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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第二章 緑の竜
28/37

14

 王宮の会議室はしばしば内密な話をするために使われる。その日、ミオゼルガ王子と兵長も多分に漏れず、誰にも聞かれてはならない話を行っていたはずであった。


「ふざけるな!」


 その怒号はきっと会議室の外にも聞こえていただろう。しかし、ミオゼルガには抑えることが出来なかった。

 兵長からの報告で、たった六人しかいないスラシンのひとりが再起不能になったと聞いては、怒りを隠せなかったのだ。


「スラシンの候補者は手練れではなかったのか!?」

「毒を使われたようです。我々が発見した時には、すでに視力は失われていました」


 それは、毒のせいではなく、痛みに耐えかねたスラシンが自らの目を傷つけてしまったからである。それほどまでに辛いものだったのだろうが、誰ひとりとしてその痛みを理解できるものはいない。


「相手もそれなりにやるようです。私としては、ただちに反撃に出たいところなのですが」

「お前は黙っていろ、無能め。竜博士も、送り込んだスラシンがもうすぐ見つけるだろう。山で監視をする人員以外を、ダンロンの街へ送れ。まったく、これからだと言うのに……」


 ミオゼルガは今回の件で、スラシンに箔をつけようと思っていた。何の実績もない部隊を、まるで昔からいた部隊のように見せかける作戦は成功だったが、誰の目にも見える功績をあげさせておく必要があった。

 しかし、全く上手くいかない。ジルベルトから引き出した技術を叩きこんだだけでは不十分だった、と言わざるを得ない結果である。相手がグレン王子の部下であるとはいえ、隠密を名乗る者が毒を盛られて逃げ帰るとは、これから先の仕事も思いやられるというものである。


「その者は、いかがしましょうか」

「殺せ。そもそも大罪人に仕立て上げてあるのだ。何も問題はない。騎兵でも送って派手に串刺しにしろ」

「騎兵、ですか?」

「少し大げさなくらいで良い。お前、自分が失敗続きだということを忘れているのか?」


 ミオゼルガ王子は確かに怒っていたが、作戦を考える頭は冷静であった。とにかく、スラシンの存在を知り、退けた者を生かしておくわけにはいかない。場合によっては、どこいるとも分からない竜などよりも、優先すべき事項である。

 そう考えた時、ミオゼルガの中に、確かに沸き立つ、黒い影があった。今までは気がついていても、見ないようにしていた影である。


「……グレン王子を消すか」


 兵長にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。口に出すことで、その影は確かに形を持った。

 グレン王子がいる限り、自分が頂点に立つことはないと、ずっと、物心がついた時からずっと、気がついていた。しかし、それを認めることは、今後一切、全ての努力を、無駄と一蹴することになる。どれほどあがいても、どれほど泥まみれになっても、弟が兄より先に生まれることは出来ない。

 王子の馬に細工をするよう、ジルベルトに命じた時は、まだそこまで明確なものは持っていなかった。せいぜい、邪魔にならないよう王宮に縛りつけておくくらいの気持ちだったのだ。

 しかし、今となっては、確かにグレン王子を消してしまえば、部下を追う必要もなく、竜を追う必要もない。そんなことは父がやればいいだけのことである。

 王位を継げば、あとは何だって出来る。まずは口うるさい宮廷魔術師を首にして、それから戦争をしよう。他国の人間であれば、名目を適当に取りつけて、拷問にかけられるはずである。

 それが、一番簡単で、幸せになる方法だ、とミオゼルガが考えた時、思いがけず笑みがこぼれた。

 怪訝そうにこちらを見る兵長に、ミオゼルガは告げた。


「今回の一件、全てグレン王子の部下が絡んでいる。臭いものは元から立たねばならん。分かるかね?」


 兵長は、ミオゼルガが何を言おうとしているのか理解したようで、軽く眉をひそめた。


「あの男は、正規の兵である君たちを差し置いて、私兵などと言うわけの分からない連中に信用を置いている。あれが王位を継げば、きっと、君たちは廃棄され、職を失うだろう。そうはなりたくあるまい?」


 ミオゼルガはさらに続けた。


「グレン王子を消せ。そうすれば、これ以上小僧や竜博士を追う必要もない」

「ですが……」

「君、最近子供が生まれたそうだね。私が王位を継げば、君の家系が絶えるまで、支援させてもらうよ。この国の最高位の教育を受けさせてやれる。聞けば、君は成り上がりだそうじゃないか。お金の無い暮らしの辛さはよく知っているだろう。子供には、出来るだけ楽をさせてあげたくはないか? 作戦は任せる。確実に消せ」


 ミオゼルガ王子は肩を軽く叩き、兵長の隣を通り過ぎて、会議室から出た。

 彼は絶対に抗えない。グレン王子を切り捨てる大義名分を得たのだ。誰であっても、王宮内にほとんど味方のいないグレン王子を庇い建てするより、ミオゼルガに王位を継いでほしいと思っているはずである。そうなるように、ずっと動いてきたのだ。

 ミオゼルガはほくそ笑んで、廊下を歩いた。これで良いのだ、と自分に言い聞かせながら。



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