75帖 路地裏の子どもたち
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
路地裏では、そこで生活する人々の息遣いを感じられる。家の中までは覗けへんけど声や音でそれを感じることができる。それが好きでよく路地を通り抜ける。たまにちょっと危険な雰囲気のとこもあってスリルも味わえる。
ただそこの住人の迷惑にならんようにする配慮は必要や。写真撮影は場合によるけど許可を取る必要もあるやろ。
今、僕らが歩いてる路地は住宅街の中を迷路のように張り巡らされてて、同じとこを2回、3回と通った感じがする。頭の中でマッピングしてたけど思わず迷子になりかけた。でもそれがまた楽しい。
「北野、ここさっき通ったとこやんけ、へへへ。今度はあっち行くぞ!」
多賀先輩もそれを楽しんでるみたいや。
カシュガルの一般家庭の建物は、レンガと土で作られてる。木材の梁も見えるけどほとんどの材料が土や。そやから住宅街の路地裏は黄土色をしてる。
一部白い漆喰で上塗りされてる壁もあるけど、月日が経ち風化してひび割れてたり剥がれ落ちてたりしてるのも生活感があってええ味を出してる。
僕は観光地よりこういう日常が溢れる風景の写真を撮る方が面白いと思うし好きや。思わずフィルム1本分撮ってしもたわ。
「土の家ってなかなか味がありますね」
「そやけど火事になったらこの辺は狭いし消防車とか入れへんな」
「そうですね。そやけど、この家って燃えるんですかね。全部土ですよ」
「そやなぁ。もしかして水を掛けたらドロドロになって流れてしまうんとちゃうか」
「ですよねー。この辺は放火魔と違ごて放水魔がでたら大変ですね」
「そやでー。火の用心と違ごて水用心やな」
住民の方に聞かれてたら怒られるような不謹慎な話しをしてた。
角を曲がると急に視界が広くなる。住宅街の中に水の無い池と広場があり、池の側では小学校低学年ぐらいの子どもたちが泥んこ遊びをしてる。ウイグルの子ども達や。
その中の一人の少年が僕らを見つけ、
「フォトグラフ、フォトグラフ!」
と言うて寄ってきた。手や足や服もドロドロ。顔まで汚れてたけど大きな澄んだ瞳はキラキラ光ってる。
パリーサは、その少年は写真を撮って欲しいと言うてるんやと教えてくれた。バスターミナルを出てからやっとパリーサの声が聞けたわ。
「ええよって言うたげて」
とパリーサに通訳を頼む。それを聞いた少年は、まだ池で遊んでる友だちと妹らしき4歳か5歳ぐらい少女を連れてきた。カメラを構えるとその少女は汚れた手を服で拭き、髪の毛を整えてる。服は汚れてまうけど髪型は気になるんや。目は茶色でパッチリして、既にこの歳で完成されてると思た。だから大人になったらウイグルの女性はみんなベッピンになるんやと思う。少年の顔も彫りが深く、茶色い目が印象的で大人になったらイケメンになるんやろなと感じさせる。今は泥だらけやけど。
僕が「写真を撮るでー」と声を掛けると3人はピシっと気をつけをする。緊張した表情がとても良かった。大人がそんな表情をするとシラケるけど、子ども達の非日常的な表情は面白い。僕はシャッターを切った。
すると子どもたちは「サンキュー」と言うてまた遊び始めた。今度は遊びに集中してる表情を横から撮らせて貰う。生き生きとした茶色い目が素敵やった。
僕が写真を撮ってる横から多賀先輩は子どもたちに「一緒に遊ぼか」と声を掛けてた。パリーサも通訳しながら「あそぼー」って感じで子ども達に寄っていく。
「シィェンタイもおいでー」
と笑顔で呼んでくれた。カメラを木の枝に掛け、みんなのとこへ行く。
多賀先輩は地面に円を書いて「ケンパ」を教えてた。そのうち広場で遊んでた子たちもやって来て多賀先輩は幼稚園か小学校の先生状態になってる。
僕も「ケンパ」の上級コースを作って盛り上げた。パリーサも子どもに混じって無邪気に楽しんでる。笑顔が戻ってきて少しホッとしたわ。
1時間ぐらい遊んだやろか、一人また一人と家に帰って行き最後に残ったんはあの兄妹だけ。陽も傾き少し暗くなってきた。パリーサに通訳をお願いした。
「家帰らへんのか」
「まだ帰らへん。お母さんが呼びに来るまで遊ぶ」
と次の遊びをせがんでくる。実のところ僕らは疲れてた。多賀先輩は完全にダウンしてさっきから座り込んでる。
そろそろホテルに帰りたいけど、大きな茶色い目は、
「もう少し遊んで!」
と言うてくる。そう言われるとなかなかサヨナラしにくいなあ。
「もう今日は終わりにしよ。また明日来るわ」
