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緋色の竜の唄  作者: 樹(いつき)
プロローグ
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プロローグ

 快晴の下、山に沿って続く切り立った崖の上を、一台の色あせた馬車が走っていた。

 派手な装飾はないが、王族を示す旗と紋章が描かれており、造りもしっかりとした馬車であった。

 荷台にはいくつかの荷物と共に、アゴルニア王国第二王子のグレン・エルドと、その私兵である青年、シンが乗り合わせていた。


「それにしても王子、何もこのような馬車でなくともよかったのではありませんか?」


 山道を行く馬車の荷台は振動で揺れ、決して乗り心地の良いものではない。せめて、椅子でもあれば良いのだが、グレン王子は敷物もしかず、部下であるシンと同じように床に座って粗野に果物を齧っていた。


「おれはこれくらいのくたびれたものが好きなのさ。なに、公務じゃないんだ。おれの趣味で使ってもよかろう」


 そう言って、グレン王子はまた果物を齧った。

 一行は、とある人物に会うために王都を出て、今はその帰り道であった。


「ジルベルト、あとどれくらいでつく?」


 シンが聞くと、馬を繰っていた大男が返事をする。

 彼もグレン王子の私兵のひとりであり、名をジルベルトと言う。


「たっぷり日が暮れるくらいまではかかるだろうな。まだ山も越えられていないんだ」


 決してゆっくり進んでいるわけではないのだが、それでもまだ旅路は長く、建物の影も見えない。崖下の森は地平線まで続いており、この森を迂回しなければ王都へは向かえない。


「まあ、そう焦んなくても今日中には帰られるんだから、ゆっくりしようや」


 グレン王子はそう言って、果物を口に押し込み、壁に寄りかかって眠り始めた。

 その様子は気品というものとはおおよそ無縁であり、王子であることを知っていなければ、とてもそうは見えない風貌であった。

 しばらく馬車はそのまま走り、山の最も高いところへたどり着いた時、荷台が大きく揺れ、王子が何事かと目を覚ます。

シンは何が起きたのか確認するため、ジルベルトの方へ顔を出した。すると、ジルベルトが暴れる馬の手綱を握り、必死に落ち着けようとしていた。


「馬が言うことをきかん! 王子を連れて逃げ……」


 ジルベルトの声が不意に途切れた。馬が大きく跳ね、荷台をつけたまま、崖の端から飛び出したのだ。

 シンは咄嗟に王子を庇ったが、荷台が崖下へ落ちて行くことを止められはしない。崖の岩肌で転がって上下が回転し、脱出することのできないまま、森の中へと吸い込まれていった。

 ――それから、どれだけの時間が経ったころだろうか、シンは真っ暗闇の中で仰向けになっていることに気がついた。

 すっかり日は落ちて、辺りは暗闇に覆われていることを理解するまで少し時間がかかり、倒れている王子を見て、シンは跳び起きた。


「王子! 大丈夫ですか!?」


 声をかけると、王子は顔を歪めながらも、目を薄く開いた。


「ここは、どこだ」

「崖の下のようです。木が生い茂っていて星の光も見えませんが、もう日は暮れています。あれからずっと眠っていたみたいですね」


 王子は体を起こそうとしたが、どこか大きな怪我をしたのか、上手く立てないようであった。


「馬車と、あと、ジルベルトはどこにいる?」

「分かりません。僕も今目を覚ましたばかりなので……。少し辺りを見てきましょう。歩けますか?」

「いや、おれは足が動かない。折れているのかもしれないが、まだ痛みで気を失うほどではない。見て回るついでに火を起こせる物を集めてくれ。とりあえず明るくなるまではここで待機だ。下手に動いて方角が分からなくなるといけない」


 グレン王子の言う通りに、シンは動いた。

 まず、落下の衝撃でバラバラになった荷台と、血を流して息絶えている馬はすぐに見つけた。崖の壁面に沿って落ちていたため、見つけるのは簡単であった。シンは、その中から使えそうな荷物と馬車の幌を取り出した。

 周囲を迷わないように少し歩きまわったが、ジルベルトの姿はどこにもない。おそらく彼は崖の上に放りだされたのだろう。それならば、どうあれ助けを呼びにいってくれているだろうし、ここで待つことが賢明だと判断できる。


「そうか。下手に探しに来るよりは、賢いかもな。まあ、これが親父だったら打ち首だろうが」


 グレン王子は、幌をマントの代わりにしながら、シンの報告を聞き、笑って言った。

 持ってきた道具から火打ち石を取り出し、焚き木に火をつけると、辺りは橙に明るくなり、ようやく自分たちの姿をはっきりと見ることができた。


「王子、他に怪我をしていないか調べますから、服を脱いでもらえますか?」

「うむ。他に痛む箇所はないが、念のため頼む」


 グレン王子が上着を脱ぐと、乾いた血が背中一面に広がっていた。荷台から投げ出される時に擦り傷を負っていたのだが、すでに時間が経っていたことで、血は止まっている。肌着が張り付いており、剥がす時に王子は少し顔を歪めたが、足の骨折に比べれば大事ではなかった。

 二人は灯りに照らされながら、なぜ馬が急に暴れたのか話し合ったが、ついぞ答えは出なかった。馬車をひいていた馬は王子が趣味で飼っていた馬であり、病気でもなければ怪我もしていない健康馬であったため、癇癪を起こした理由が分からなかったのだ。

 夜が明け、空が白み始めた頃、王子が大量の汗をかきはじめ、熱を出した。

 シンには、骨折が原因か、はたまた背中の傷が原因かは分からなかったが、助けを待っていられる状況ではなくなってきたため、王子を背負って歩き始めた。

 遭難に対する知識はないシンであったが、崖に沿って歩いて行けばいつかは大きな道に当たるはずだ、と歩き始めた。

木々の合間に見える青い空と、白い岩肌が目の前に延々と続き、方角も分からないまま歩き始めたことが間違いであったことに気がついたのは、陽の光が頭上高くから射し始めた時であった。

すでに四時間は歩いているはずなのだが、一向に道が見える気配もなかった。その間にも、王子の容態はますます悪くなっており、すでに話も出来ないほど弱っていた。

不意に、シンの耳に水の流れる音が聞こえ始めた。


(川でもあるのか? このまま歩き続けるよりは、川に沿って歩いて行く方が、良いのではないか?)


 シンは進行方向を変えて、水の音を目指した。足元がぬかるみ初め、先へ進むと、そう遠くないところに大きな湖があり、そこから小さな川が流れていた。

 しかし、その川はすぐに途切れており、辿ることはできない。失敗した、とシンは歯噛みした。すぐに引き返そうと後ろを振り返った時である。


「あっ……」


 真後ろで、木の実の入ったカゴを手元に持ち、シンたちを見ていた赤い髪の女性がいた。

 シンは、王子を助けたい一心で、彼女に声をかけた。


「あの、すみません! 何か、傷を治すための道具を持っていませんか? 王子が、怪我をしていて、早く治療しないと……」


 女性は少し戸惑っていたが、やがてカゴを足元に置いて言った。


「すぐそこにある小屋に住んでいるので、その背中の方を、運んでおいてください。私は効き目のある薬草を摘んできます」


 女性の指さす先、湖畔の近くに小屋があった。シンは彼女に礼を言い、その小屋へと、足早に向かった。


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