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ようこそ異世界

凄い出来事なんて何も無い、ただオッサンが異世界で日常生活を送る話です。

ヤマさんと一緒に、異世界で暮らしたい方は、ぜひお付き合いください。

ダークブラウンに塗装された重い鉄製のドアを引くと、開いた扉の隙間から外の明かりと風の音が入り込んで来た。

今いる部屋は、何階辺りになるだろうか?

外を吹く谷間風の様な音から考えるに、現在位置は地上から遠そうだ。

日の光の眩しさに視線を下げていた俺が一番に見たのは、扉の先の足元。そこには網目状になった金属製の階段があった。右がくだりで左がのぼり。

そのまま視線を前へと滑らすと、階段の手すりが目に入り、更に顔を上げると手すりの遥か先に建物が見える。

ここから見えているのは、数階建ての途中辺りの部分なのだろうが、ドアノブ片手に室内に突っ立ったままの俺の位置からでは、建物の屋根も地面も見えないので、何階辺りなのか分からない。


呆然としていると、後ろから声がかかる。


「外へ出て、様子をうかがって来て頂いても構いませんよ」


振り返ると、小太りの眼鏡の男性が笑顔で扉の先をチョイチョイと指差した。

彼は俺より年下だろうか、見た感じ三十代半ばと言ったところだ。その青年は人の良さそうな穏やかな笑みを俺に向けている。

彼の言葉に対して、もう一度扉の外に視線を向けると、首を横に振った。

目の前の階段の先、手すりの上に並んでいる水色のヒヨコみたいな生き物を見つめながら口を開く。


「いやぁ・・・これだけで、もう分かったけ、わざわざ外に出らんでもいいです」


水色のヒヨコ達は楽しそうに、飛んだり手すりに止まったりしている。

見た目がヒヨコなのに空を飛んでいる。あの小さなフワフワした翼でどうして飛べるのか謎だが、飛んでいる。


そしてヒヨコが遊ぶ手すりの先、向こう側の建物との間を、動物と人の中間のような姿をした生き物が、トンボに酷似した巨大な生き物に乗って通り過ぎて行った。

なんだ、今のトンボに乗ったエジプトの壁画に描かれてそうな人型の動物は。


納得するしかない。ここは日本でも地球でも無い。

異世界か、地球以外の別の惑星だ。



◇◆◇◆



俺は日本の福岡県にある、餅の工場で働く独身男だった。

餅と言っても、正月で食べる様な白い餅では無く、スーパーやコンビニで売られている和菓子の方だ。

春はベルトコンベヤーに乗って来るピンク色の餅にひたすら葉っぱを乗せ、初夏は緑や白に変わった餅にひたすら葉っぱを乗せている。

時々、上に乗った葉っぱで餅を包む作業を任される事も有る。

秋や冬は移動スピードが加速した餅に、粉をまぶして箱に詰める作業へ変わる。


高校卒業後、永遠に流れて来る餅に気が狂いそうになりながら勤め続け、先月四十三歳を迎えた。

母親は俺が物心つく前に亡くなり、父親も半年前に病気で亡くなった。

兄弟もおらず彼女が出来た事もない俺は、一人寂しく工場とアパートを往復するだけの、平凡な日々を過ごして来ていた。


それがだ、目の前の兄ちゃんの言葉を信じるなら、俺はこの異世界へと落ちて来たそうだ。

なんでも世界は何枚も重ねた布の様な構造をしているそうで、俺が生まれ育った世界の位置は、何枚も重ねたせかいの上の方に在るらしい。

俺達の世界から異世界へ行ってしまう行方不明者は居るが、俺達の世界に来る異世界人の話を聞いた事がないのは、俺達の世界の位置が上の方に在るため、それより上の世界が少ないので落ちて来る人の数も少ないのだと。


元の世界に戻る事が出来るのかと聞けば、『上から下に落ちる事は出来るけど、下から上に落ちる事は出来ないでしょ? 』と説明された。つまり戻れないと。


俺は工場の駐車場で車から降りただけなのに、なぜ異世界に落ちてしまったのか。

工場の駐車場に、ドアを開けっぱなしの車を残して俺が行方不明になったら、事件性を疑われるんじゃないだろうか?

