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翌朝、日が昇り始める前にシンは出かけた。
宿舎にはシン専用の馬が一頭いる。名をクレスと言い、栗色で流れるような毛をした美しい牝馬であった。
普段から甲斐甲斐しく世話をしていたこともあり、充分に懐いていたが、長距離を走ったことがない、経験の浅い馬であった。
彼女に左右バランス良くなるよう荷物を乗せ、その合間にシンは乗った。乗り慣れない鞍の座り心地はあまりよくないが、荷物がそう多くなく、馬に乗れるだけでも良しとすることにした。引いて歩くことにならなかっただけでも御の字である。
まだ慌ただしくなる前の大通りを抜け、シンはダンロンの街へ向かって街道を進み始めた。
アゴルニアの外はまだ雑多な植物や木々の生える森林地帯が続いており、気候も安定しているため、それほど注意の必要なことはない。野生動物や盗賊の類も、アゴルニア王都に近すぎるこの場所では滅多に現れない。
シンが少し進んだところで、巡回の衛兵と出会った。彼らは四人一組で街道を警備する部隊であり、長距離を歩くため、鎧や武器もシンと変わらないような軽装であった。
「こんな朝早くからご苦労さん」
衛兵のひとりがシンへ言った。旅人に話しかけて怪しい人間でないかどうか判断するのも、彼らの仕事だからだろう。
「おはようございます。そちらは今から帰るところですか?」
「いや、まだ帰るには早い。ダンロンの街から、デトルトまでの警備が我々の仕事だからな」
「それは、ご苦労様です」
「あなたは、これからどこへ向かうんだ?」
「ダンロンの街です。知り合いを訪ねようと思いまして」
「そうか。旅の安全を願うよ」
衛兵たちは納得したように、そう言った。シンはなんとか信用を得られたことに安堵し、手を振って別れた。
朝日が昇り始め、シンは朝食をとることにした。いくら急いでも丸二日はかかる旅路である。不慣れなシンはできるだけ無理はせずに行くよう、デントからもきつく言われていた。
シンの腰についた小袋には、リムルルの実を潰して生地と煉り合せて焼いたものが詰められていた。甘味が強く、少量で体力を回復できる焼き菓子である。
飢えた時の非常食にも使えるが、元々はデトルトで朝食としてよく食べられていた郷土料理である。シンも宿舎でよく食べていたものである。
それを少しずつ口へ運びながら、遠くの景色を眺めていた。未だアゴルニアの近郊であり、これが一面の草原へ変わって、やっと半分である。
シンは馬の背に揺られながら、ミリアのことを考えていた。あの笑顔を思い出すだけで、胸が苦しくなる。早く会いたいという気持ちが、とめどなく溢れる。
石化してしまっても、彼女は美しかった。生命力に満ちたその姿は、死の淵にいるとはどうしても思えず、シンが落ち着いていられたのも、そのおかげである。
もはや、非の打ちどころがないほどに、彼女はシンの中で完璧であった。だから、絶対に死なせたくない、とも思えた。
日が暮れ始め、森林を抜けて草原が見え始めた。
草原に入ってすぐ、シンは野宿の準備を始めた。森との境目で、充分な量の焚き木もすぐに手に入る場所だ。これより先に行くと、草が生い茂るばかりで、焚き火も満足にできない。
夕食は市場で買った干し肉だけだが、それほどひもじさは感じなかった。他の団員であれば、現地で真水や山菜などを調達することもできただろうが、シンにまだそこまでのことはできなかった。
それはつまり、買った品物が切れると、自力で補充ができないということでもあった。一日分多めに買ってあるものの、心許なさは感じられる。
シンは厚手のマントにくるまり、地面へ横たわった。
冬の足音がすぐそこまで近づいている。凍てつくような風が、シンの頬を撫でて、すぐには寝つけなかった。




