ニャンでも魔法薬店所属
結局俺はギィの提案通り、『ニャンでも魔法薬店』の薬師のお婆さんに、弟子として住み込みで雇って貰う事に成った。
いくら人手が無くて困っているとはいえ、魔力の使い方も良く分かっていない俺が『弟子にして欲しい』と言ったところで断られるんじゃないかと思ったが、お婆さんは喜んで受け入れてくれた。
俺が地元魔法薬師に興味があって見学に来ている事は、ギィから聞いて知っていたが、魔法薬師志望とまでは思っていなかったそうで、『店番だけじゃ無く、調薬も手伝って貰える人が来るなんて、こんなに嬉しい事はないねぇ』と言いながら、俺の手を小さな両手で握ってニコニコと喜んでくれたので、お婆さんをガッカリさせないように、調薬を必死で覚えようと気持ちを引き締めた。
話がまとまったところで、住み込みで働く俺の為に、空き部屋を片付けると言ってお婆さんが店を閉めたので、それなら片付けを一緒にしようと立ち上がったのだが、先に役場の手続きと魔術師ギルドの手続き、そして魔力操作の訓練を受けて来るように言われてしまい、それに従って三人で店を後にした。
小さなお婆さん一人に、俺が世話に成る部屋を片付けさせるのも申し訳ないので、すぐにでも魔力の扱い覚えて戻って来たい。集中して真面目に魔力操作を習うとしよう。
しかし、今日の午前中に異世界転移して来て、昼過ぎには住まいと仕事が見つかるとは、幸先の良いスタートだ。
ちゃんと役場や行政が機能している世界だとは言っても、ココまで出会った人達が、彼らみたいに親切で優しい人達でなければ、こんなにトントン拍子には物事が進まなかっただろう。感謝しなければいけない。
生活が落ち着いたら、改めてお礼に回ろう。
◇◆◇◆
役場でミミィさんに手続きして貰い、俺の現住所は『ニャンでも魔法薬店』に成った。
登録が終わって帰って来た身分証には、職業欄に『魔法薬師』と記載されている。まだ修業も始まってすらない見習い薬師なのに何故? とミミィさんに疑問の視線を投げかけると、ミミィさんは何食わぬ声色で答える。
「ヤマシロさんは、まだ修業も始まっていない見習い魔法薬師ですけど、期待も込めて一足お先に魔法薬師として登録しておきました。その歳で職業欄が空白と言うのも外聞が悪いですからね」
「なんか申し訳ないですから、少しでも早くこの記載が事実に成るよう努力しますね。もしもの話ですが、転職する様な事があれば登録し直しに来れば良いですか? 」
「本来ならそうなんですが、住所や職を転々として変更手続きに来ない人は多いですし、忙しいなら何かの用事のついでで良いですよ」
「結構いい加減なんですね・・・・・・」
「人口過多ですからね、色々な人が居るんですよ・・・・・・」
ミミィさんの表情はうかがい知れないが、声色から疲れ切った諦めの様な物が感じ取れる。
その後、『新しくリッケル地区に転入して来た方へ』と書かれたパンフレットを受け取って、ミミィさんとは役場で別れ、そのままギィに連れられ魔術師ギルドに向かった。
魔術師ギルドではギィの仲間達が一冊の本を覗き込み、何かを話し合っている。
「ヤマさん。俺、仲間に声かけて来るよ」
「ん、分かった。じゃあ、バタバタ手続き終わらせて戻ってくるけん、終わったら声かけるわ」
「そうして」
そこでギィと離れて魔術師ギルドの受付に並ぶ。役場に行く前に来た時は閑散としていたが、この時間帯は利用者が多いのか、受付の前や読書スペースはそこそこ賑わっていた。
あちこちで飲み物片手に談笑している人達もいる。きっとここに居る人達は皆魔術師なんだろうなと思いながら眺めていると、背中を叩かれた。
振り返ると、プリシラさんがニコニコと笑って立っていた。
「おかえりヤマシロさん。アンタの手続きはこっちの受付じゃ無いよ。この列は依頼を終えて帰って来た人が報告するのに並んでいるんだよ。アンタはこっちで私が手続きするからね」
そう言ってプリシラさんは俺を連れて、受付カウンターの奥の扉へと進んで行った。
そこは事務所に成っていて、乱雑に書類が積み上げられた机が並んでいる。その一番奥の机、よくドラマとかで課長が座っている位置にある机に、プリシラさんは座た。
すぐに他の職員が椅子を持って来たので、机ごしにプリシラさんと向かい合って座る。
「こっちの手続きは殆ど終わらせているから、後はヤマシロさんの住所を登録するだけだね。良い部屋は見つかったかい? うちの職員でもうすぐ結婚して引っ越す予定の子が居るから、一人暮らしで必要な家具とかあったら、くれるらしいけどどうする? 」
