2
アゴルニア王国の王宮へ帰ったシンは、その足で真っ直ぐにグレン王子の元へと向かった。
いくら私兵と言えども、何の用もなしに王子へ接触することは出来ない。竜の情報を伝達に来たと衛兵に話すと、しぶしぶ中へと通してもらえた。
以前から歓迎されていなかったことは事実だが、これほどあからさまになったのは、宮殿内が慌ただしくなってからのことであった。
しかし、今のシンにそのようなことは関係がない。と言うよりも、気にならなかった。
頭の中では、王子に会った時のことばかりを考えていたからである。極度の緊張に襲われながらも、シンは王子が居ると聞いた会議室の前へたどり着いた。
ノックをして中へ入ると、そこではグレン王子とゲルド団長が地図を広げて何やら話し合っていた。グレンの足はすっかり治り、もう支えがなくても真っ直ぐ立てるようになっていた。
「待っていたよ、シン。早速だが、これを見てくれ」
グレンがそう言って、シンに作戦机を見るよう促した。
「アゴルニアとデトルトの間のアリウム山脈で、兵が数名行方不明になったことは聞いているね?」
「はい。竜博士の罠にかかったのだと聞きました。それからずっと、検問を設置して竜博士が逃げ出さないよう見張っていると」
「そう、それが山脈の間を通る、メレランド街道だ。ここで、ずっと兵が待機して、出入りする人間を監視している」
グレンは、ぎらついた眼でシンを見た。
「さて、シンよ。この検問は、意味のある行為だと思うか?」
「……正直に申しても良いのでしょうか?」
「ああ、構わない」
「僕は、完全に無意味だとは思いませんが、でも、効果のあるものでもないと思います。竜博士は街道を使わずとも、いくらでも山脈を脱出する手段があるのでは?」
もちろん、周囲にも少しは見回りの兵がいるだろう。しかし、常に囲んでいるのでなければ、それも効果的とは言えない。
「その通りだ。しかし、ではなぜ、何の成果もあげられない検問を続けているのか。これは分かるか?」
「……出る人ではなく、入る人を警戒している?」
その返答に、王子は驚いた様子で言った。
「よく思いついたな。なぜそう思う?」
「兵たちはみんな、ミオゼルガ王子の命令で動いているのですから、だったら、ミオゼルガ王子が一番嫌がることを考えたのです。それは、誰かに企みを邪魔されることではないか、と。ミオゼルガ王子は、人に頼ることをあまりせずとも、問題を解決できるお方です。邪魔をされなければ、全て考えている通り、上手くやれるはずです」
シンがそうすらすらと述べると、グレン王子は信じられないという顔をして話題を変えた。
「まあ、いい。つまり、竜博士はおそらく逃げ出そうと思えば、いつでも逃げられる。だけど、まだこの山脈のどこかに潜んでいる。竜の復活を待っているのではないか、と最初は考えられていたが、どうも違うようだ。待つだけなら、姿を見せずにずっと隠れていられる人だしね。それを確かめに行きたいのだが、知っての通り、検問が厳しくて、おれたちは行けない。アゴルニアからだって、出られないだろうさ。そこで、君に頼みたいんだ」
竜博士を見つけて、接触することの難しさを、シンはすぐに考えて言った。
「兵たちが総出でも見つけられない竜博士にどうやって会うおつもりなんですか?」
「これは本当に内密な話だが、竜博士には弟子がいる。シーラ博士だけの話ではなく、竜博士というものは、師から弟子へ受け継がれていくものだからだ。その弟子に会って、竜について探ってきてくれ」
「その弟子という方はどこにいるのですか?」
「竜博士が残した手記によれば、ダンロンの街にいるらしい。デトルトとは全く反対方向だね」
ダンロンの街は、見晴らしの良い草原にある中都市である。王都ほどの規模はないが、王都やデトルトの港へと向かう行商人の通り道であり、商業が盛んである。
王都からそこへ向かう道は一本の街道で繋がっており、そちらには検問が設置されていなかった。
「それで、行ってくれるね?」
「はい。ですが、僕の話も聞いてもらってもいいですか?」
シンは、グレンと物言わぬゲルド団長の二人に、ミリアのところで何が起こっていたのかを話した。石化している、と聞いてもふたりは全く驚くことはなかった。
「状況はだいたい分かった。おそらく、竜の石化はおれたちには解けないものだ。竜の行使できる自然現象の多くは、人間にはどうすることもできない。風や雨を止められる人間がいないことと同じでね。……やっぱり、シンは竜博士の弟子に会うべきだったね。ついでにそのことも聞いて来るといい。その間、おれと団長とで小屋の様子を見て来よう。悪人の手が入らないように、警護する必要があるかもしれないしね」
「僕も行ってはダメですか?」
「そんなことをしている場合じゃないだろう。君は一刻も早く、彼女が石化から解き放たれるよう、方法を探すことを優先すべきじゃないのか?」
シンには何も言い返せなかった。
王子に見られてもいいように色々と隠してきたのだが、まだ不安は残っている。しかし、やるべきことを考えると、ミリアが石になってどれだけ生きていられるか分からないため、すぐにでも出発するしかなかった。
その心配を察したのか、ゲルド団長が温和な声で言った。
「なに、王子も俺も悪いようにはせん。お前は安心して行って来い」
「団長、でも……」
「でも、ではない。お前がここに残ることはできん。それに、お前以外に誰が行くんだ? 俺が代わりに行ったとして、お前はそれで納得するのか? 分かったらすぐに支度しろ。宿舎にデントがいる。何が必要か奴に聞け」
シンはミリアの元にいたいという感情を抑えて自分のやるべきことを考えた。今は動くしかないのだと自分に言い聞かせ、旅の準備をするべく、宿舎へと向かった。




