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緋色の竜の唄  作者: 上辻樹
第二章 緑の竜
21/37

7

 方法が思いつかなかったとはいえ、明け方まで悩んでいたことは、失敗だったとシンは思っていた。これでは、昼過ぎから行動をすることになってしまう。

 今は恐らく、最も人の少ない時間帯であり、まだ所々灯りが見えるものの、街全体に薄い霧がかかっていた。

これほど大きな街で人の気配がしないというのは、なかなかに気味が悪い。シンはすぐに宿屋へ戻ろうと少し足を早めたが、近くまで来て、はた、と歩みを止めた。

 霧の向こう、宿屋の周辺に誰かいるような気がするのだ。人くらい居て当然なのだが、何か普通ではないような雰囲気を感じていた。

 建物の陰に身を隠したシンが視認出来た人数はひとりで、上から下まで黒い服を着ている男であった。彼は馬を繋いでいる辺りをうろついていたかと思うと、宿屋の中へ入っていった。

 シンには、その行動が限りなく怪しく見えた。と言うのも、宿を利用する時に、繋いである他人の馬を調べる必要があるとは思えないからだ。

 そこから、シンは彼が誰かを探しに来たのだと思った。シンも同じような仕事をしたことがある。王都で盗人を探している時に、足取りを追うため、生活に必要な衣食住に関することから調べた経験がある。

 毎日何十人と相手する接客業なら、なおさら、普段なら見ない挙動をする人間や、見ない顔の人間は印象に残りやすい。

 彼が誰を追ってここへ来たのか、シンには定かでないが、警戒しておくにこしたことはない。

 幸い、金銭や剣などの貴重品は身に着けている。宿屋に置いてあるのは、ランタンや火打石などの旅の道具くらいであり、無くなって困らないと言えば嘘になるが、この街にいる限り不必要なものである。

 シンはすぐにその場を離れ、人目につかない路地へ入った。彼が去ったあと、安心して宿に戻るなどという愚行を冒す気にはならない。

 別の宿を借りることも出来るが、この街中の宿を訪ねられてはたまったものではない。誰にも見つからない場所で野宿をするしかないか、と考えていた。

 そんな生活もせいぜい一日か二日しか続けられない。その前にあの怪しい人物の目的をつきとめて、狙いが自分でないと確信を持つまでは、宿にも泊まれない。


(……一度戻ってみようか?)


 彼が宿で自分のことを聞いたかどうか、店の人間に聞けばそれだけで答えを得られるだろう。


(こういう時、どうすればいいんだ? このまま任務を果たして帰るべきなのか?)


 シンは迷っていた。何があっても、誰かと対峙することだけは避けたい。

 そんな時、衛兵の一団が通りを横切って行った。早朝の見回りだろう。

 彼らに相談してみよう、とシンは思い立った。怪しい人間がいれば、それを捕まえるのは彼らの仕事だ。無理に自分が戦う必要はない。


「すみません、あの、少しいいですか?」

「どうしました?」

「さっきそこに全身黒ずくめの怪しい男がいたので、何か知らないかと思いまして」


 衛兵たちは互いに顔を見合わせ、何か確認するような表情をして、答えた。


「そういう話は聞いていませんが……。よろしければ、詳しく特徴を聞きたいので、詰所へ来てもらえませんか?」


 衛兵の提案はもっともで、シンもそれに反対するつもりはなかったが、彼らについて歩けば嫌でも目立ってしまう。今現在の立場を考えるに、それは望むところではない。身元を明かして得る不利益が、無いとも言いきれないからである。


「いえ、遠くから見ただけですから、これ以上のことは分かりません。調査は皆さんにお任せします。僕もこのあと用事がありますので」

「それはあまりにも非協力的ではありませんか? 本当に怪しい男が入り込んでいるのなら、あなたも治安の強化に協力するべきでは?」


 彼らは極端な意見を述べたが、ある種正論であり、シンは返す言葉もなく黙った。

 さらに言えば、シンも、衛兵がこれほどしつこいとは思っていなかった。何か知っているかということと、注意して見回りしてほしい、とただそれだけのことであったのに、彼らはまるで凶悪な犯罪者でも見つけたかのように、シンに協力するよう迫った。

 しかし、シンもここではただの一般人であり、もっと言えば、旅の途中の通りすがりである。本当に悪人であるかどうかも分からない人のために、そこまで積極的に衛兵の仕事を手伝うことはないはずだ。


「すみません。僕も忙しい身ですし、あなたたちの足手まといになるわけにはいきませんから。これで失礼します」


 シンは返事を待たずに、踵を返し、大通りを進んだ。曲がり角まで後ろを振り返らず進み、衛兵たちから身を隠せたところで、一息ついた。

 王都の衛兵にこのような対応をされたことがなかったため、少し面食らっていた。街が違えばそこで働く人も違うのだろう、とシンは無理矢理にでも納得することにした。

 とにかく、今は気持ちを切り替えて竜博士の弟子を探すことに尽力することにした。自分の身を守る一番の方法が、早く終わらせて帰ることだと悟ったのだ。

 その日、シンは眠ることのないまま、聞き込みを始めた。


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