ヤマさん、外出する。
夕方になり店を閉めると、師匠は紙袋を持って作業場に戻って来た。
「4階の乾物屋さんの若奥さんから、夕飯のおすそ分けを頂いたよ。あそこの若奥さんは料理上手だから楽しみだねぇ。今日はこれを食べるから、ヤマさん今日は夕飯のお手伝いは要らないよ」
そう言われ夕食までの時間が空いたので、魔術師ギルドに出かける事にした。
やって来た魔術師ギルドは、依頼完了報告に来た冒険者達でそこそこ賑わって居たが、座れない程ではなかった。
のんびり喫茶カウンターに並んで、今日のおススメのお茶を注文する。
今日のおススメのお茶は『バッテラ茶』。一瞬、鯖の押し寿司が頭に浮かんだが、『バッテラ』と言う名称の木の実のお茶だった。
お茶の色は焦げ茶色で、濃く出し過ぎた麦茶みたいな味がした。とても香ばしい匂いがする。喫茶カウンターで受け渡しの際に『塩か砂糖かレックメのいずれかをお付けできますが、如何なさいますか?』と聞かれたので、人によっては塩か砂糖を入れるのだろう。レックメが何かはよく分からない。
俺はストレートで飲む。少し濃いが、麦茶のような懐かしい味が嬉しいので、時々注文しよう。
お茶を片手に、プッカの木に関しての書籍を探す。プッカの木へのお礼に何を持って行けばいいのか調べるためだ。
見つけた書籍を手に席について調べると、プッカの木は『レイニムーム』と言う川魚の骨を混ぜて作った腐葉土を使うと、弱っていても無事に元気になるらしい。
それで喜ぶのかどうかは分からないが、元気になるなら悪い物でも無いだろう。
お礼の品はこれに決め、今度はレイニムームと言う魚と、その骨を使った腐葉土について調べる事にした。
なんとか見つけた腐葉土のレシピと、素材に必要な物をメモに取り帰宅すると、夕食を食べながら、師匠にその素材はどこに行けば手に入るのかを教えて貰った。
翌日はちょうど店の定休日だったので、午前中から素材集めに回る事にした。
師匠は商店街のお茶友達とお出かけをするとの事。昼食も夕食もそれぞれ別で食べる事になったので、帰宅時間はあまり気にしなくて良い事になった。
翌朝、店の前で師匠と別れた俺は、一番入手に時間がかかりそうなレイニムームから取り掛かる。
今回はちゃんと素材を入れる容器を調べて、魔道具屋に買いに行く事にした。
この前何度も往復した魔道具屋に入り、店主に声をかける。
「すみませーん。『ガラスボトル魚用29号』を下さい。あと『保湿型土嚢袋』って置いてます?」
「おーヤマさん。今度は魚でも取りに行くのかい?」
「はい。レイニムームっていう魚なんやけど、入れ物は29号で良いんかね?」
すると、魔道具屋の店主はガラスボトルの棚の前で、顎を撫でながら考え始めた。
「レイニムームか。それで良いけど、ちょっと待っとけ」
そう言って店主は店の奥に入って行った。
暫く店の奥から話し声が聞こえていたが、それが終わると店主はメモを片手に戻って来た。
「今、魚屋をやってる幼馴染に連絡入れたんだがよ、レイニムーム2匹分けてくれるなら、道具一式貸してくれるってよ。行ってみな。で、あとは保湿型土嚢袋だったか? あれはウチには置いてねぇから薬草屋か植物店に行け。あ、一応言っておくが花屋にはねぇぞ」
魔道具屋の店主にお礼を言って、メモに書いてある魚屋を目指す。魚屋はミミィさんが居る役場のある街の12階にあるようだ。
歩道橋を渡って隣町に向かっていると、進行方向からキラキラしている物が弾んでいるのが見えた。近づくにつれて、そのキラキラは葛切りボールの様な形をしている事に気づいた。
あれはもしかしてミミィさんでは? 声をかけてみようか。
いや待て、同じ種族の違う人(?)かもしれない。正直俺にはミミィさんの種族は見分けがつかない。
黙って前に進んでいると、どうやら先にいる葛切りボールさんは、頭に手毬サイズの葛切りボールを二つ乗せていた。
すれ違う時に小さな葛切りボール2体から、キャッキャッと笑い声が聞こえ、大きな葛切りボールからは子供をあやす、年配男性の声が聞こえた。
よかった………。ミミィさんだと思って声をかけなくて良かった。
若い女性(?)のミミィさんとオジサンを見間違えたら、流石にミミィさんにもオジサンにも悪い。見分けのつかない種族の人には、見分けが付くまでこちらから声をかけるのは止めておこう。
そう思いながら商店街のアーケードをくぐり、真っ直ぐ歩いていると、先の方にある美容室と思われる店から、葛切りボールが出てきた。
今日はあの種族の人をよく目撃する日だな、と思いながら何となく視界に入れていると、店員も表に出てきて葛切りボールに声をかけた。
「今日はありがとう。また来てね!! あと、あれ、忘れないでね」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんとキリルにも声掛けとくよ。じゃあ、今度の飲み会でね」
またねー、と言いあう声に聞き覚えがあった。
あの美容室から出てきたのは、今度こそミミィさんでは?