「えー、もう少し遊びたい」
「うーん、そや。明日ええもん持って来たげるし明日にしよう」
「うん、分かった。明日、絶対ね」
と、お別れする事ができた。なかなかしっかりしたお兄ちゃんで、妹の手をちゃんと引いて歩き出す。兄妹が二人で住宅街の方に消えて行くのを見届けると僕らもホテルに向って歩きだした。そやけど僕らはまだ「迷子」の途中やったわ。住宅街から抜け出すのにもう少し時間が掛かり、結局遠回りになったけどそれはそれで面白かった。
「北野、さっき言うてた『ええもん』ってなんや」
「へへへ。こんな事もあろうかと、実は日本からビー玉を持ってきたんですわ。あれって綺麗やし外国には無いでしょう」
「そやな、それはええは。俺もいっぱいアイテム持ってるけど明日は俺いいひんし、また遊んだってや」
「いいっすよ。パリーサも一緒に遊べるか?」
「うん、いいよ! 子ども達の笑顔はいいよね」
世話好きのパリーサやし快く返事してくれたんは嬉しかったけど、意外やったんは多賀先輩が子ども好きやってこと。まさかあんな風に子どもと遊ぶとは思てもみんかった。
そういえば大学の学祭の時、僕ら現役の模擬店の横でぎょうさんのおまけやちっちゃなおもちゃを広げて小さな子ども相手に「1個10円」って言うて商売して遊んでたな。元々子どもと触れ合うんが好きなんやろ。
ホテルのロビーでツインルームの鍵を受け取り、荷物の移動の為に一旦6階のドミトリーへ向かう。
部屋に入ると、パキスタン人が増えてたし、僕やパリーサが寝てたベッドには新しく入って来た日本人が座ってる。寝たきり青年は相変わらず寝てる。相当な闇に落ちてるみたい。
「こんちはー」
「こんちはー。すいませんそれ僕らの荷物ですわ。部屋変わりますねん」
「ですよねー。今日この部屋は満室って聞いてたから不思議だと思っていました」
「あれ、日本の方ですか?」
とパリーサを見てもう一人の日本人が聞いてる。パリーサは自分のベッドに他の人が座ってるんを見て戸惑ってた。そうや、ツインに替えた事はまだ言うてへんかったわ。
「いや、違うんですわ。ウイグル人です。ちょっと訳有ありで……。えーっと、後でまた来て説明しますわ」
「へー、そうなんだー」
とちょっと怪しい目で見られた。まあ、しゃぁないか。
「パリーサ、部屋替わるで」
「替わる?」
僕はツインルームの鍵を見せると流石は現役のホテル服务员(従業員)、パリーサは意味を分かってくれたみたいでカバンを取って僕に付いてくる。
「また後で来ますわ」
と言うて部屋を出た。
「いいの? ツインルーム。高くない」
「ええよ。その方が安心できるやろ」
「うん、嬉しい。今晩は安心して寝られるわ。シィェンタイ、ほんとにありがとう」
笑顔で喜んでくれたし、これで良かったんやと自分自身を納得させた。
部屋は5階の一番奥の510号室。吹き抜けからは下のロビーが丸見えで、なんかええ眺めや。パキスタン人がぎょうさん居った。
「わーすごーい」
とパリーサも興奮してる。
廊下の突き当りの部屋を鍵で開けて入る。
結構広い部屋でソファーとテーブルもある。北と東が窓になってて眺めも良さそう。清掃が行き届いてて清潔感もあるし、シャワーもトイレもあってええ感じや。こんな部屋にたった16元で泊まれるなんてウソみたい。辺境の地カシュガルは相場が低いんかな?
「わー、なんだかゆっくりできそうねー」
やっぱ知らん男と一緒のドミトリーは緊張してたんやな。表情が緩んでた。
とにかく部屋を替えて正解やったわ。
「あれ?」
とパリーサは不思議そうな顔になる。
「どうしたん?」
パリーサはカバンを持ったまま部屋を眺めてる。僕も部屋をもう一度見回した。
「シィェンタイ……。ベッドが一つしか無いよ」
「えっ、ほんまや! これってダブルベッドやん」
確かに横幅の大きなベッドが一つしかない。枕が2つ置いてあるんでダブルベッドで間違いない。受付のお姉さんにツインで予約したのにどうなってんの? やばいやん。
「パリーサ、ちょっと受付行って聞いてくるわ」
僕は荷物を置いて、今来た廊下を戻りエレベータで1階の受付を目指した。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
すいません。晩飯すら辿り着けませんでした。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
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