車内にスマホや財布といった物も置いて来ているから余計に疑わしい。


そんな異世界転移とやらをした俺がいるのは、魔術師ギルドにある異世界人担当窓口だ。役場の窓口に似ていて、カウンター越しに小太りの兄ちゃんと向かい合って座り説明を受けている。

俺はつい三十分ほど前、この異世界人担当窓口に転送されて来た。

異世界人が転移して来る場所は座標が滅茶苦茶で、大昔は高所に転移して来た異世界人が落下死してしまう事故が多発していたらしい。

そこで長い年月をかけて世界を区画分けし、転移して来た異世界人が自動的にその区画を担当している魔術師ギルドの異世界人担当窓口に再転送される設定をしているそうだ。


そう、この異世界。魔法が存在する。


ちなみに転移して来た異世界人は個人差があるものの、ここでは魔法が使える様に成るそうだ。

俺達は前の世界に居た頃から魔力を持っているらしい、だが前の世界は魔法が発動しづらい次元だったので、魔法が使えなかっただけなのだと。

そんな次元でも魔法を使える高魔力保有者が、前の世界で言う超能力者や霊能力者と呼ばれている人達で、彼らは次元のせいで発動内容が制限されているが、この世界に来れば大魔術師に成れるそうだ。


と言う事は、俺には大魔術師レベルの魔力は期待できなさそうだ。

霊感なんてこれっぽちも無かったし、腕力以外でスプーンを曲げる事も出来なかった。


他にもこの世界に来た事で変わる事と言えば、言語と文字の読み書きについてだ。

この世界に転移した際に、何故か言語能力がこの世界の物へと変わるらしい。

これについては、今も原因は分かっていないと。

言語能力は前の世界で持っていた能力と同等で、前の世界で数か国語喋れる人間は、この世界でも同じ数の言語が操れるし、数か国語の読み書きが出来る人間は、同じ数の文字が読み書きできる。

ただし転移して来た国が母国語扱いに成り、それ以外の国の言語はランダムになるそうだ。


俺は日本語しか話せないし日本語しか読み書きできないので、この国の言葉と読み書きしか出来ない。

しかし、元々の言語が日本語だと言うのは有利らしい。

日本語は、カタカナ、ひらがな、漢字、ローマ字といった沢山の文字を扱う。

それをこの国の文字に無理やり当てはめると、古代文字や略文字、記号化された飾り文字、魔術文字といった物へと変換され、この国の言語で書かれた書物であれば、専門書でも容易く読める様に成っていると。

一人アパートで暮らす俺の、唯一の趣味が読書だったので、これは嬉しい。


だが、この世界で生きて行くにしても、読み書きは出来るが魔力量は期待できないし、餅に葉っぱを乗せる仕事をしていた俺には、これと言った特技もない。しかも、俺はもう四十三のオッサンだ。

一体、この世界でどんな職業で食べて行けば良いのだろう。


未来に不安を抱いていた俺を慰める様に、小太りの兄ちゃんは言う。


「大丈夫ですよ、今から魔力量の測定と同時に適性も調べますので、その特性に合った職種を紹介できます。それに、この世界に慣れるまでの半年間は住まいと生活費を国が負担しますから」


