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ヤマさん、葉っぱを貰う。

「師匠、頼まれた物は全部買ってきたばい。一応、間違いがないか、確認しちゃらんやろか?」


そう言って、買ってきた品物を作業場の台の上に並べる。


例のガラスドームと言うのは、電球をさかさまにしたような形の入れ物だった。サイズは駄菓子屋の飴玉が入っている入れ物くらいの大きさだ。

電球の金属部分が、冷却用の魔道具になっていて、中に入れた物を冷やす事が出来る。魔力を込めると何度も使用できるらしい。


他にも、『エレキ岩塩』という名の、電気を帯びて光る岩塩を買いに行くと、電気を逃がさずに保管するための『ラバレザー製』の袋が必要だったり、『フレアバタフライの鱗粉』は、専用の栓付き試験管に入れる必要があるとか、様々な理由で魔道具屋と素材屋を行ったり来たりする羽目になった。


結局、持たされた費用だけで足りずに、魔道具はすべて自腹を切る事になった。まぁ、これらの魔道具に関しては、これからも自分が使う物だから初期投資としよう。


「おやおやヤマさん、すまなかったねぇ。昔は爺さんが運んでくれていたし、爺さんがいなくなってからは冒険者に依頼していたから、運ぶにも色々必要な物がある事を忘れていたよ。どれ、ヤマさんが立て替えた費用は、私から出そうかね。領収書は貰って来たかい?」


「いいよ、師匠。魔道具屋さんが盗難防止のために、俺の魔力で魔力登録っち言うのをしてくれたけん、私物にするわ。使うのは俺しからんし。だから魔道具代は要らんよ」


そう言って、しぶる師匠をなだめすかし、魔道具は俺の私物として、個人購入したという事にした。

そもそも、師匠は俺が『住み込みの弟子だから』と言う理由で、家賃と光熱費を受け取ってくれない。

食費は無理やり渡しているが、俺が師匠から受け取っている物の方が多い気がして、申し訳なさがつのるのだ。自分が使う魔道具くらい自分で支払いたい。


ちなみにこの国では、経費は税金に影響しない。というか税務署が無いので、職業別ギルドで会費と言う形で指定された金額を、定期的に納めるらしい。

俺達は魔術師ギルドに所属する魔法薬師なので、プリシラさんが居るギルドに支払う事になる。ちなみに、家賃は役場に払う。


働けない状態になると、役場の指定する施設や、教会で暮らし治療を受けながら、出来る仕事を探して自立を目指すらしい。

人口があまりにも多すぎて手が回らず、ギルド会費など踏み倒される事も多々あるという事だ。

しかし、ギルドカードや身分証の確認をすると、未納が一目瞭然いちもくりょうぜんなので、すぐバレると。


これが、今日おつかいでウロウロしながら、取引先の店で教えてもらった情報だ。

俺が異界渡りだと知った店の人が、色々とこの国の仕組みなどを教えてくれた。大変ありがたい。ここの世界の暮らしに慣れる事で手一杯だったので、その辺りの項目は後回しになっていた。


俺が持って帰った品物を確認した師匠は、ニコニコと頷いて口を開いた。


「全部間違いなく揃っているねぇ。ヤマさんありがとねぇ。そうさね、この後は……まだ夕飯まで時間が有るからゆっくりしときなさいな」


「う~ん。ゆっくりと言われても、何したら良いやか。なんか師匠の作業が残っとったら片付けるけど、無いと?」


「そうだねぇ。なら、プッカの木から葉っぱを貰って来てくれるかね? プッカの木は、綺麗な水をあげると、葉っぱを数枚譲ってくれるんだよ。このザルで葉っぱを受け止めて、持って帰って来ておくれ」


そう言って師匠が差し出すザルを受け取って、店から出た。店の横にある階段を登って川沿いの歩道に出ると、プッカの木を眺める。


さて、どの木から葉っぱを貰おうか。

あまり若い細い木から貰うのは、気が引ける。葉っぱを多く茂らせている木から貰う事にしよう。


日が落ちかけて、ピンクと紫のグラデーションになった空の下、ゆっくりとプッカの木を観察しながら歩く。薄暗くなったせいか、ほんのりプッカの葉は発光し始めていた。


しばらく歩き、他の木よりも三倍の太さのプッカの木を見つける事が出来た。

くるんと、太い枝を一回転させて円を作っている、個性的な木だ。

この木に葉っぱを貰う事を決めた。しかし、葉っぱを貰う交渉を、どうやってすれば良いのか分からない事に思い至った。


綺麗な水をあげると葉をくれると聞いたが、見知らぬ人間に唐突に水を撒かれても、目的が分らずプッカの木も困惑するのでは無いだろうか?


