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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第三章 人と竜と
34/37

3

 シンとトラッシュは、森の手前で馬を降り、ミリアの小屋へ向かって、真っ直ぐに走った。半日も行けば、あの場所へは着ける。すでに通いなれた道を、シンは急いだ。

 グレン王子は小屋の中で暖炉に火をくべて待って居た。石化しようとも、機構はそのままであるため、新しく薪をくべれば使えるのだ。


「やっと来たか。ゲルドには会ったか?」

「ええ。ですが、いったい、何が起きているんですか?」

「今、ややこしい事態になっていてね。おれの命が狙われている」


 それを聞いて、シンは目を丸くした。


「いったい誰に!?」

「弟君さ。まあ、理由はいくらでも想像できる。問題は、やつが王宮の兵を抱き込んでしまっているところだ。王宮に帰れば、事故を装って殺されるだろうな」


 シンには、ミオゼルガ王子がそんなことをする人間だとは信じられなかった。そんなシンを置いて、グレンはトラッシュに話しかけた。


「君が博士の弟子か。部下が世話になった」

「いえ、僕も赤竜の人化に興味がありますから。それに、彼の成し遂げた偉業を、知り伝える義務があります」

「偉業とはまた、大層な」

「竜と人とが交わるというのは、それくらいのことですよ」


 トラッシュは、そう言って、シンに向きなおった。


「さて、シンさん。あなたは、あなたのやるべきことをやってください。邪魔にならないよう、僕たちは少し遠くに行きましょう。王子、この近くに竜の洞穴があるのは知ってますか?」

「竜の洞穴? あの昔地下に追いやられた『ソォ・ラ・スゥ〈土の竜〉』たちが作ったってやつか?」


 王子は興味深そうに言った。


「そうです。見学にでも行きましょう。あそこなら、追手が来ることもないでしょうし。では、シンさん。お願いしますね」


 ふたりは、シンに後を託して、その場を去って行った。残されたシンは、ミリアの元へ向かった。


「これを食べれば、僕にも石化が解ける……」


 シンは手の中に転がる赤い竜の実を見て、少し躊躇ったが、思い切って、口に実を含み、噛んだ。

 果実のように、甘い液体が溢れた。それは懐かしさを感じさせる香りをさせていた。

 体の中に入ると、そこから、ほんのりと暖かさを放った。好意、優しさ、そういった感情が、次から次へ沸いて来る。

 それが赤竜の持っていた、人に対する想いであった。彼女は本当に人が好きだったのだ、とシンは心のそこから理解した。

 気がつけば、涙が出ていた。それが自分の感情なのか、ミリアのものなのか分からなかったが、とにかく、うら悲しくて、涙が止まらなかった。

 シンは、暖かさが手の平へ移動してくるのを感じた。その手で、そっとミリアの頬に触れると、そこから波紋のように波が広がっていき、ミリアの肌に、色が戻った。

 ミリアは体中の力が抜けたように、シンに倒れ込んだ。

 腹部に刺さっていたはずのナイフは抜けており、傷もない。ちゃんと体温があり、呼吸をしていることに安心したシンは、ミリアを抱きかかえ、ベッドに寝かせた。

 シンは小屋の中のものを、順に戻していった。その過程で、ジルベルトにも触れたが、彼はすでに冷たくなっており、命が尽きていることが分かった。


「ジルベルト、何があったんだよ……」


 聞いたところで答える者はいない。王子ならば何か知っているかもしれないと思い、可哀想だが、彼は石のままにしておくことにした。

 一通り石化を解き終え、シンはミリアのベッドのとなりに椅子を持ってきて座った。ミリアは、何事もなかったかのように、気持ちよさそうに眠っている。いつまでも見ていられる気がした。

 日が暮れ、辺りが暗くなったころ、ミリアはゆっくりと目を覚ました。シンの方に首を動かして、優しく微笑んだ。


「来てくれるって、信じてた」


 ミリアの声はかすれて弱々しかった。

 シンは、最初にかける言葉を考えていたのだが、いざミリアが目を覚ますと、何も言葉が出てこず、安心して涙が溢れた。


「もう、泣かないの」


 ミリアはそっと、シンの頭を撫でた。


「大丈夫。泣いてない」

「泣いてるじゃない」


 強がったところで、涙は止められなかった。シンは、手でぬぐいながら、ずっと気に掛けていたことを口にした。


「ええと、その、ごめん。守ってあげられなくて」

「なんで、謝るの?」

「僕がついてれば、こんなことにはならなかった。させなかった」


 シンの後悔を読み取ったのだろうか、ミリアは微笑んだ。


「何を言っているのよ。あなたは立派に私を助けたわ。だって、こうやって、生きているんだから。私だって、そんなに柔じゃないのよ? ……ごめんなさい、お水、もらってもいいかしら?」


 そう言われて、シンは慌てて石化から戻した瓶に入っていた飲み水を、木の器に入れて持ってきた。そんなことにも気が回らなかったことを、恥ずかしく思った。


「ありがとう。……あなた、実を食べたのね」


 水を受け取りながら、彼女は言った。


「ああ、ごめん。食べた。君を助けるには、こうするしかないって、ジオルグに聞いたんだ」

「……シンは、それでよかったの? 眷属になるっていうのは、言葉で言うほど簡単なことじゃないのよ?」

「いいんだ。僕はずっと君と一緒にいる。もし人じゃなくなっても、それは変わらない。それとも、僕が人じゃなくなったら、君が嫌かい?」

「そんな、嫌だなんて」


 窓から差し込む月明かりが、ミリアの顔を照らした。金色の瞳が、きらきらと輝く。


「あ、また、綺麗って思ってる」


 ミリアにそう言われ、照れくさくなって、シンは笑った。ひとしきり笑ったあと、ミリアが眠そうに目をこすっているところを見て、言った。


「まだ疲れてるんだろう? ゆっくりおやすみ。僕は君が起きるまでここにいるよ」


 ミリアはふっと笑った。


「何が可笑しいんだい?」

「いえ、誰かに見守られて寝るのなんか、初めてだから、なんだかおかしくて。せっかくだから、お言葉に甘えちゃおうかしら。おやすみなさい、シン。それと、ありがとう。本当に……」


 そこまで言って、ミリアは眠った。彼女のすっかり安心した寝息を聞きながら、シンは外を眺めた。

 すでに自分は兵たちに追われる身。ミリアを石化から戻したものの、これからどうしたらいいものか、さっぱり指針が見えない。

 王子は、何か知っているのだろうか。この事態の解決策を、思いつくのだろうか。

 シンは、流れに身を任せるほかなかった。


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