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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第二章 緑の竜
27/37

13

 シンが門を抜けて街の外へ出るころになると、空が白み始めていた。どうあっても道を譲る気のなかった門番には、後ろから衝撃を与えて、少し眠ってもらった。

 街道から少し外れたところにトラッシュの姿を見かけ、無事だったことに安心し、すぐに合流した。


「シンさん、大丈夫でしたか?」

「そっちも、問題なさそうだね。それで、これからどっちに向かうんだ?」

「この草原を西に抜けると、サイネリアの森に着きます。そのずっと奥には『キュ・ラ・スゥ〈緑の竜〉』、蛙人たちの小さな集落があって、そこに緑竜のジオルグがいます」

「蛙人の集落って、行っても大丈夫なのか?」

「ええ。あなたが敵意のないことを証明できれば問題ありません。さて、行きましょう。暗くなっても迷うことはありませんけど、夜になる前に着けるといいですね」


 シンたちは衛兵の姿に注意しながら、身をかがめて草原の中を進んだ。森へ近づくにつれて、草の背が高くなっており、隠れるにはちょうどいい場所であった。

 しかし、もうあと数時間もすれば、衛兵たちが街の外へも捜索の網を広げるであろうことは、容易に想像できる。後をつけられないように、できるだけ草を倒さないようにして、シン達は歩かなければならなかった。

 そうやって、街が見えなくなるほど歩き続けると、手前に森林地帯が広がっていた。サイネリアの森は果てしなく広がっており、木々の合間は深い闇に包まれている。太くて高い木が両手を広げて陽の光を遮っているのだ。


「こんなところ、本当に行けるのか?」

「ええ。方向は分かっているので、そこへ向かってひたすら進むだけですよ」


 トラッシュを信用しているものの、一抹の不安も抱かないというわけにはいかなかった。そんな思いを知ってか知らずか、トラッシュはシンに構わずどんどん先へ進んだ。シンも足が遅い方ではないが、こういう地形は彼の方が歩きなれているようで、駆け足で追いかけてようやくついていけるくらいの速さであった。

 暗く足元も良く見えない森の中で、獣を追うような気分を感じながら、シンはトラッシュの後ろを半日ほど歩き続けた。

 初めは、トラッシュを気遣ってどこかで休むことが出来ればと思っていた。しかし、どれだけ進んでも彼が疲労を訴えるどころか、苦悶の表情を浮かべることなく、軽い足取りで進んでいくため、シンは途中から、気遣われているのが自分だと察した。


「そろそろ休みますか?」

「いや、僕のことはいい。このまま何日だって歩けるさ」


 木の根をまたぎ、足を前に出しながらシンは言った。体力にはまだ余裕がある。普段からゲルド団長たちに鍛えられていたことを、今は感謝した。


「なあ、歩きながらで悪いんだけど、竜のことについて教えてくれないか? ミリアからも少しだけ聞いたけど、他の竜のことは全然聞かなかったから」

「他の竜、ですか。実際、僕が話したことのある竜は、あまり多くありません。その中でも、人間の話に耳を傾ける可能性があるのは、ジオルグだけです」

「他の竜は、人間が嫌いなのか」

「そうですね。知能のある生物は、価値観が変われば相容れない部分がありますから。人間だって、人間同士で殺し合っているではありませんか。主義や主張の違いが行きつく先は、闘争しかありません。長命な竜たちはそれを心得ていますから、他の知的生物との接触は避けています。仮にも人間と仲良くしようなんて、絶対に思わないんです」

「ミリアはそんなこと全く言っていなかったぞ」

「赤竜は若い竜なんですよ。まだ生まれて三百年と少ししか経っていません」


 トラッシュは話しながら水たまりを飛んだ。


「すると、ミリアはまだ本当に、人に触れたことがほとんどないということか?」

「そうです。彼女は穢れのない竜なんです。血で血を洗う戦争を見たり、人から迫害されたりといった経験がない、言わば新世代の竜。世界のためにも大事にしていかなければならない方です」


 生まれてすぐに人に憧れて、人へ変わろうとした。純粋だからすぐに当時の竜博士の言うことを信じて、石化を行った。

 シンは、懸命な彼女の事が愛しかった。だからこそ、彼女を失望させてはいけないと思った。


「しかし、人間になってしまっていいのか? 今の話を聞いていると、竜であることに意味があるようだけど」

「体が人間になっても、完全に同じというわけではありません。竜の目の力は衰えますが、寿命や竜の実を食べて得た力は残ります。普通の人間よりも強靭な体になっているはずですよ。たしか、ナイフで刺されているかもしれないんでしたよね? それくらいだったら、傷ひとつついていないと思います」

「だったら、なんで石化に巻き込んだんだ?」


 そう聞いたが、シンはすぐにかぶりを振って訂正した。


「いや、ごめん。変な質問した」


 いくら頑丈であっても、怖いものは怖いのだ。きっと必死に逃げたのだろう。

 ずっと一緒に居られたら、怖い思いもさせずに守れたのではないか。そう考えると、激しい後悔に襲われた。


「トラッシュ。まだ急げるか?」

「ええ。いいんですか?」

「我儘を言ってごめん。でも、物を考える余裕があると、足が止まりそうで……」


 後悔を感じさせないくらい、がむしゃらに体を動かしたい。いくら考えても消化できないもやもやとした感情を振り払うように、シンは走りたかった。


「では、少し早めます。しっかりついてきてくださいね」


 トラッシュは、先程と比べものにならない速さで進み始めた。走り慣れているというだけでは到底説明のつかない体の使い方である。荷物は彼の方が重いものを背負っているにも関わらず、四肢を上手くつかって、軽々と先へ行く。

 シンは、一瞬だけ呆気にとられ、その人間離れした動きに笑いすら出たが、すぐに頬を両手ではたき、気合を入れ直して、彼を追って行った。




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