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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
第一章 出会い
10/37

9

 シンは未だ何も知らないまま、ミリアの元へ訪問を行っていた。しばらく時間があいていたが、彼女はまるで昨日会ったかのように、シンへ微笑みかけた。


「今日は何のお話をしてくれるの?」


 ミリアは木の実の入ったカゴを脇に置いて、そう言った。目をキラキラと輝かせて、まるで子供のようであった。

 シンはいくつか前回話し損ねたことを話しているうちに、鎮竜祭の季節が迫っていることを思い出した。


「王国では冬至の時期になると、鎮竜祭っていう、昔暴れた竜を鎮めるお祭りをするんだ」

「竜を鎮めるお祭り?」

「うん。昔、王国に災害をもたらしたっていう、悪い竜がいたって話、知ってる?」


 ミリアは一瞬間を置いて、言った。


「……いいえ。教えて?」

「ええと、僕も詳しく知ってるわけじゃないんだ。昔のお話で、アゴルニア王国が出来てすぐのことだったんだけど、当時の人口の半分が竜に殺されたんだって。それで、怒った王様が兵を連れてやっつけたって話。本当に知らない?」

「初めて聞いたわ。シンはどれくらい信じているの?」


 シンは少し考え込んで言った。


「うーん、僕は実際にあったことだと思ってる。少し大げさに言ってるかもしれないけど、王が必死に探しているんだから、たぶん」

「王はその竜を見つけられたのかしら?」

「全然駄目みたい。みんなも見つけられないんじゃないかって言ってるよ。三百年前の竜を探すなんて、簡単じゃないだろうしね」

「じゃあ、シンがもし、その竜を見つけたら、どうする?」

「どうするって……」


 彼女は金色の目を細めてシンの返答を待っていた。


「相手次第、かな。本当に悪い竜なら王子に報告する。悪いように言われてるだけの良い竜なら、誰にも言わない。またこんなこと言ってると団長に怒られるかもしれないけど」

「どう怒られるの?」

「手足が物を考えるなってさ」

「確かにそれもそうね。現場の判断で勝手に動かれたら、上の人はたまらないでしょう。あなたがあまり兵士っぽくないのは、そのせいなのかしら」


 ミリアが笑ってそう言うと、シンは少し怒って言った。


「僕だって、正規の兵じゃないけど、兵士なんだぞ」

「え、ああ、ごめんなさい。別に馬鹿にしたわけじゃないのよ。私の言ってる兵士っぽさっていうのは、そうね、任務のために私情を捨てられる人、ということかしら」

「僕には出来ないって言うのか」

「出来ないでしょう?」

「確かに僕は、まだ未熟だ。でも、自分を殺すことくらい出来るさ」

「あら、私はそのままのあなたでいて欲しいのだけど」


 ただただ笑う彼女から、シンは自分がからかわれていることに気がついて膨れた。その様子を見て、彼女はまた笑った。

 ひとしきり笑い終え、涙を拭きながら、彼女は思い出したように言った。


「あ、そうだ。あのね、いつももらってばかりだから、私からも何かあげようと思ったの。でも、ここには見ての通り何もない。だから、お返しになるか分からないけど、歌を教えようと思って」

「歌を?」


 シンはオウム返しに聞いた。


「そう。恥ずかしいんだけど、私が昔作った、歌」


 彼女は目を閉じて深く息を吸った。しばしの間室内には焚き火の音だけが響き渡る。

 やがて、彼女の口から、緩やかで、透明な歌声が流れ始めた。

 シンの知らない言葉で紡がれるその歌は、泡沫のように宙を漂い、風に混ざって消えていく。今までに聞いたことのある、どんな楽器や歌声とも違い、どこの国のものとも分からない発音そのものが、違和感なく耳へ入ってくる。声と言うよりも、それは、純粋な音であった。

 いつまでも終わらないでほしい、とすら思わせる魅力があった。


「……どうだった?」


 歌い終えた彼女は、恐る恐る聞いた。


「すごい。すごいよ。こんな綺麗な歌を聞いたのは初めてだ」

「良かった。人に聞かせたの、初めてだったから」


 安心したように、ミリアの表情が柔らかくなる。

 シンも歌を聞きなれているわけではないのだが、それでもこの歌が素晴らしく、誰もが聞き惚れるものであることは分かった。そう確信を持てるほどに、透き通るような旋律が、心の淵に延々と残り続けていた。


「じゃあ、私が教えるから、その通りに歌ってね」

「僕に歌えるかな」

「大丈夫よ。だって、私が教えるんだもの」


 ミリアは自信満々にそう言った。


「それにしてもこの歌って、どこの国の言葉なんだ? アゴルニアの言葉じゃないよね」

「ええ。エルファイン語、と呼ばれている言葉よ。今はもう使っている人もいないんじゃないかしら」

「エルファイン語……。聞いたことないな」

「そうでしょう。発音も少し難しいから、しっかり聞いてね」


 ミリアに習いながら、シンは少しずつ、エルファイン語の歌を覚えていった。ただ、やはり一日で全て覚えられるほど簡単ではなかった。

 特に、口の端から抜けていくような発音がシンには難しく、アゴルニアの言葉とは大きく違っていたため、まずはそこから練習しなくてはならなかった。

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