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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第二章 緑の竜
25/37

11

 シンは、肩を揺すられて目を覚ました。床に這いつくばるようにして眠っており、薄い布のマントをかけられている。

 土の床はほのかに暖かく、冬眠する動物がなぜ地中に潜るのか、シンは感覚的に理解できたような気がしていた。断熱、防音効果が非情に高く、安定した温度と静かな環境音が安定した眠りを供給してくれるようだ。


「起きてください。夜になりました」


 そう聞いて、シンは飛び起きた。すっかり寝過ごしたのだ。

 すでに完全に日は落ちてしまい、空一面に星が輝く時間になっている。人目を気にして行動を開始するには最も良い時間であるが、人探しをしなければならないシンの目的にはそぐわない。


「とりあえず、外の様子を見てこないと……」


 外へ行こうとするシンに、トラッシュは言った。


「僕が見て来た限りでは、すごい騒ぎになっていましたよ」


 街では衛兵が総力をあげて、シンを探していた。高台の広場では衛兵が拠点を作り、交代で街を監視する見張りを立てていた。

 見晴らしの良いところであったため、そういった用途に使われることは、少し考えれば分かることだった、と己の浅慮を悔やんだ。

 シンは、木の根元から外の様子を覗いた。焚き火に照らされて、十人ほどの衛兵が、ぼんやりと見える。彼らに眠る様子はなく、後ろを通って抜け出すことは容易ではなさそうであった。

 離れていたが、少しばかり彼らの声が聞こえた。


「やつはどこへ行ったのだ」

「路地で見かけ、街を抜けた様子もない。どこかに隠れているのだろう」

「まさかあの旅人が脱獄囚だったとはな」

「人は見かけによらないというか。スラシンも必死で探しているはずだ」

「そのスラシンも夜明けに見つかっているではないか」

「おいよせ。どこで聞いているかわからんぞ」


 状況から考えるに、彼らがスラシンと呼ぶ者があの怪しい人物で、彼らが探している人間が自分であると仮定できた。

 見つかる前に穴の奥へと戻り、シンは想定していた以上に大事となっていることに頭を抱えた。なぜ衛兵が自分を探しているのか、全く心当たりがない。

 とにかく、以前よりも確実に状況は悪くなっており、人を探さなくてはならないにも関わらず、うかつに街へ出ることもできなくなっていた。

 体調は戻ったが、解決策は未だ見つからない。


「あの、差し支えなければ、何をしようとしているのか教えてもらえませんか? 力になれるかもしれません」


 悩むシンを見て、トラッシュは言った。


「守秘義務がある。言えないんだ」

「だったら、僕が勝手に推測するので、聞いていてください。何も答えなくていいのなら、守秘義務には反しないでしょう?」


 彼はそう言うと、シンを椅子に座らせ、ゆっくりと話し始めた。


「まず、あなたはこの街に初めて来た。この街に初めてきた旅人は必ずと言っていいほど、この高台に来ます。それも、目的のない人、不明瞭な人が多いです。それは、思案する時間を作るのに、ここが最適だからなんです。ダンロンの街は治安の良さ故に、どこへ行っても人が居ますからね。知らない土地でひとりになれる場所を探すのは難しいでしょう」


 シンは何も答えなかったが、彼はシンの顔を見て、うんうんと頷いていた。


「次に、あなたの剣、それはアゴルニアではなくデトルトのもの。それも闇の技術で作られた、言わば、殺傷目的のものです。生半可な鎧を貫通させ、心臓を一突きにするためのものでしょう?」


 そこまで言って、彼は顔を曇らせた。シンは自分の剣がそこまでのものだとは思っていない。まるでそれが伝わったようであった。


「無意識、なのでしょうね。でも、知識にあるなかでは、そういう使い方をする武器がデトルトにはあります。それが何の関係があるのか、という顔をしていますが、あなたの格好や持ち物は、この剣以外、アゴルニア王都のものです。つまり、あなたはアゴルニア王都出身ではあるが、デトルトとも何らかの関係を持つ者です。でなければ、このような特殊な剣を入手することは出来ませんから」


 彼は外見からでも剣が特殊なものであると見抜いていた。いったいどれだけの知識と洞察力があれば、何も語らないシンを見てそこまで理解できるのだろうか。


「アゴルニアとデトルト、両方の軍事に関わりを持つ人間はそう多くありません。しかし、戦争の時に活躍したデトルトの隠密部隊だけは別です。彼らは人というより、もはや人形に近い集団でありました。命令系統は存在せず、全員がまるでひとつの自我を共有しているかのような完璧な統率、それはアゴルニアを大いに恐れさせました。しかし、終戦すると、彼らは突然、当時のアゴルニア王の前で、服毒し、集団自殺を行いました。これは、目を覆いたくなるほど凄惨な景色であった、と記録されています。隠密部隊はそれで全滅したかのように見えていたのですが、生き残りがいたのです。正確な人数や性別も分かっていませんが、おそらく子供だった彼らを逃がすために、自殺したのでしょう。一見不合理に見えますが、デトルトがなくなって、その代のうちに大仕事が起こることはない、と判断したに違いありません。次代を生き残らせるために、彼らは狂気とも言える合理性をとった。王はあっさり騙された、と言うよりは、彼らにはもう関わりたくない、と感想を持ったようです。ともかく、隠密集団の子らは、それで生き延びました。デトルトの精巧な武器を持っていたのは、その隠密集団だけであり、その子らが武器を継いでいるとすれば――――」


