ラビラフト議事国で国民登録
この国の主食は、テッチの実と言われる三ミリ程のベージュ色の粒だ。
蒸す事により粒の大きさが五ミリ位に膨れる。それを葉っぱで包んだり、魚や野菜、肉などに詰めて蒸す。時々テッチの実に香辛料を少し混ぜてから蒸す事も有るらしい。
触感はプチプチしていて、味はほんのり甘く香ばしい。
米と言うより蕎麦の味に近いだろうか。美味しく食べられるが、コレが毎日だと白米が恋しくなるかもしれない。
他にもテッチの実を粉末状に挽いて水でこね生地にして蒸かした物も主食だ。
具を入れて蒸したり、何もいれずに蒸して後から具を挟んだりする。
触感は何と言うか、噛んだ時はパスパスしているが、噛み続けていると口の中で粘り気を帯びて来る。
これは不味くはないが、あまり好きに成れなかった。シンプルに粒のまま蒸した方が食べやすい。
オバちゃんに勧められながら様々な料理を口にして分かったのが、この国の料理は八割が蒸し料理だと言う事。
残りの一割が素焼き。最後の一割がスープだ。
成る程、他国の観光客がコッテリした物が食べたいと言い出すはずだ。
まず、油を使わないから、揚げ物も無いし炒め物も無い。
フライパンと言う調理器具は他国には有るが、この国ではまず見かけない。
蒸篭で蒸すか、網で素焼きか串焼きか。後は鍋でスープ。
他国では牧場が沢山ありチーズやバターに近い食べ物を作っているそうだが、この国には食用の鳥か、中型の食肉用の生き物を育ててる程度。
理由としては、大型の食肉用の動物やミルクをとる為の動物を飼育出来るほど土地が無いと。
「テッチの木や野菜を育てる土地だけで精いっぱいよ。その代わり、この国は水が豊富で魚が沢山取れるわよ」
「水が豊富っち言う事は、川や海が近いんですか? 」
「上から見下ろすと、プッカの木がアーチ状に覆い隠しているから見えにくいけど、立体都市と立体都市の間はほぼ川よ。下まで降りると船乗り場があるの。プッカの木で出来たトンネルは、上から見ると隙間なく覆われているように見えるけど、下に降りて近くで見るとそこまででも無くてね、日中は隙間から光が差すし、夜になるとプッカの木の葉がほんのり発光するから、一日中船が動いているよ。夜が綺麗でお勧めだね。アンタもこの都市に慣れてきたら一度夜船にでも乗ってみると良いよ」
夜になると葉が発光する木か。前の世界では見ない様な異世界感ある植物だから是非見に行こう。
夜船も楽しそうだ。いつか夜船に乗って発光するプッカのトンネルを観覧してみたい。
色々な話を聞いて、この世界での楽しみも出来たところで、食事を済ませ会計して貰う。
昼食代は二人分で三千五百マネ前後だった。日本でも色々注文すればその位に成るから、物価は日本と同じか少し高い位だろうと判断した。
役場に戻ると担当者の手が丁度空いていて、すぐに案内された。
パーテーションで区切られた飴色の木目が美しいカウンターに、オバちゃんと並んで座る。
担当者は鷹によく似た鳥型の頭部を持つ女性だった。背中に翼があるが腕も生えていて、手は羽毛でフワフワしているが人型で五本指だ。
彼女は俺から受け取った書類を見ると、嘴を開いた。
「タツミ・ヤマシロさん、日本国からようこそ、ラビラフト議事国へ。こちらのお預かりした書類で国民登録をして来ますので、しばらくお待ち下さいね」
そう言って書類を持って立ち上がると、奥に在る機械で何か作業を始めた。
その間暇なので、沢山の市民や職員でザワついている役場の様子を眺める。
この場所は吹き抜けに成っていて、天井まで三階分の高さが有る様だ。
壁側をグルリと一周できる通路が、二階の高さと三階の高さに作られていて、カウンターの向こう側にある、くすんだ金色の階段からのぼる事が出来る様だ。
壁には、いろいろな色の四角い石がタイルの様にはまっていて、時々光ったり点滅したりしている。
時々通路に上がって行っては、その石を指先でつついたりしている職員が居るが、何をしているのか俺にはさっぱり分からなかった。
十五分ほどして戻って来た鷹のお姉さんは、新しい書類を取り出してカウンターに置いた。
「ここにいくつか質問が有りますので、分かる範囲で記入して下さい」
そう言って書類を俺に向け、黒い石で出来た太いバネの様な物を渡す。
黒いバネは途中から直角に曲がって、真っ直ぐ伸びている。先端が細くなっているが、刺さらないよう角は丸くなっていた。
渡されたバネをどうやって使えばいいのか困惑していると、オバちゃんが横から説明してくれた。
「そのペンは、利き手の人差し指につけるのよ。真っ直ぐ伸びている方が指先側ね、指の腹側じゃ無くて、爪の上に真っ直ぐ伸びている棒を乗せた方が使いやすいわよ。その先端の尖っている部分で字を書くの」
「これが、ペンですか? 」
「棒タイプのペンも有るけど、種族的に二本しか指が無い人とか居るから、公共施設では巻き付けるタイプのペンが多いのよ」
成る程と納得し、人差し指にペンをはめる。
爪の先から飛び出した針で紙を掻くようなイメージで字を書くそうだ。
日ごろ書き物が多い人は腱鞘炎に成りそうだとか、ウッカリぶつけて突き指しそうだとか、色々考えながら人差し指一本で書類を書いて行く。
