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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第二章 緑の竜
22/37

8

 衛兵の詰所には、簡単な木の机や椅子があり、そこには何枚かの資料が乱雑に置かれていた。

 見回りから戻った衛兵たちは、すぐにスラシンと連絡をとるため、紙に暗号を記した。それはスラシンと衛兵たちとの間で使うためだけに作られた暗号で、解き方や書き方もダンロンの支部兵長ただひとりだけにしか教えられていない。虚偽の報告を防ぐために、徹底された統制が行われていた。

 衛兵の書いた暗号の内容は、スラシンから得ていた外見の情報と一致した人物を見つけたということである。

 たったこれだけのことで、衛兵たちは恩賞をもらうことが出来る。ミオゼルガ王子と交わした契約は、そういったものであった。

 紙を壁に貼り付け、衛兵たちは詰所から出た。あとはスラシンが上手くやってくれる。

 彼らの仕事はこれで終わりだ。スラシンの仕事の結末について、知ることはできない。彼らでさえ、スラシンが何人いて、どこに潜んでいるかは知らないのだ。

 実際は六人しかいないスラシンを、百人にも千人にも見せる。それが、ミオゼルガ王子の仕掛けた隠密の術である。

 ともかく、衛兵たちにスラシンの存在を無視することはできない。味方でいれば頼もしいのだから、大人しく従っておくほかなかった。

 衛兵たちが去った詰所の中に、黒装束に身を包んだスラシンが、影から染み出るようにして現れた。

 暗号の書かれた紙を手に取り、一読して懐にしまった。

 宿屋にいなかったグレン王子の私兵を、彼は探していた。一度見た顔であるため、会えばすぐにでも判別がつく。しかし、どこへ行ったのか、その足取りを見失っていた。旅に不慣れな若者が、到着をしたその日から行動をしているとは思っていなかったからだ。

 路地で見かけたという報告を受け、スラシンはその周辺に隠れられそうなところがないか探ることにした。

 元衛兵のスラシンであるため、ダンロンの街の地理はよく把握している。それに、匿いそうな人物の住所も頭に入っている。調べるべき場所はそれほど多くなかった。

 しかし、彼にとって、探っている姿を見られたことは、大きな失敗であった。本来なら察知されてはならないのだ。隠密としての経験が不十分であることなど言い訳にならず、これで取り逃がしては、重い処罰を免れない。

 スラシンは、街の人間に溶け込むよう服装を変え、フードのついたマントを羽織った。

 人通りの多い道を歩きながら、すれ違う顔をひとりひとり確認していく。しかし、その中に目的の顔はない。

 衛兵たちが出会ってまだそれほど時が経っていないことを思えば、必ず近辺に潜んでいるはずである。

 衛兵たちの巡回するルートとは外れた路地をスラシンは進んだ。野宿の痕跡でも見つかれば良いのだが、と淡い期待を抱いていたが、そのようなものもない。

 もしや、あの若造は訓練された人間なのではないか、とスラシンの脳裏をよぎった。おおよそ一般的な行動の軌跡を辿っていない。

 必ずどこかで食事と睡眠をとっているはずなのだ。でなければ、人外の体力と精神力を持っていることになる。そのような人間は、王の兵にもそう多くはいない。

 それに、無名な若者がそうであるとは考えにくい。能力があるのなら、それなりに名が通っているはずだからだ。若ければ若いほど、才覚をもてはやされて然るべきである。

 スラシンは、得体のしれない彼を確実に捕まえるため、ひとつの方法を実行に移すことにした。いつまでも泳がせておくわけにもいかないからだ。

 急いで衛兵たちに通達を出した。彼は王都の牢から逃げ出した大罪人であり、必ずダンロンの街から出さずに捕えよ。しかし、必ず生かしておけ、と。

 ダンロンの街に配備された衛兵の総数はおよそ五百名。全員で捜索すれば、広い街であっても、そうそう逃れられるものではない。

 平和だったダンロンの街は、たったの半日で厳戒態勢へと様変わりした。街の出入りを禁止し、全ての通りを調べ、民家への聞き込みも行った。

 スラシンも古巣である彼らの能力はよく知っている。決して無能ではないのだ。だから、スラシンには彼らが奴を見つけられなかったことが、にわかには信じられなかった。


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