76帖 都市伝説!?
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
受付では汉族(漢族)のおっちゃんが台帳を見てた。
「あのー」
「何ですか?」
「僕の部屋、ダブルベッドやったんですけど」
「そうですが……。ああすいません、忘れてました。今日は満室でして……、さっき到着したパキスタンの男性お二人のお客さんがどうしてもツインにしてくれと言われたので変更させて貰いました」
なんと。確かに男2人でダブルベッドではな……。僕も多賀先輩とダブルはちょっと嫌やかも。そやけどこっちにも事情ってもんがあるし、これは何とかしてもらわんと困るわ。
「何とかなりませんか?」
「そうですねぇ……」
とさっき見てた台帳を探ってる。パリーサも受付にやって来た。
パリーサに事情を説明してるとおっちゃんは、
「すいませんね。他に部屋が無いので何とかお願いできませんか」
「でも16元のツインで予約したんですけど」
「そうですよね……、ではこうしましょう。あの部屋は80元ですが、特別に16元でいいです。ツインの代金でお泊り頂いて結構です。それで何とかなりませんかねぇ」
なんと! 16元で泊まれるような部屋やないと思てたけど、やっぱり80元もするんや。それを5分の1の値段で泊まれるんは嬉しいけど……、女の子と二人でダブルベッドってどうしたらええんや?
僕はその事をパリーサに説明しようとしたら、おっちゃんが中国語で言うてくれた。パリーサは悩むどころか逆に喜んで「そこでいいです」みたいな返事をした。ほんまにええんか?
おっちゃんは僕に、
「ありがとうございます。明日から大きなバザールがあるので大変混んでます。助かりました」
と言われてしもた。しゃーない、なんとかするかぁ。
「シィェンタイ、さあ行きましょう」
笑顔のパリーサに僕は手を引っ張って行かれた。
「ごゆっくりどうぞ」
というおっちゃんの言葉がなんか意味深に聞こえた。
エレベータに乗りドアが閉まるとパリーサは更に嬉しそうな顔で、
「楽しみねー。いつもお掃除するだけだったのに、自分があんな部屋に泊まれるなんて夢見たい!」
と言うて子どもの様に燥ぎ、
「きっとこのホテルで一番いい部屋よ。私、分かるもん。嬉しいー!」
と興奮してる。
それに比べ僕は少し複雑な心境やった。豪華な部屋に泊まれるんが嬉しいのか、僕と一緒に寝られるんが嬉しいのか……。それと、これからの一週間、理性が欲望に勝ち続けられるのか心配してた。
部屋に戻るとパリーサはいきなりベッドに倒れ込み、バタバタとは燥いでる。
僕も格安でこんな部屋に泊まれて嬉しかったけど、結構冷静やったと思う。もしパリーサとこれからもずっと一緒やったら気分も違ごたかも知れんけど、一週間後には別れなあかんかと思うと何かそこまで盛り上がれへんかった。そうせんと別れる時が余計に寂しくなるからやと思う。
僕は荷物を置き直し、ソファーに座る。ベッドからパリーサが笑顔で見てくる。あんまり素っ気無いのも悪いし笑顔で返しといた。
「パリーサ、嬉しいか」
「うん! とてもうれしいよ。シィェンタイに付いてきて良かったわ」
そう言うてくれるパリーサは優しいやっちゃなぁと思う。それならせめて一緒に居る一週間は楽しんで貰おうと改めて自分の中でそう決めた。
「そろそろ晩ごはん食べに行かへんか」
「そうね。まずはごはんを食べてからゆっくりしましょう」
えっ! 「まずは」って事は、その先に何かあるのか?