そう思い、俺の前を弾んで進みだした後ろ姿(?)に、思わず呼びかけてしまった。
「あ、ミミィさん?」
「へ?」
俺の声に振り返った彼女は、俺の姿を見つけると、ぼよんと大きく跳ねた。
「や、ヤマシロさん? どうしたんですか今日は! 奇遇ですね」
よ、良かったー!! 合ってた。ミミィさんだった。これで人違いだったら知らない女性に声かけた事になるところだった。危ない危ない。気を付けよう。
「そうやね、じゃなくて、そうですね。偶然ですね。ミミィさんは今日はお仕事は?」
「あ、普通に話して良いですよ。今日はお休みだったので、友達が働いている美容室に来てたんです。最近休日もなんだか忙しくて、触手を切る時間が無くてボサボサだったから」
それ、触手なのか。まぁ、髪ではなさそうだけど、体毛の一種かと思いきや、触手。
触手って切っても良いのか?
うん、切りに来たのなら、良いんだろう。あまり突っ込んで種族間のタブーに引っかかってはいけないので、気になるが黙っていよう。
「そういえば確かに、毛先が切りそろえられて、綺麗な円形に整えられていますね」
あ、毛じゃなくて触手だった。触手先?
あと、綺麗に円形に切りそろえられている姿が、前の世界の綺麗に剪定されてある庭木をほうふつとさせる。
そんなことを考えながら、ミミィさんの姿を眺めていると、透明な触手がピンク色に変色してきた。
あれ? なんかもしかして、失礼な事を言って怒らせたか?
内心あせっていると、同じくあせったようなミミィさんの声が聞こえてきた。
「そ、そんな。綺麗な円形だなんて………。照れるじゃないですか」
照れるのか。綺麗な円形と言われると、照れるのか。良く分からん。
どうやらミミィさんの反応を見るに、俺は意図せぬ形でミミィさんに口説き文句を投げていたようだ。良く分からん。
困惑しつつ照れるミミィさんを見守っていると、ミミィさんは勝手に落ち着いて来たようだ。
「もう、ヤマシロさんってば。軽々しく女の子に、そんな事言っちゃダメですよ。相手に勘違いさせちゃいますからね!!」
薄ピンクのまま、ぷんぷんと揺れながらミミィさんに注意された俺は、他種族の人と会話する時は気を付けようと記憶の隅に書き込んでおいた。あくまで隅の方だ。
見たまんま綺麗な円形と言っただけで、勘違いされるのであれば、正直、気を付けようが無いな。とも思っている。
「いやぁ。ただ、見たまま素直に綺麗な円形って思っただけやけ、別に何かを意図したわけじゃ無いんよ」
すると、薄ピンクに成っていたミミィさんが、再びピンクになると、激しくぷんぷんと揺れ始める。
「ヤマシロさん!! そう言うトコですよ!!」
どういうトコなんだ。
どうすれば良い? なんと言えばいいんだ? 失礼にならないような正解の返答を誰か教えてくれ。
人間の女の子の扱いも分からないのに、他種族の女の子の扱いなんてサッパリだ。
困っていると、ミミィさんの意識は他に向いたらしく、質問を投げかけてきた。
「ところでヤマシロさんは、ここで何なさっているんですか? 今日はお店はお休みですか?」
「そう、休みやから、個人的に作ろうっち思っとる物があってね、その素材を集めるのに必要な道具を借りに来たっちゃね」
「へー。素材集めですか。ちなみに何を?」
「レイニムームっち言う魚が必要なんやけど、捕まえた魚を入れる入れ物とかをね、ここの12階の魚屋さんが貸してくれるっちやけ、取りに来たんやけど、俺オッサンやけね。12階まで階段上るのきついんよ」
ただ今いるところは3階なので、登るのはあと9階だが、それでもきつい。
「ヤマシロさん、エレベーターありますよ?」
「え? エレベーターあるん?」
前回ギィと移動したときは、全て階段移動だったので、エレベーターがあるとは思っていなかった。
「はい。ただ、この街のエレベーターは、4階から10階までしか行きませんけど」
そう言って、ミミィさんの案内で付いて行った先に有ったのは、立体都市に張り付いた観覧車だった。
金網で作られた四角い箱。建物側にだけ金網が無い四角い箱が、立体都市に沿ってゆっくりと回転していた。
「ではヤマシロさん。次の籠に誰も乗って無かったら、飛び乗りましょう」
「いやいやいやいや。え? これ乗り降りする時も、止まらずにずっと動いてるの?」
「そうですよ? あ、次の籠には誰も乗っていませんね。さぁ行きましょう!! せーのっ!」
「え? ミミィさん、ちょっ!! えぇ?」
ミミィさんに強引に押し出されるような形で、籠に乗り込んだ俺の心臓は、凄まじい早鐘を打っていた。
手すりにつかまり、観覧車タイプのエレベーターを観察する。
元々は白く塗装されていたようだが、それはかなり剥げ落ちていて、赤い金属がほぼ表に出てきている。
所々に錆が浮いていて、安全性が酷く心配な代物だった。
一緒に乗り込んだミミィさんは、ご機嫌な声で良い眺めだと言っているが、俺はそれどころではない。
なんて危険なんだ!! 立体都市はどこも強引に建て増ししたような建物だから、正直、壁の位置がデコボコだ。
階によっては籠と壁が離れすぎていて、突貫で取り付けたような、金属の橋の降り口がある。一応は安全策として橋に柵が付けられているが、そもそもの橋の強度が信用できない。柵が付いていても橋そのものが落ちたら終わりだ。
「あ、ヤマシロさん。そろそろ10階ですよ。さぁ降りましょう!! せーのっ!」
息を止めてミミィさんと一緒に必死に降りる。心臓が口から出そうなくらい早鐘を打っている。
もう二度と乗りたくない。これなら階段の方がマシだ。
楽が出来るはずのエレベーターで、げっそりと疲れた俺は、魚屋まで先導してくれるミミィさんの後ろを、ヨロヨロと付いて行くのだった。
15話で終わらせるはずが、終わらなかったです。
あと3話位で終わるはず……です。