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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第二章 緑の竜
15/37

1

 シンは、眼を疑った。

 ミリアの住んでいる小屋が、色を失ったように、灰色に染まっていたからだ。その小屋の周囲に生えている、背の低い草にまでその色はついていた。

 近くに寄って触ってみると、硬く、石のようになっていた。ミリアが何かしたのか、とシンは小屋を恐る恐る覗くと、灰色の世界の中に、見覚えのあるふたりがいた。

 腹部に深々とナイフの突き刺さったミリアと、そのナイフを握る、風貌の変わり果てたジルベルトである。

 シンは、冷水を浴びせられたような気持ちになった。目の前に白いモヤがかかったように、視界がぼうっと遠くなる。そのまま意識が光の中へ消えていかなかったことが不思議なくらいであった。

シンは、ミリアは無事なのか、生きているのかということだけを考えた。それだけしか、考えられなかった。

 震える手で、そっと、ミリアの頬に触れる。石のように冷たいが、その下に仄かな暖かさがあった。


(――――生きてる!)


 竜の石像にこの暖かさはなかったことを思い出し、シンはそう確信した。そこでようやく冷静になって、何があったのかを考えられるだけの余裕が生まれた。

 ミリアは身を守るために石になったのだろう、ということはすぐに想像がつく。問題はなぜジルベルトが彼女を襲っているのか、ということである。

 捜索しても死体の見つからなかったジルベルトであったが、こうしてここにいるということは、どこかに匿われていたのだろうということが分かる。あの日とは服装も違い、今着ているものは、まるで罪人のように粗末なものであった。

 失った左手だけでなく、顔にもいくつもの傷がある。種類も多く、切り傷や火傷だけではない、痛々しいものがいくつかあった。

彼がどこにいたのか、シンにはこれ以上調べようがない。しかし、よほど普通ではない場所に居たのだろう。左手も、事故で失ったにしては、まるで火傷のようにただれている。

 シンはその後もうろうろと小屋の中を見て回り、おかしなものはないかと探したが何も見つからず、途方に暮れてミリアを見つめた。

 今、シンにはやらなければならないことがふたつ浮かんでいた。ミリアの石化と解くことと、グレン王子にこのことを報告することだ。

 ミリアの石化は必ず解く。それは間違いなく遂行するつもりであった。

 しかし、王子にこのことを話して良いものか、悩んでいた。当然ながら、私兵であるシンは報告する義務がある。王子がこの不可思議な現場を見れば、必ずミリアが竜と何らかの繋がりがあると考えるだろう。

 そして、この辺りを探り、あの洞窟を見つけるかもしれない。

 竜の実を、王子に渡して良いものだろうか。もしグレン王子が悪用しなかったとしても、ミリアは絶対に嫌がるはずである。

 シンはそう考えて、実を全て隠してしまうことに決めた。もし気づかれたら、懲罰では済まないだろうが、それでも、ミリアを悲しませるよりはいいと思ったのだ。

 シンは記憶を頼りに洞窟の奥へ向かった。焦らなければ、道は一本しかないことを知っているのだから、視界が闇に覆われていても竜のところへたどり着くのは容易かった。

 竜の実はすでに、かなり少なくなっていた。それこそ、懐に隠し持てる程度である。それは、本当にミリアがもうすぐ移り終わることの証でもあった。

 シンはその実をひとつずつ丁寧に収穫し、合計三個の実を、服の内ポケットへ隠した。淡く光っていた実はすぐに光らなくなり、ただ綺麗な実として、シンの懐に収まっていた。

 洞窟から帰ってからも他に隠すものはないか探したが、すでにミリアがある程度片づけていたために、一般的な家具しか残っていなかった。

 それに、下手に手を出せば、おそらく王子は気がつくだろうとも予測できた。普通の人よりもよっぽど鋭い人間であることはよく知っている。

 帰る前に、シンはもう一度ミリアを撫でた。


「何があったのか分からないけど、僕に任せて。すぐに君を助ける。そしたら、一緒に王都へ遊びに行こう」


 はっきりとした口調で、シンは決意した。

 ミリアを助けるためなら、命すら投げ出す覚悟が出来ている。シンは、今までにないほど、勇敢な気持ちに満ちていた。


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