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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第一章 出会い
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 ミオゼルガ王子は、王へ先日の出兵の結果を報告していた。精鋭の中でも戻った者は隊長のラウラただひとり。彼も酷く弱っており、話すら満足に出来ない有様であった。


「なぜこのようなことになったのだ?」


 王は呆れて言った。


「わかりません。竜博士が何らかの罠を張っていたと考えるべきでしょう。そうでなければ、説明がつきません」

「では、竜博士は我々と敵対する気だと?」


 ミオゼルガ王子はその言葉を聞いて、内心ほくそ笑んで言った。


「お父様、そうに違いありません。かの老人はアゴルニア王国を滅ぼそうとしているのかもしれません。赤竜を甦らせることができる人間も他にはいないでしょう。一刻も早く捕えなければ必ず災いとなります」


 王は黙ってミオゼルガの話を聞いていた。しばらく何か考えていたが、やがて口を開いた。


「お前がやってみるか? お前が竜博士を見事捕え、赤竜を見つけ出すことができたなら、何でも好きな褒美をとらせよう」

「好きな褒美、ですか。私はすでに充分満たされています。すぐには何も思い浮かびませんが、それは竜博士を捕まえてから考えることとしましょう」

「何と欲のない息子だ。人の上に立つ者は謙虚でなければな」


 ガリア王は満足気に言った。その印象すらミオゼルガ王子の掌の上であることを知る由などない。

 こうして、大義名分を得たミオゼルガは意気揚々と王宮の会議室へ向かった。兵長と宮廷魔術師を呼ぶよう言いつけている。

 この機会を生かすには、独走してはならない。王宮の力を使い、グレン王子を出し抜いて、皆に素質を認めさせる。そうすれば、自ずと王道が開く。

 ミオゼルガ王子は全てが上手く回り始めたことを感じていた。確かな追い風である。

 会議室ではすでに数人の兵士と共にディオン兵長と宮廷魔術師のアイオロスが待っていた。ミオゼルガが到着すると、彼らは頭を下げて敬意を表した。


「みんな、楽にしてくれ。すでに知っていると思うが、五人の精鋭たちのうち四人が竜博士の手により帰らぬ人となった。帰ってこられた者から何があったのか詳しく聞く必要もあるが、それ以上に、竜博士がアゴルニア王国と敵対したことが重要だ。博士は人類の宝にも等しい知識を持っている。その中でも竜に関するものは、どんな書物にも載っていない、口伝のみによるものがほとんどだ。例え敵対していたとしてもそれは変わらない。だが、こうなってしまっては竜博士も我らに快くその知識を披露してはくれないだろう。心苦しいが、捕えて教えていただかなくてはならない」


 ミオゼルガの意図を察したのか、宮廷魔術師アイオロスは苦々しい顔で言った。


「王子、竜博士は尋問で口を割るほど軟弱な人物ではありませんよ。いったいどうやって話してもらうつもりなのですか?」

「竜博士と言えど、苦手なものはあるだろう。それを利用させてもらう。まあ、そちらの方法は私に任せてもらおう。君たちにやってもらいたいのは、竜博士の確保だ。とはいえ、すでに一度失敗している。向こうもそれなりに警戒しているだろう」

「では、どうするのですか? 精鋭ですら歯が立たなかったとなると、正面から向かいあうのは危険なのでは?」

「物量で押す、という方法も考えたが、大規模な罠で一網打尽にされかねない。戦争でもないのだから、これ以上の被害を出すことは避けねばならない。そこで、ディオン兵長、何人かで隠密部隊を編成してほしい」