詳しく聞くと、転移して来たばかりの異世界人を対象とした、日本で言う生活保護の様な物が半年間受けられるらしい。

急に放り出される様な事にならなくて、本当に良かった。

説明を聞いて少しだけ不安が消えた所で、小太りの兄ちゃんから青銅色のカードとファイルに挟まれた書類を渡される。


「では、そろそろ準備が出来ていると思いますので、この札と書類を持って、あちらの螺旋階段から二階の二番窓口に行って下さい」


「はい。分かりました、有難うございます」


書類と札を受け取り、兄ちゃんに言われた木製の螺旋階段を上がって行く。

二番窓口で書類とカードを渡すと、頭からウサギの耳を生やした小柄なオッサンが、光る半透明の石板を持って来た。


うさ耳のオッサンは渡した書類を見ながら、カウンターに石板を置いて説明を始める。


「じゃあ、えっと・・・タツミ・ヤマシロさんね。この石板に利き手を乗せてね。青く光る模様が手を乗せた周囲に浮かんでくるんだけど、それが赤い光になるまで手は離さないで。あ、時間かかるけどトイレには行っておかなくて良い? 」


「そんなに時間かかるんですか」


「四十分から一時間位かな? 」


「行ってきます、トイレどこに有ります? 」


「あっち、突き当りを右に行ったら分かるよ」


初めて使う異世界のトイレは、素材こそ分からないが形は元の世界と変わらなかった。手を洗う水道も元の世界と扱いが変わらなかったので、この世界でもなんとかやっていけそうだ。


手を洗って戻ると、うさ耳のオッサンに促されて椅子に腰かけ、石板に右手を乗せる。

計測が終わるまで退屈だろうと、カウンター越しにオッサンが話し相手をしてくれた。


「ヤマシロさん、その髭いいねぇ。私は種族的に髭が生えないから、髭に憧れるんだよ。私も生やしてみたかったんだけどね」


「あぁ、この顎鬚ね。この髭と苗字から、前の世界では『ヤマさん』っち呼ばれよったんですよ」


「苗字は分かるけど、何でその髭でヤマさんなの? 」


「俺の元居た国の『山』って言う文字に似とるんですよ。それでヤマさん」


工場長に髭を伸ばしても良いか聞いたところ、作業着を着たらどうせ目しか出ないから長くなければ良いよ、と許可をくれたので色々な髭の形を模索してみた。その結果、一番自分に似合っていると思ったのがこの漢字の『山』みたいな形だった。

よく行く近所のうどん屋のオッチャンからも、野武士か剣豪みたいで似合っているとお墨付きを貰えた自慢の髭だ。

髭を許可して貰えたぶん髪は短く刈り上げているのだが、長い工場勤めによる無表情さも相まって、第一印象が厳しそうなコワイ人に見えるらしく、夏休み中の短期バイトに入った子達から休憩室で遠巻きにされていた。


そんな会話をしている間に、石板の模様が青から紫に変わっていった。

カウンターの向こうに座るうさ耳のオッサンの手元に、結果が印刷された紙がカタカタと出て来た。オッサンはそれを見ながら口を開く。


「向こうで精神修業でもしてたの? 忍耐力が強いし集中力も高いみたいだね、精神系の耐性もかなり強くなってるね」


「精神修業とか、した覚え無いんちゃけどね」


ただ、延々と流れて来る餅を見続ける作業で、叫び出したくなる様な、気が狂いそうな時間を長く過ごして来たつもりはある。

流れ作業で鬱状態に成って辞めて行く人達も多い中、俺はかなり長く続いた方だ。

それが精神修業だったと言われれば、そうかも知れない。


「魔力量とか言うのは、どの位ですか? 」


「それはまだ出て無いねぇ。魔力量の計測が終わるのは最後の方だね」


再び雑談に入り、そろそろ一時間になると言う頃ようやく計測が終わった。結果が印刷された紙を二枚渡される。


「魔力量は、けっこう多めかな。日常生活以外にも、魔力を使って仕事が出来るくらいあるよ」


「日常生活で魔力使う事ってあるんですか? 」


「魔法使えば、水道代と言った光熱費が浮くよ。お風呂沸かしたり、洗い物したり。借りる部屋も、湯沸かし器とか付いていない部屋を選べるから、家賃も安くて済むね」


「そうやって魔力を日常的に使っても、更に仕事で魔力使えるくらい残るっち言う事ですか? 」


「そうそう、選べる職種が広がるよ。二枚ある測定結果の紙の一枚は控えだから、ヤマシロさんが持って帰って良いよ。じゃあ、今度はこの結果と書類を持って、もう一度異世界人担当窓口に戻って貰えるかな」


