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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第二章 緑の竜
17/37

3

 宿舎の個室で荷物を揃えるシンを見ながら、デントは腕を組んで笑って見ている。

 必要なもののうち、防寒のためのマントや植物油を使うランタン、火打石など、自前で持っているものを詰めていく。足りないものもいくつかあり、そのための買い物はこれからデントが付き添ってくれることになっていた。


「そうかい。そりゃあ、厄介なことになったもんだな」

「厄介だなんて、僕は思っていません」

「ま、頑張れや。ダンロンはそう遠くねえが、だから安全かってえと、そうでもねえ。草原は天候が急に変わることこそないが、身を休めるところや風をしのぐところがない。気温の下がり始めたこの時期にひとり旅なんざ、おすすめしねえな」

「そんなこと言っても行かないといけないんで、なんとかなる方法を教えてくださいよ」


 デントは笑いながら、小馬鹿にするようにして言った。


「死ななきゃ、なんとかなる」


 シンはむっとして、もうデントには話しかけずに、荷造りを終えた。

 ふたりが街の市場へ向かう時には、すでに夕方に差し掛かろうとしており、人の波はある程度引いていた。露店で仕事をしている行商人などは、店じまいを始めようとしている時間である。

 デントが行きつけの店は、大通りから少し外れた路地裏にあるようだ。人通りが少なく、怪しい雰囲気の漂う店構えであった。

 デントは特に説明もなく、自然にその店へと足を踏み入れた。入り口から先は階段になっており、さらに地下へと降りて行くと、刺激のある臭いが漂い始めた。

 階段の一番下にある、薄明りの漏れる扉を、デントは開いた。


「これは……」


 シンが想像していたものとは、全く別の景色が広がっていた。

 橙色に照らされた室内の、至るところに植物が吊るされてあり、その床の上も、なんとかひとり分の道幅があることを除けば、全て鉢植えで埋もれていた。


「あ、デントさん。久しぶりですね」


 植物の間から声がして、シンがそちらを覗きこむと、ひとりの少年が立ち上がるところが見えた。年齢は十五にも満たないであろう少年は、鉢植えを両手で抱え、体を上手く動かしてふたりの前に姿を現した。


「いつものやつをもらえるか?」

「ええ。よく育ってますよ。いつものと言うと、ハートブルーム、ブラックウィード、リムルルの実ですか。あ、あとハードプラントもでしたっけ?」


 彼はそう言いながら、次々にハーブを摘んでいく。


「あの、ここって……」

「薬草屋だ。初めてか?」


 デントはそう言いながら、布にくるまれた薬草類を受け取った。


「薬草屋のラングです。デントさんには母の代からお世話になってます」


 彼はやわらかい笑みを浮かべてシンへ自己紹介した。


「僕は、シンです。デントさんと同じく私兵をやっています。よろしく」

「ああ! と言うことは、あなたも『蒼翠の槍』の方なんですね。デントさんが誰か連れてくることなんて珍しかったので、どのような立場の人かと。まだお若いのに、立派なんですね」

「そんな、ラングさんほどじゃありませんよ」

「僕は母が早くに他界して、仕方なくやっているだけですから」


 困ったように、彼は言った。


「いつからお店を?」

「ええと、たしか、七歳の時から、ですかね」

「七歳!?」

「あ、でも、デントさんに手伝ってもらいましたから、それほど大変だったことはありませんよ」


 七歳からひとりで店番をすることが大変でないはずがないのだが、ラングは明るく言ってのけた。

 シンにとっては、もうひとつ驚いたところがあり、デントがそれほど面倒見のいい人間だとは思っていなかったため、彼がラングを手助けしていたことが信じられなかった。


「デントさんは母と親しかったんですよ。ね、デントさん」


 デントは面倒くさそうに、頭を掻いて言った。


「デトルトに居た頃の知り合いなんだよ。もういいだろ、こんな話は。帰るぞ」


 そう言って、デントは不機嫌そうに踵を返し、シンは慌ててついていった。そんなふたりを、ラングは笑って見送った。

 薬草屋を出て、市場で残りの雑多な消耗品を買い、ふたりは宿舎へと帰った。その日、団長が帰って来ることもなく、デントに薬草の使い方を一通り聞いたあと、早めに就寝した。



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