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緋色の竜の唄  作者: 上辻樹
第三章 人と竜と
33/37

2

 雨はより一層激しくなっていた。

 蒼くきらめく長槍を構えたゲルドは、騎兵隊の馬を次々に切りつけた。背に乗っていられなくなったか、振り落とされた兵たちは、各々、槍や剣を構えて、ゲルドと対峙した。

 王都から来た兵が三人、ダンロンから来た兵がふたり、合わせて五人が、ゲルドへ敵意のこもった眼差しを向けている。


「そこをどいてもらおう」


 彼らも得体の知れない男の相手をしている暇はないのか、言葉でそう投げかけた。この人数を相手にして、その提案を飲むことが一番賢い選択であることは当然である。

 しかし、ゲルドは全く意に介することなく、にやりと笑って言った。


「どかせてみせるがいい!」


 ゲルドは挑発した。兵のひとりがその態度に痺れを切らしたのか、剣を振り上げてゲルドへ向かって言った。


「後悔するなよ、貴様!」


 振り下ろされた剣を躱し、槍を短く持って、兵の首を串刺しにした。


「へっ。宮殿付きの兵士って言ってもたいしたことねえな。そんなことで王を守れるのか?」


 ひとりが死んだことを皮切りにして、兵たちは次々にゲルドへ襲い掛かった。

 振り下ろされる剣や槍が如何に多くても、一度に来る攻撃はひとつだけである。二枚や三枚の刃であっても、ひとつはひとつである。そのひとつを最小限の動きで弾き続ければ、体力の続く限り、刃は防ぐことができる。その合間で、隙を見つけて攻撃すれば良い。

 言うだけなら簡単なことであったが、それを実行し得るだけの戦闘技術を持っているのは、ゲルドただひとりである。

 兵たちは、自分たちの方が激しい攻撃を行っているにも関わらず、ひとりが倒れ、ふたりが倒れ、と次第に数を減らしていった。数が減れば減るほど、攻撃は断続性を失い、ゲルドの攻撃の頻度は増えていく。

 それは、恐怖であったに違いない。彼らの目にゲルドの姿はどう写っていただろうか。雨でぬかるんだ地面に伏せた彼らの頭の中を覗き見ることはできない。

 ダンロンの街から、増援が向かってきている。シンを追うために差し向けられた兵たちである。

 ゲルドは、懐から蒼い竜の実を取り出した。これは、『スゥ・ラ・シン〈竜の牙〉』の頭目だけに受け継がれていく、デトルトの守り竜である蒼き竜の実である。一粒であるが、猛毒であり、飲めば必ず死ぬ。しかし、その代わり、短い時間ではあるが、人を超えた力を発揮できる竜の眷属となる。


(悪いが、俺はこれ以外の生き方を知らん。シンよ、王子のことは任せたぞ)


 大勢の兵たちを前にして、ゲルドは心の中で王子に感謝した。蒼翠の槍であることを辞め、ただ生きて行くだけの人生が恐ろしかった。

 シュウは新天地へ向かった。デントはいくらでも働き口がある。それに比べて自分は、何もない。グレン王子への忠誠心が邪魔をしている。他の主など考えられない。

 ならば、少しでも次の世代へ貢献することが、後々グレン王子の利益になるはずである。そう信じて、ゲルドは王子にシンを助けに行くと名乗り出たのだ。

 竜の実を口に含み、奥歯で噛んだ。どろりとした味の無い液体が、口の中に広がる。それを、ひと思いに飲み込んだ。

 腹の底から、言い様のない、熱い力が沸いてくる。それと同時に、鼻に潮の香りが抜けていく。これは、あの懐かしきデトルトの海の香りだ。

 ゲルドの皮膚に、蒼い竜鱗が浮かび上がった。潮風が、身にまとわりつくようにして、辺りを漂っている。体温が上がり、表皮についた水滴が蒸発し、水蒸気が天へ上っていく。

 気分が高揚していく感覚がする。歌でも歌いたいほどである。

 ゲルドの周囲に横たわる兵たちに気がついたのか、人間たちが遠くから走り寄ってくる。

 ゲルドは、デトルトに居た時に覚えた歌を、小さく口ずさんだ。


 潮の流れに 導かれ


 兵たちの槍がきらめき、次々に迫り来る。ゲルドの目には、全く脅威には見えない。子供が小枝を振り回しているように見えた。


 月夜に伸びる 天の道


 兵を切りつけ倒し続けたが、さすがに数が多く、避けきれなかった刃が、何度か体へ突き刺さるが、痛みはない。むしろ、心地よいほどであった。


 明日へと向かう 船旅の


 歩いて行くだけで、次々に人が倒れていく。ゲルドにとって、そのくらい容易に槍を振るえていた。


 道しるべにこそ 成りたまえ


 ゲルドの背後には、死体の山が築かれていた。全ての追手を蹴散らし、雨に包まれながら、ゲルドは地べたに座り、槍を置いた。

 自分の血液すらも、蒸発していく。地面には、ゲルドの傷跡から流れる血がつくことはない。


「シュウ、デント、先に行くぜ。ジルベルト、待ってろよ。お前をぶん殴らんと気が済まん……」


 ゲルドの体が、腹を中心に薄く青い塩へと代わり、地面を伝って延々と流れていく。

 雨があがるころ、ゲルドのいたところには、蒼い刃のついた長槍だけが残されていた。




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