俺が椅子に落ち着いたところで、プリシラさんがそう聞いて来たが、首を振る。
「あ、いえ。一人暮らしでは無く、住み込みで働く事に成ったので、今の所は大丈夫そうです。有難うございます」
お婆さんが言うには、前に店員として雇われていた女の子が使っていた部屋が、そのまま残っているので、ベットや本棚と言った家具はあるらしい。後は着替えや私物を揃えるだけで良いそうだ。
「え? 住まいだけじゃ無くて仕事も見つけて来たのかい? そんなに急いで決めなくても、半年間は保証が有るのに」
「それが良さそうなめぐり合わせが有りまして」
そこで今日『ニャンでも魔法薬店』に行く事になった経緯と、そこで住み込み見習い薬師として働く事に成った顛末を語ると、プリシラさんは喜んでくれた。
このギルドから近い距離で長い事店を構えている事も有り、あの猫耳のお婆さんの事はプリシラさんも知っているのだと。
「あそこのお婆ちゃんも歳だからね、そろそろ一人でやって行くのは難しいからって、店を閉める事も考えていたみたいだよ。小さいけれど地元では愛されている店だからウチの職員たちも残念がっていてね、心配していたんだけど、ヤマシロさんがそこで頑張って勤めてくれるって言うなら嬉しい限りだよ」
そう言ってプリシラさんは手続きを済ませると、俺に赤銅色のギルドカードの説明をすると、それを手渡しながら『お婆さんの事よろしくね』と俺の肩を叩いた。
それに頷きで返すと、手続きは終わりだそうなので事務所を後にする。
手渡されたギルドカードには、俺がこの魔術師ギルドの所属であると言うのを証明する事、そして名前と魔力数値、そして生産職魔術師(魔法薬師)である事と『ニャンでも魔法薬店』所属と記載がされていた。
魔力数値と言うのは魔力量を数値化した物で、魔力量はどんなに修業しても生涯変わる事は無いそうだ。
ちなみに魔術師の仕事の依頼は、魔力量によって受けられる物と受けられない物が有るとの事。
俺の場合は生産職魔術師なのと、所属先があるので、個人的に依頼を受ける事は出来ない様だ。依頼を受ける時は『ニャンでも魔法薬店』として、お婆さんと一緒に仕事を受ける事に成る。お婆さんに無理はさせられないのと店の経営が有るので、依頼を受ける事はほぼ無いだろう。
だから俺がこのギルドカードを使うのは、魔術師ギルドの読書スペースの利用の時と、そこで飲み物を無料にして貰う時だけだ。実にありがたいカードと言えよう。
身分証と共に無くさないように、そのうちカードケースを買おう。
受付カウンターから出ると、ギィ達が座る机に向かう。
俺が近づいて来た事に気付いたギィが、俺に向かって片手をあげる。それを見たギィの仲間も俺に方に視線を向けた。
「あ、ヤマさんじゃん、おかえりー。ギィから聞いたよ、『ニャンでも魔法薬店』に住み込み修業するんだって? ちゃんとヤマさんが魔法薬師として腕を磨けているか、時々様子見に行こうかな」
そう言ってくれるギィの仲間達に、返事を返す。
「有難うございます。こちらには知人が一人もいないので、時々様子を見に来てくれる人が居ると嬉しいです」
「ヤマさん・・・・・・。俺も見に行くから、様子見に行くから」
「僕も行くよ。大丈夫、お店に勤めていたら顔見知りが沢山出来ると思うから、元気出して」
なんか、少し心配そうな同情的な目で見られてしまった。
そんな心配かけるつもりで言った訳では無かったのだが、知らない所に来てしまった俺の事を気にかけてくれる人達が居るのは、幸せな事だ。
彼等の心配にお礼を返していると、ギィが持っていた飲み物を飲み干すと、荷物を持って椅子から立ち上がった。
「じゃあ、ヤマさん。下の階の訓練所の使用許可を取っておいたから、移動しようか」
「あぁ、魔力操作の訓練やね。よろしく」
「あ、なんかヤマさんとギィの話し方が気安くね? 俺らには敬語なのに。俺らとも普通に話そうぜ」
「ヤマさんのその見た目で敬語で話されると、微妙に怖いから、ため口で良いよ」
敬語が怖い見た目とは・・・・・・と、複雑に思いつつも、了承する。
一応彼らにも、俺は気安く話すとキュッカ弁になるらしいので、聞き取りづらければ指摘して欲しいと伝えておく。
それを聞いた彼らは、俺の見た目に方言がミスマッチと笑われた。
本当にこの世界の人達には、俺はどんなふうに見えているんだ・・・・・・
ヤマさんは悪の組織とかにいる、気位の高い神経質な策士・呪術師系の悪役幹部のオッサンにみえる。