僕はドキドキしながらも、
「そしたら上の部屋に行ってるし……」
と、その場から立ち去る事を思いついた。
「ほんで、準備が出来たらおいで」
「うん! 分かった」
僕はメモ帳だけ持って6階のドミトリーに行く。部屋の中では、寝たきり青年以外の日本人4人は端っこのベッドの辺りに集まって話してる。それと、日本人5人以外は全員パキスタン人やった。
「おー来たなぁ。えらい遅かったやんけ」
「すんません、ちょっとした手違いがあって受付に行ってました」
「そうか。ほんで大丈夫やったんか」
「はい、なんとか」
何とかなってないのにそう言うてしもた。僕は多賀先輩と一緒にいた日本人の3人を見て挨拶をする。
「えっと、僕は北野って言います。よろしくです」
「今、多賀さんに話を聞いてたところです。なんか大変ですね。あっ、僕は坂本です」
「俺は真野っす」
「真野は大学の連れです」
と坂本君が付け加える。
「へーそうなんやぁ」
最後はちょっと歳の離れた旅慣れた感じの人。
「私は唐崎と言います」
「3人は一緒に旅してはるんですか?」
「いえ、僕と真野は一緒に日本から来ましたが、唐崎さんとはパキスタンのフンザで会って、それから共に行動してます。さっきのバスで一緒にここへ着きました。あそこのパキスタン人も同じバスでしたよ」
なるほど。その後、いつも通りに身の上話をしてるとパリーサが部屋に入ってきて僕の横にちょこんと座る。
「パリーサちゃん、こんにちは」
と坂本くんが声を掛けてくれた。パリーサも挨拶して自己紹介をした。3人に「可愛いね」と言うてもろてパリーサは上機嫌になってる。でもまぁ上手いことこの日本人の中に入れたみたいでホッとしたわ。
「いろいろ話しもしたいですけど、一緒に晩飯でもどうですかね」
と食事に誘ってみる。
「そうですね、行きましょうか」
「ホテルの前に食堂があるんですが、そこでええっすかね」
「それはありがたい。そこでいいよね」
「僕らはどこでも」
ということで昨日上野さんと行った利民饭店(利民飯店)へみんなで向かうことに。寝たきり青年には坂本君と真野君が声を掛けてたけど、反応は無かったみたい。
実はその二人はインドとパキスタンであの寝たきり青年こと「土山君」と会うたことがあるらしい。インドでは普通やったけど、パキスタンで会うた時は別人みたいになってたそうや。なんか酷い目に会うて人格が変わったみたいやと言うてた。いったい何があったんやろうというのも気になるけど、ちゃんとご飯を食べてるかどうかの方が心配やった。
インドやパキスタンはハマればいいとこに感じるけど、合わへん人は人格が崩壊するかも知れん。そんな人を何人か見てきたし、どっちにしても人生は変わるよと唐崎さんが言うてた。恐るべし、インド&パキスタン!
利民饭店ではまたパリーサが全員分を注文してくれた。お3人さんはカレーは飽きたし中華料理は楽しみやと喜んでる。インドとパキスタンではほぼ毎食カレーやったそうや。
食べながら、やっぱり定番の旅情報を交換する。僕らは、3人がこれからいく北京やトルファンの情報を伝える。もちろんパリーサもトルファンの事をいろいろ説明して話に加わった。3人はインドやパキスタンであったことを話してくれた。
中でも印象に残ったんは唐崎さんが話してくれたある女性の話し。
「日本人で40歳ぐらいのおばさんなんだけど、もう20年も日本に帰ってないらしい」
「あっそれ、僕らもインドで聞きましたよ。日野って言う人でしょう。何でもパスポートも無くして日本に帰れないとか。それでインドに住んでしまってるって聞きました」
「そうそう。通称『日野ばばぁ』。この人、有名なんだよ」
「それって都市伝説みたいなもんですか?」
と多賀先輩が口を挟む。
「いやいや。実際に去年、ネパールからコルカタ(=カルカッタ/インド)に着いた時に見たんだよ。ちょっと太った髪の長いおばさんで、別の日本人旅行者に声を掛けてたよ。なんでも若い奴に声を掛けて騙して金を稼いでるって噂もある」
僕はそんなすごい人が居るんやと驚きながら聞き入ってた。
「で、あれですよね。パスポート無いはずやのにパキスタンや中国のこの辺にも突然現れるんですよね」
「そっ、それなんだよ。ギルギット(パキスタン)で会った奴はピンディ(ラワールピンディ)で日野ばばぁに捕まって逃げて来たらしいけど、奴が言うには近いうちにこのカシュガルに来るらしいってよ。何でも、大きなイベントかあるとかで……」
「それって、もしかして日曜日のバザールですかね」
僕が知ってるイベントと言うたらそれくらいしか無いけど……。
「それかもね。インドで『まりこの店』って言う雑貨屋で商売してるらしいからね」
「マジすか。それヤバないですか」
「どうかねー。日曜日は気をつけた方がいいかもね」
「もしかしたら、もう来てるかも知れませんよ」
と脅してきたのは口数の少ない真野君やったから余計に怖なったわ。
話は尽きへんかったけど、3人は移動で疲れてるから帰って寝ると言うし、多賀先輩も明日の朝は早いしで、続きはまた明日ってことでお開きに。3人ともパリーサの事情に同情してくれて5人での割り勘にしてくれた。感謝、感謝です。
ホテルに戻り、僕とパリーサはエレベータの5階でみんなと別れた。
ドアが閉まる間際、
「北野さん、がんばって下さい!」
「北野、男になれー」
と坂本君と多賀先輩に冷やかされた。
さーて、どうしよ。
これからどうなるか想像もでけへん。僕はちょっと不安になりながら廊下を歩いてた。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
これからの二人だけの時間、どうやって過ごすのでしょうか。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
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今後とも、よろしくお願いします。