 隠密部隊、と兵長は小さく繰り返した。


「お言葉ですが、我々の中にそのような技能を持っている者はおりませぬ。隠密と言えば、元はデトルトの技術。この国に馴染むには日が浅すぎます」

「技術を提供する準備はできている。そのうえで、何日あれば形に出来る?」


 ミオゼルガ王子は決して語気を荒げなかったが、高圧的に兵長へ迫った。


「五十日ほど頂ければ……」

「五十日? 君は随分と悠長に構えているようだね。それだけ時間がかかれば竜博士の所在が分からなくなってしまう」

「では、兵たちに山の周囲を見張らせましょう。検問を作り、竜博士が山から降りられないようにします」

「その状態で、五十日?」

「そうは仰いますが、本当なら倍は頂きたいところなのです。私も部下をやられていて、そこへ中途半端な者を寄越すわけにはいきません」


 ミオゼルガはため息をついて、渋々納得した。


「そうか。ならば仕方あるまい。しかし、そこまで時間をやるのだ。必ず成功させなければならないぞ」

「必ずや、竜博士を出し抜いてみせましょう。では、私は早速、検問と鍛錬の準備をすすめて来ます。時間は一秒も無駄に出来ません」


 ディオン兵長とその部下の兵たちは、一礼をして、会議室から出ていった。彼が去ったあと、アイオロスがおもむろに口を開いた。


「しかし、私には分かりかねます。隠密を使ってまで竜博士を捕えて、何も得られなかった日には、王子とて責任を問われますよ」

「それは竜博士が本当に何も知らなかった場合の話だ。だが、わざわざ近辺に潜んでいるのは、竜の復活が近いからではないのか? たとえ博士の持っている情報が、小さいものであったとしても、まったく何も知らないはずはない」


 ミオゼルガの言うことは筋が通っており、アイオロスは否定したくとも出来ないのか、額にシワを寄せて黙った。


「まあ、安心してくれ。君には別途頼みたいことがあってね。お父様に今回の一件の詳細を知らせないでいてほしいだけなんだ」

「なぜですか?」

「今回は、私と兵長、それにアイオロスの三人で計画し、成功させた、とお父様に報告したいのでね。君だけに抜け駆けされると困る。それに、お父様からも意図していない行動を取られたくない。私が真っ当に兵を使って竜博士を探していると思われていないと困るのだよ」

「隠密のことは、内緒にするつもりなのですか?」

「兄様だって、私兵を持っているだろう。多少は私の好きにしても構わないはずだ」

「それとこれとは話が違います」

「アイオロス。兄だけが優遇されていることが、私にはたまらなく、耐え難いのだ。分かるだろう? どうか、頼んだぞ。私は生きて帰った兵の様子を見に行ってくる」


 彼が返事をする前に、ミオゼルガは会議室をあとにした。必要事項はすでに伝えた。次にやらなければならない事があるのだ。

 医務室へ行くと、ひとりの兵士が見張りで立っているほかには、誰もいなかった。あの兵は帰ってからというもの、一度も目を覚ましていない。死んでいるわけではないが、起き上がる体力すら残っていないようであった。

 ミオゼルガはすぐに人払いをして、眠る兵士の傍らに立った。そして、何のためらいもなく、木製の小さな台に置かれた薬を懐に隠し、持っていたものと入れ替えたのだ。

 それは口の利けなくなる毒であった。竜博士に全ての罪をかぶせる必要が出てきた今となっては、正しい証言など邪魔なだけである。

 本来ならば始末しておくべき人間であったが、ここで手を下せば、王が出しゃばりかねない、とミオゼルガは判断した。必要以上に状況を変えてはならない。策を上手く弄するためにも、現状を維持することこそ、最善であると思えた。

 何食わぬ顔で寝床をあとにして、部屋の外で待機させていた見張りの兵に声をかけた。


「まだ目が覚めないようだね」

「はい。なんとか水は飲ませているのですが、このままでは……」

「……そうか。私も君たちが苦しんでいる姿を見たくない。彼が目覚めるよう尽力してくれ」


 ミオゼルガが慈しむような声色でそう言うと、彼は非常に感動した様子で、背筋をピンと伸ばし、返事をした。

 それを見て、ミオゼルガ満足気に廊下を歩いて行く。


(さて、今出来ることは全て終わった。あと気がかりなのは兄の動きか。しかし足が治らないうちは何もやらないだろう。前線に立ちたがる人だからね……)


 それは予測というよりも願いに近かったが、ともかく、あとは五十日の間ただ待つしか、今の彼に出来ることはなかった。


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