小瓶の中身の液体を、一気に流し込んだ。

 猛烈に襲い来る滅びの痛みは、体を、心を、内から焼いて行く。圧倒的な痛みと同時に、視覚や聴覚はすぐに失われた。

 ミオゼルガは、目の前で死ぬ瞬間を見張っているであろうデントを睨みつけた。お前たちに負けたのではない。急ぎ過ぎた自分自身に負けたのだ、と思い知らせるために。

 しかし、その時にはもう、小部屋の中には、誰もいなかった。

 ミオゼルガは、たったひとりで虚空を睨みながら歯を食いしばり、誰にも知られることなく、ひっそりと命を散らした。



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