だが、木とどう交渉する? プッカの木は、人の言葉を理解出来るだろうか?

そういえば元の世界で見たテレビ番組で、サボテンは人間の言葉を理解するとか、野菜は人に分からない周波数で話しているとか言っていた気がする。


それを考えると、プッカの木は自力で移動したり、発光した葉っぱを川に落として、水を浄化するような魔法植物だ。人間の言葉も理解出来て不思議ではない。


よし、話しかけてみよう。無言で水をかけるよりは良いはずだ。


ひときわ太いプッカの木と真っ直ぐ向き合うと、頭を下げ自己紹介をする。


「初めまして。私は最近この辺りに越して来た、辰巳タツミ山城ヤマシロと申します。この近くに店舗を構えております、ニャンでも魔法薬店と言う所で、魔法薬師見習いをさせて頂いています」


歩道を通り過ぎる人達が、何事かと振り返る気配を背後に感じながら、プッカの木に話しかけ続ける。

客観的にみると、素面しらふのオッサンが、真面目な顔で木に話しかける姿は、かなりシュールな光景だろう。

少し恥ずかしさを感じるが、これは絶対に必要な事だ。


「初対面にもかかわらず、大変失礼な申し出とは思いますが、貴方様がお持ちになっている葉っぱを数枚、お譲りして頂きたく、お願い申し上げに参りました」


ちなみに俺は、高校卒業後、餅の工場勤めしかしたことが無いので、正しい敬語の使い方が良く分かっていない。

ただ、とにかく失礼に当たらない言い回しを組みたてるので必死だ。


ほら、木と云うものは、時に御神木ごしんぼくとして、神聖なものとしてとうとばれるものだ。

プッカの木が、意思を持ち水を浄化をする木というのは、既に明らかな事なので、敬意を持って接するべきだ。と、俺を育てた日本の文化がそう言っている。


「対価として、どの様な物を喜ばれるか存じませんので、私の魔力で創るお水をお渡ししたいと思います。この様な物しか用意できずに申し訳ありませんが、対価としてりえると判断頂けたなら、葉っぱを数枚譲って頂けますと大変有難く思います」


そう言ってその場に膝を付くと、ザルを横に置き、木の根元を指さした。


そこでふと考える。『綺麗な水』とは?


そもそもプッカの木は、成長に綺麗な水が大量に要るために、川を浄化しているわけだ。

そして、今、プッカの並木によって川は十分綺麗で、魚もたくさん採れる。

綺麗な水は既に十分あるのでは?


膝にレンガの硬さを感じながら、思考の沼に沈む。

立体都市という人工物に囲まれてはいるが、この川は浄化されて綺麗なのだろう。


しかし、俺が『綺麗な水』と聞いて想像するのは、自然豊かな山で長い時間をかけて濾過ろかされ、湧き出た水源地の清水だ。

そういえば父がまだ元気だった頃、一緒に名水を求めて、ポリタンクを片手に色んな山を登ったな。名水がめる場所には、だいたい神社があった。


とりあえず、この世界の『綺麗な水』の基準が分からないので、俺が思う『綺麗な水』を用意しよう。


大きな山に雪解け水が染み込み、ゆっくりと濾過されて湧き出る事で有名な、水源地を思い返した。

春先に、所々に残るなごり雪を横目に、父と登った石畳と階段を思い出す。苔むした岩の脇を流れる清流と、汲み取りの為に用意された竹筒を伝って、流れ出る冷たく綺麗な水。


あそこは確か温泉も有名だった。いや、確か温泉目当てで行って、帰りに有名な名水を汲みにペットボトルを持って立ち寄ったのだ。


少し日本への郷愁きょうしゅうを感じながら、思い出の湧水を創り出す。

静かに指先から出現した魔法の水は、木の根元の土に、どんどん吸い込まれ吸収されて行った。

多少は土の上を滑って、川の方へと流れ込むかと思いきや、出した水はすべて土に触れると消えるように吸収されて行く。


しばらくその不思議な光景に見入って、水を出し続けていたが、急に土が水を吸い込まなくなり、出した水が川へと流れ込み始めた。

そこで、水を出すのをやめると、横に置いていたザルの中に葉っぱが降り始めた。

大きなプッカの木から離脱した葉っぱは、ヒラヒラと舞いながらも、ザルに引き寄せられるように入って行った。


プッカの落葉らくようは、ザルの上にこんもりと山を作ると、最後にひときわ大きな葉っぱを一枚、俺の頭の上に落として、ようやく止まった。


頭に乗った葉っぱを手に取り、ザルの山の上に乗せて立ち上がる。


「沢山の葉っぱを譲って下さり、誠にありがとうございます。お譲り頂いた葉っぱは大切に使わせて頂きます。後日改めてお礼に伺わせて頂きます。この度は突然の申し入れにかかわらず、ご了承いただき、有難うございました」