「さっきの場所ですね。あれ、さっき渡した青銅色の札は持って戻らんでも良いんですか? 」


「あぁ、良いよ。アレこの測定器を動かすのに必要な札だから」


「分かりました、有難うございます」


「はいは~い。頑張ってね」


測定結果の紙を持って元の窓口に戻ると、小太りの兄ちゃんから、小柄で小太りのオバちゃんに担当を回された。

次の担当の陽気そうなオバちゃんは、体を揺すってギルドの出口へと向かう。


「はい、お疲れ様ね。じゃあ、その書類を持って役場に戸籍登録に行くから着いて来てね」


そう言いながら、さっき俺が外の様子を伺うために開いた扉を開ける。


「狭くてゴメンねぇ、この扉は異世界に来たばかりの人が使う出入り口でね、ギルドの裏口みたいな物なのよ。後で表の入り口を教えるから次からはそっちから入って来てね」


先導して出て行くオバちゃんに続いて、扉をくぐる。

初めて建物から出て知った現在位置は・・・高い。高すぎる。

向かいの建物も、今いる建物も、かなりの高さがあった。

そして建物は建物なのだが、ビルでは無く巨大な街だ。立体都市とでも言えば良いのだろうか。まるで商店街と長屋の様な集合住宅を積み木みたく無造作に重ねて作ったように見える。

どれだけの人口が居るのかと気が遠くなるような、横にも上にも下にも続く巨大な立体都市が広がっていた。

俺は、これから巨大な積み木の様な都市で暮らすのかと呆然としていると、階段を上がっていたオバちゃんが振り返り、着いて来るよう呼びかけて来た。


呼ばれて手すりをしっかり掴むと、恐る恐る階段をのぼり始める。

これだけの高さが有るのに、足元が網状の金属の階段というのは、怖すぎる。下が金網の隙間から見え、あまりの高さに恐怖で視界のピントがぶれる。


俺達が居た部屋は建物の端の方だったようで、おっかなびっくり登って行く俺を置いてオバちゃんは階段の先の角を曲がって行ってしまった。

慌てて階段を登り建物の角を曲がると、そこから先はレンガと木で出来た階段だった。建築素材を統一して欲しい。

周囲の建物を見るに、木やモルタルっぽい素材、金属にレンガに謎のクリスタルだったりと、なんでもごちゃ混ぜに使用して建造した様だ。


上からオバちゃんが声を投げて来た。


「もう少し上がると飛行竜乗り場の広場に出るよ。それに乗って役場まで行くから、この際だから乗り方を覚えておくといいよ」


オバちゃんの説明を聞きながら階段を登り切ると、半円状の広場に出た。四分の一に切ったボールを壁に貼り付けたような形をしている。

広場に出るとオバちゃんは、俺達が出て来た方向から見て左側を指さしながら言った。


「あそこにある大きな建物が今から行く場所だよ」


オバちゃんが示す方を見ると、青く霞がかった先に巨大な建造物がそびえたっていた。


「で、でったんデカいや無いですか・・・」


「そうさねぇ、確か高さが海抜・・・五千メートル前半じゃ無かったかしら? 」


「かいばつ五千・・・」


確かエベレストが標高八千メートル後半だったはず。

その約半分ちょっとサイズの建造物を建てたのか。

更に驚くのが、かなり先に建っている巨大建造物まで、この巨大立体都市が続いていると言う事だ。


俺は本当にこの巨大都市で、やっていけるのだろうか・・・

時々、ヤマさんのセリフの「~って」が「~っち」に成っていたり

「て」が「と」に成っていたりするのは方言ですので、そのままお読みくださいませ。

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