ペンの構造が知りたくて、字を書きながら観察していたのだが、ペンからインクが出ている感じでは無く、ペンでなぞられた紙が黒く染まって行くように見え、結局書き終わるまで、どういうメカニズムで文字が書けているのか分からなかった。
書き終わった書類を受け取った鷹顔のお姉さんは、俺に冊子を二冊手渡した。
「こちらが都市の部屋を種類分けした物で、こちらが街ごとの特性を記載した物です。完全に希望に添えるわけでは有りませんが、コレを参考に、住んでみたい町や借りたい部屋の種類を考えておいてください。私は今からこの書類を持って、身分証発行の手続きをしてきますので」
そう言って、お姉さんは奥の部屋へと行ってしまった。
急に住みたい場所の希望を考えろと言われても、困ってしまった。普通の街ならともかく、異世界の超巨大な立体都市だ。
街の特性が書かれている冊子を見ただけで、どんな場所か正しく理解できるとも思えない。
途方に暮れていると、横からオバちゃんが声をかけてくれた。
「あんまり深く考えなくても良いんだよ。しょっちゅう住まいと仕事を点々としている住民は多いよ。支援を受けている半年間そこで過ごしてみて、気に入らなかったり、他に住みたい街が見つかったらそっちに引っ越せばいいんだから」
この国には『持ち家』や『分譲』という物はなく、すべて賃貸なのだと。
お気に入りの店や新しい職場の近くに引っ越していく人が多く、住民の移動が激しいので、そんなに深刻に考えなくて良いと言う。
言われて冊子を開き大まかな地域別のページを開く。
『商店』が多い街や『工場』が多い街。同じような職場が集まっている街も有れば、ごちゃ混ぜな街も有る。
「俺、出来れば職場に近い所を選びたいんですが、どんな職業があるのかも、どんな職業に適性があるのかも分かって無い状態なんですよ。魔力が有るっち言われとるんですけど、その使い方も分からないんですよね・・・」
「そうねぇ・・・。ちょっと測定結果見せて貰ってもいいかしら? 」
「良いですよ。俺、控え貰ったんですけど、見ても意味分からんくてですね。なんか教えて貰えると助かります」
オバちゃんに魔力量と適性が印刷された紙を見せる。
しばらく見ていたオバちゃんは、検査結果を指さしながら説明を始めた。
「ここが、魔力値なんだけど、そこそこ多いからこれは有効活用するべきね。これ使う仕事が良いわね。後は、忍耐力と集中力があるし製造系の適性が有るから、何かの職人が良いんじゃないかねぇ。魔力を込めながら作るものと言えば魔法薬とか魔道具とか、その辺りだね。戦闘能力は無いから魔術師や冒険者は向いていないね」
「成る程、魔法薬や魔道具ですか」
「魔力の込め方や魔法の使い方は、魔術師ギルドに戻った時に教えて貰えば良いよ。こんだけ集中力と忍耐力の数値が高いんだし、生活魔法位なら夕方までに何とか発動できる程度に成れるわよ」
そう言って、今度は冊子を開いてオバちゃんは説明を始める。
「まず、人族が使いやすい部屋で調べるでしょ、それで、魔力持ちの部屋がこの辺り。後は街の下の方か上の方か、端の方か内側の方か。その辺りで希望は? 」
「あー。だったら、窓がある外側が良いです。飛んでいる飛行竜が見えて、夜になると発光するプッカの木が見えたら嬉しいですね」
オバちゃんと相談しているうちに、新しい住まいを選ぶのが楽しく成って来る。
「だったら川の方に窓がある部屋だね。飛行竜を見ようとするなら上の方の部屋で・・・となるとこのページだね。街も私が絞り込んでもいいかい? 」
「お願いします」
「慣れるまではウチの魔術ギルドが近い所が良いだろうね。そしたらこの地区かしらね。それと、魔法薬や魔道具の工場や店が多くある街の、隣の建物で。別に隣じゃ無くてその街に住んでも良いんだけどね、夜中に客の声や作業音が聞こえるらしくて、気になって眠れないそうだよ。だから、隣の住居ばかりが入っている街の方が良いよ」
「成る程、ために成ります」
大体の希望が決まったところで、鷹のお姉さんが戻って来た。
お姉さんは俺に白いカードを差し出す。白いカードはオパールみたいに角度によって七色に光を反射する金属で出来ていた。
「そちらがヤマシロさんの身分証です。紛失された時は、お近くの役場で再発行手続きを取って下さいね。再発行には二千マネの手数料がかかりますので、お気を付け下さい。それでは住まいのご希望は決まりましたでしょうか?」
「はい、この辺りの希望に近い部屋があると嬉しいです」
冊子を見せると、お姉さんはそこに栞を挟んで立ち上がると、後ろの席の機械で栞を挟んだページを見ながら何か作業を始めた。
暫くして戻って来たお姉さんは、黒の半透明のカードを持って来た。
「では、ご希望のリッケル地区に数件の空室があるようなので、このカードと身分証をリッケル地区役場の住民課でお出し下さい。こちらで既にリッケル地区の住民課に問い合わせていますので、カードを出したら直ぐに担当者が出て来ます。それでは、今日はお疲れ様でした」
お姉さんにお礼を言うと、役場から出る。
座って書類を書き説明を聞いただけなのだが、ドッと疲れてしまった。
「さ、疲れているかもしれないけど、今日中に終わらせておかないといけない事がまだまだ沢山あるよ。まずは魔術師ギルドに戻って、そこから歩いてリッケル地区役場に行くからね」
まだまだ一日は長そうだ。