 そこまで一気に話しきったトラッシュは、一呼吸おいて、言った。


「あなたがその刺突剣を持っている理由が分かるというわけです」


 シンは彼が語った内容を初めて聞いた。と言うのも、蒼翠の槍では、デトルトのころの話を誰もしたがらなかったからであり、シンもまた、敗戦に近い形での合併になったのだから、触れてはいけない話題だと思っていた。

 彼の話が真実である証拠はどこにもない。だが、シンは彼の話を信じた。この剣をくれたのがゲルド団長であることや、みんながデトルトの出身であることからも、蒼翠の槍が元はデトルトの隠密集団であることが、シンの中では繋がった。

 トラッシュはさらに話を続けた。


「さて、それではあなたとデトルトとの関係が分かりましたね? では、本題に入りましょう。あなたは竜の言葉、エルファイン語を使って歌っていましたね。アゴルニアでエルファイン語を習うところって、実はないんです。アゴルニアでは長らくエルファイン語を学ぶことが禁止されていたので、今の世代では、発声の出来る人間もほとんどいないんです。その理由には、蛙人とアゴルニアの不仲が関係してくるので、今は省きましょう。とにかく、エルファイン語の歌を教えられる人物は限られてくるんです。王都の周辺には蛙人もいません。と、なると、教えられる人物は竜博士、もしくは……」


 彼は含み笑いをして、言葉を止めた。


「いえ、これは確定せずにいましょう。知ったとみなされて命を狙われてはたまりませんから。竜博士は用心深い方です。あなたに竜の言葉を教えることはまずありません。しかし、ただひとり、グレン王子には読み方を教えているのです。理由は僕も知りませんが、おそらく、彼には見込みがあったのでしょう。アゴルニアの初代王も竜博士でしたから。そうすると、あなたの直属の上官であるグレン王子から、竜に関することを聞く際に、歌を習ったとも考えられますが、今は、それに関しては保留とします。断片的にとはいえ、竜博士に習い、竜に関する知識を持つグレン王子が、数少ない私兵を使ってまで命令をするとなれば、竜の事ですよね。しかし、竜博士とは連絡をとれない。だから、あなたの受けた命令は、人探し。それも、博士に次いで竜の知識を持っている人。違いますか?」


 シンはまだ、何も話さなかった。彼はあまりにも知りすぎている。話せば話すほど、怪しく見えて仕方がなかった。

 しかし、彼は、それすらも読み取ったように、付け加えた。


「僕があなたの探し人ですよ。竜博士シーラの弟子、トラッシュです」

「君が?」


 本当か、とシンは疑問に思ったが、どう考えても普通の少年でないことは確かであり、あったことがないのに蒼翠の槍のことを知っているのは不自然である。

 彼が竜博士の弟子であるなら、聞いたことのない歌をその場で全て翻訳し、たったの二回で覚えたことにも、納得せざるをえない。


「でも、もし本当に君が竜博士の弟子だったとして、僕に話したのはなぜだ?」


 命すら狙われる危険のある立場でありながら、昨日会ったばかりの人間に身分を明かすことの危険さを知らないわけではあるまい、とシンは考えた。


「僕は竜博士の弟子ですから。竜ほどでなくても、目を見れば、相手が邪悪な人間かどうかは分かります」

「そういうものなのか?」

「ええ。ところで、僕に何の用があってきたんですか?」


 シンは、少し迷ったが、彼を信じることにして、ミリアとの出会いから、石になってしまったことまで、その終始を話した。

 トラッシュは黙って頷いていたが、話し終わると笑った。


「すごいですね、あなた。あの赤竜から見染められるなんて。人と竜の架け橋としてずっと仲良くしていってほしいものです」


 シンの必死さとは対照的に、彼は嬉しそうに言った。


「それより、どうなんだ? 石化って解けるのか?」

「正直に言って、難しいでしょう。赤竜に限らず、いくつかの竜は石化することが出来ます。四代前の竜博士は石化に立ち会ったことがあるようでしたが、解くことまではしなかったと聞きます」


 それはつまり、現状では打つ手がないということであった。


「他に知っているやつはいないのか? 竜博士はどこにいるんだ?」

「シーラ博士は、アゴルニアの注意を引くために活動していると思いますから、簡単には会えません」

「何のためにそんなことを……」

「あなたの話を聞く限り、赤竜のためだと思います。今年で三百年目になるのであれば、なおさら王国の手には渡せませんから」


 赤竜が無事に人間へと変われるように、竜博士は一切の注目を集めて山へこもっているのだと言う。万が一にでも、人間となり無力になった赤竜が捕えられることはあってはならないのだ。


「ああ、それで、博士は王子に竜のことを教えたんですね。次代の王が竜と友好な関係を築くために。だったら、僕も頑張らないといけませんね。石化のことですが、調べてみましょう」

「この街でか?」

「いえ、竜に聞きに行くんです。緑竜、と言っても普通は知らないでしょうが、僕らの間では有名な竜です。蛙人を作り出した、罪深き深緑の竜。サイネリアの森へ、聞きに行きましょう」


 そう言って、トラッシュはそそくさと荷物をまとめ始めた。

 シンはそれを慌てて止める。


「いや、待て。今の状態で外には出られないだろう。少し僕に任せてほしい。せっかく協力してもらうんだから、出来る限りの手助けはする」


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