深々と頭を下げて、ザルを持ち上げる。

独特な円を作った枝を見上げて、もう一度軽く頭を下げてから、店へと続く川沿いの道を、真っ直ぐ戻った。


帰宅すると、師匠はザルに積まれた葉っぱに目を丸くした。


「ヤマさん、こんなに良い葉っぱを沢山貰うなんて、よっぽど気に入られたんだねぇ。まぁ、なんて上等な葉っぱだろうねぇ。おやおや、この一番大きな葉っぱは………。これは、一度凍らせて水分を飛ばしてから、お茶にして飲みなさいな」


そう言って師匠が差し出したのは、最後に俺の頭に乗った大きな葉っぱだった。


「お茶作ったら、師匠も飲む?」


「それはダメだよ。これはヤマさんへの『聖者の木』からの贈り物だからねぇ。ヤマさんが飲まないと意味が無いんだよ。それは自分でお茶にして、自分で淹れて、自分一人で飲まなきゃいけないものなのさ」


師匠から大きな葉っぱを受け取って、まじまじと観察すると、その葉っぱは他の葉っぱと違い、葉脈ようみゃくが金色になっていた。


「師匠、『聖者の木』っち何なん? 俺が葉っぱ貰った木は、プッカの木じゃ無かったと?」


「プッカの木は、別名『聖者の木』って言うんだよ。水を浄化するし、意思を持ってこうして祝福してくれるからねぇ。この大きな葉っぱは『祝福の葉』だよ。ヤマさん気に入られたねぇ。聖者の木に祝福された人は、植物全般に愛されるから、薬草屋や花屋、植木屋。そして薬師として上手くやっていけると言われているんだよ」


祝福と言われても、あれだけプッカの並木が広がっているのだから、気に入られて祝福される人も多いんじゃないか?

いまいち、祝福の葉の価値が分らず、葉っぱを見つめて首をかしげる。

俺の疑問を感じたのか、師匠はつぶらな瞳で俺を見上げながら、優しく笑った。


「私も、長い事ここで薬師をしてきて、数え切れないほどプッカの木から葉っぱを貰って来たけどねぇ、祝福の葉を貰ったことは無いんだよ。実物も、今日初めて見たさね。祝福の葉をこの目で見る日が来るなんて、長い事生きてみるもんだねぇ」


「ええ? そんなん………そんなん俺が貰って良いと? そんな貴重品、一人で飲むのはいかんやろ。師匠も一緒に飲まんね?」


そう誘うが、師匠は首を横に振る。これは貰った人にしか効果が無いらしい。効果がどういう物かは、眉唾まゆつばじみた迷信めいしんや噂がある位で、よく分かっていないらしい。


長年薬師をしていた師匠を差し置いて、駆け出しの俺が、一発でレアな葉っぱを引き当ててしまった謎の罪悪感を抱える事になってしまった。

一体、なにがプッカの木に気に入られる要素となったのだろうか?


疑問に思いながらも、師匠監督の元、魔法を使って祝福の葉を凍らせ乾燥させる。つまりフリーズドライだ。

乾燥させた葉っぱを、指で砕きながら茶碗に入れる。

その中に、魔法で水をそそぐ。そして、それを魔法で熱してお湯にする。

これでお茶の完成。ずいぶんお手軽だ。


ポイントは、水をそそいでから、熱してお湯にする事。いきなりお湯を注いではいけないらしい。


せっかくなので、水はプッカの木にあげたのと同じ水をそそいだ。

どこまで思い出と同じ水を再現できたかは分からないが、記憶という物は薄れていくものだ。



きっといつの日か、あの世界の水の味も、石段を登っていく父の背中も忘れてしまうのだろう。

覚えているうちに、少しでも記憶にあるうちに再現しておこう。

年々と記憶が薄れていくうちに、再現が難しくなり、変質していくだろうが、何度も繰り返していた方が、忘れてしまう速度が緩やかになるのでは無いだろうか。


そう願いながら、茶碗の中で舞う、金粉のように輝く茶葉が、お湯に溶けてゆくさまを眺めていた。





茶葉が全て溶けきり、柔らかな金色の光を放つお茶は、ほんのりと優しい、甘みのある味がした。



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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでて景色がバーッと広がる感じと、やさしさなどが感じられてホッとしました。この小説全体がそんな感じを受けたのですが読ませていただきありがとうございました。
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