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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第一章 出会い
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 ミリアの住む辺りの山はすっかり色づいていた。

 もうじき冬至が来る。そうなれば、アゴルニアの城下町はすっかり鎮竜祭一色となるだろう。

 王宮とそれに属する者は、その祭に出なくてはならない規則がある。それは、竜の怒りを鎮めるため、誠意を見せなくてはならないという慣例があるからだ。

 シンは、鎮竜祭を何度も見ているが、毎回退屈することなく楽しめていた。色とりどりの衣装を着た踊り子や、祭囃子が好きだったのだ。

 だからこそ、その光景をミリアに見せられないことが残念であった。

 その日、湖の傍で、彼女は歌っていた。シンにも教えたあの歌である。シンに気がついても彼女は歌い続けたため、シンも途中から歌い始め、ふたりで綺麗に歌い切った。

 宿舎に帰ってからも、ひとりで練習していた成果である。


「もう完璧じゃない。あの、最近よく来てくれるけど、いいの?」

「……今、王宮に嫌な空気が流れていてさ、僕は詳しい事情を知らされていないんだけど、それでも息がつまるようで、なんだか居づらいんだ」

「ここは避難所ってこと?」

「そうかも」


 シンはそう言って笑った。

 私兵団である『蒼翠の槍』の宿舎は宮殿から離れているが、その雰囲気の悪さは伝わる。それに、皆が殺気立っているような気もしていた。

 竜探しには手を貸していないシンであったが、その結果が芳しくないことも、ゲルド団長やデントから聞かされていた。

 二人はいつものように、ミリアの集めた木の実を種類毎に分けて瓶に詰める。これはミリアの普段の食料にあてられているものだ。日持ちするものではないため、三日に一度ほどの頻度で収穫して回っているのだ。


「いつになったら終わるんだろう……」


 シンは手を動かしながらつい、独り言を口にしてしまった。それを聞いたミリアが、顔色を窺うようにして、顔を覗きこむ。


「木の実分け、退屈だった?」

「ああ、ごめん。違うよ。王宮の竜探しだよ」

「そんなに嫌な気分なの?」

「嫌って言うよりは、呆れてる、のかな。こんなこと言ってもいいのか分からないけど、そんなに重要なことなのかなって、最近思うんだ」


 実に不思議な気持ちであった。忠誠心がなくなったわけではないが、なぜだか他の皆ほど熱心に竜探しへ傾倒することが出来ないでいた。

 いつもなら、教えてもらえないことも、なんとかして知ろうとするのだが、今回はそれもせず、最初から蚊帳の外にいることを受け入れている。

 自分の中でもどういう心境の変化なのか、整理できなかった。

 ミリアはシンの言葉を受けて、少し間を置いて、返した。


「それは、あなたの中で優先度が下がってきているんじゃないかしら?」

「優先度?」

「今までは王子様のことだけを考えて生きて来たのでしょう? 考えることが多くなって、選択肢が増えれば増えるほど、そうなるものなのよ」

「選択肢って、もしかして君のことかい?」

「私の自惚れじゃなければ、そういうことになるわね」


 そう言われて、シンは余計に複雑な気持ちになっていた。心を占める割合が変わってきていることが、良い事なのか、悪い事なのか、判別がつかないのだ。


「ごめん。悩ませちゃったかな」


 申し訳なさそうに言うミリアに、シンは慌てて言った。


「いや、このもやもやに少しでも形をくれたことに感謝するよ。自分だけだったら、たぶん、それも分からなかった」

「そんなことないわよ。あなたはそこまで察しが悪い方じゃないもの」


 木の実をすっかり詰め終えても、シンは座ったまま物思いにふけっていた。ミリアの一言で、悩みは具体的になったが、答えは未だ霧の中である。

 その様子を、ミリアはそわそわと見ていた。元気のなくなったシンに何かしてあげたいのだろうが、何もしてあげられない様子であった。

 しばらくひとりで考え、だったら、とミリアは切り出した。


「ひとつ、教えてあげましょう。どのみち、もう教えないといけないことだったし……」

「何の話だい?」

「先に、約束してほしいの。みだりに人に話さないこと。それと、誰かに話す時は必ず覚悟をしてほしい」

「覚悟って、何の覚悟?」

「知ることによって起こりうる不利益があるのよ。あなたには背負ってもらうわ。本当に悪いのだけど、もう決めたことだから」


 ミリアの金色の瞳は真っ直ぐにシンを見つめていた。彼女の言っている『不利益』というものが、冗談や誇張ではないことが見て取れた。


「ちょっと待って。話を聞く前に、なんで僕なのか教えてくれないか?」

「あなたが一番信用できるからよ」

「グレン王子じゃダメだったの?」

「あの人は、目の奥に闇が見えた。だから、ダメ。あなたはとても綺麗で、澄んだ心を持っている。私がこれまでに見た人間の誰よりもね。自分の利益のために他人を切り捨てる人には、私のことを任せられない」


 ミリアは一呼吸置いて、立ち上がった。


「ついてきて。今日、あなたに全部教える。今年が、最後だから」


 彼女はシンに質問する間も与えず、小屋から出て行った。


「……最後ってどういうことだ?」


 シンは小さく繰り返し呟いた。


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