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広く異国のことを知らぬ男  作者: すみ こうぴ
【中国】喀什噶爾
74/296

74帖 私は香妃よ

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す


 3人を乗せたロバ車は市街地を抜け、コトコトと並木道をゆっくりと進む。ロバ車の進む速度で並木の間から見える風景と時間は同じくらいゆっくりと流れる。


 パリーサは運転手のウイグルのおじいさんとウイグル語で楽しそうに話してる。時々僕の方を見て微笑んでは、おじいさんと二人で笑ってる。何か僕の良からぬ噂をしてるようや。今はその気が無いんで、帰ったら問い詰めたる。


 それよりも、こののんびりとしたロバ車での移動が心地よかった。マッタリとした時間を何も考えんと過ごすんが幸せに感じる。ずっとこのままで居たいと思うぐらい気持ちが楽やった。


 周りは果樹園や畑が広がり、その向こうはもちろん砂漠や。日本には無い光景をボーッと眺めてた。

 暫くして、ずっと黙って遠くを見てた多賀先輩が話し掛けてきた。


「北野。あれ見てみ」


 と指を差した南の方を見ると、雪を頂いた高い山々がくっきりと見える。


「結構いい山ですね。キツそうですやん」

「なんて言う山やろ?」

「雪もあるし、ここから見えるとしたらムスターグ・アタかコングールですかね」


 昨日、ホテルからも見えてたけど、今日は空気が澄んでてより一層はっきり見える。何か登りたなってきた。


「ほう、あれがそうかぁ。写真集で見たことあったけど、まさかほんまもんが見られるとは思てんかったわ。それで標高はどれくらいやったけ? 7千ぐらいあるんか」

「そうっすね。どっちも7千5、6百やったかな。確か氷河もあったと思いますわ。そやし結構高いんとちゃいますか」

「そーか、すごいなぁ……。やっぱ山はええなぁ」

「ですねー。登ってみたいですわ」


 砂漠の中から見る雪の山々は世界が違い過ぎて面白い。頂きはめっちゃ寒いんやろなぁ。


「パキスタン入ったら山登ろか。そんな6千とか7千とかは無理やし、日帰りで登れそうな山を」

「いいすね。有名どころを登ってみたいけど僕らの金と装備では無理やし、名も無い山でええさかい富士山より高い山、登りたいですわ」

「そうやな。それおもろいやん。富士山登ったこと無いけど、それより高い山登った言うたらおもろいやろなぁ」

「僕も登ったこと無いですし、富士山登った言うて自慢してる奴の鼻を明かしてやりたいですわ」


 山の話になると僕らは止まらなくなる。

 そうしてるうちに小さなオアシスの村に入った。ちょっとした商店や食堂の角を曲がると、阿巴克(アーパークェァ)霍加麻扎(フォジャマーヂャ)(アパク・ホージャ墓)の入り口があり、その奥に大きな霊廟が見えてきた。


 入り口の前でロバ車を降り、入場券を買う。その入場券にはなんと日本語で「ようこそアパク・ホージャ廟へ」と書いてある。裏には簡単な説明文がこれまた日本語で書いてある。

 遥々中国最西のオアシスまで来て日本語のお出迎えとは、苦労して遠いとこまで来た甲斐が無いと言わざるを得んわ。日本語に会えるのは嬉しいけど、ここではあまり会いたくないもんや。

 因みに入場料は人民は1元やけど外国人は3元やった。


 その説明書によるとアパク・ホージャ廟は、16世紀末にこの辺の有力者アパク・ホージャとその家族の墓群で別名「香妃墓」と言う。

 香妃墓とはホージャ氏の娘イパルハン(本名はマイムールアズム。前夫は戦死しており未亡人や)が清の乾隆帝の妃となり「香妃(シィァンフェイ)」の号を賜った。そやけど前夫への貞節を守り乾隆帝の寵愛は受けなかったという伝説に因んでいるらしい。



 中に入ると庭園があり、花が咲いてたら綺麗やろけど今は何も咲いてないんで味気ない。そやけど霊廟はすごい。高さは10階建てのビルぐらいで、緑色のタイルで綺麗に装飾されてる。また細かなモザイク模様は見事やった。

 霊廟の中は広々としてて、屋根は丸いドーム型。壁や天井の装飾はイスラム風で綺麗や。やっぱりここは中国と違ごてイスラムの世界やと思わずにはいられへん。


 ふむ? あれ!


 偶然やけど、昨日見た夢に出てきた王宮に似てるかも。もしかしたら僕はここへ呼ばれてたとちゃうやろか。ということは、アパク・ホージャさんの御霊に誘われたって事? そう思うと背筋がゾクゾクしてしくる。


 一段高い所には棺が幾つも並んでて、蓋が少しずれて開いてる。ワザとなんかどうなんか知らんけど、今にも「こっちへいらっしゃい」と呼ばそうでちょっと怖い。

 あんまり人のお墓は見るもんやないと思い、早々に外へでて写真を撮ることにする。


 アングルを選んで撮ってみたけど、美しい建物が写ってるだけで何も面白ろない。どうしたものかと思てたら、中からパリーサが出てきた。「写真撮ったげるわ」と言うと喜んでポーズをしてくれたけど、なんか奇妙なポーズをとってる。


「それは何してんの」

「えへ! 私は香妃(シィァンフェイ)よ」


 香妃って……。まさか、香妃の生い立ちを知ってて言うてんのか。そやけど、そう言われると昨日の夢の「王妃パリーサ」を思い出してしもた。


「何言うてんねん。アホか」


 僕は日本語で言うてみたら、


「アホって言うな!」


 とパリーサは鋭い目で睨み日本語で返してきた。「アホ」って日本語は知ってるのね。


「ごめん。ごめんな」


 と言うとパリーサは微笑み、調子に乗ってまたポーズを取ってる。香妃ってこんな感じのウイグルの女の子やったんかなと、なんとなく想像して見惚れてしもた。


 もうこれ以上見るもんも撮るもんも無いし、外へ出ることにした。

 丁度お腹も減ってたし、角の食堂へ行くことにする。多賀先輩の発案でロバ車のおじいちゃんも誘おって事になって、入り口で待っててくれたおじいさんに声を掛ける。お金は僕らが出すよと言うと、おじいさんは喜んでくれた。


 そのお返しかどうか分からんけど、食事中はウイグルの昔話を延々と語ってくれた。日本語とウイグル語混ざりで、ウイグル語はパリーサが英語で説明してくれたけど、結局は何の話かよう分からんかった。それでも、こうやっておじいさんと話ができたんがめっちゃ嬉しかったし、多賀先輩もとても満足気やった。

 そう言えば僕の祖父にどことなく雰囲気が似てる思う。老人は皆同じ雰囲気やろけど、なんか親近感が湧いてきた。こんな異国の地に自分のおじいちゃんが出来たような気がして少し温かい気持ちになれた。


 帰りはバスターミナルまで送ってもらう。そこで多賀先輩は林さんに会いに行くための阿图什(アェトゥシェン)(アルトゥシュ)行きのバスを探し、僕はパリーサを吐鲁番(トゥールーファン)(トルファン)へ帰す為のバスを探す。その事を帰り道、パリーサに話した。


「バスターミナルで吐鲁番行きのバスのチケット買うわ」


 パリーサのテンションは一気に下がってしもた。


「やっぱりパキスタンに行ってしまうのね」

「そうせんとパリーサが家に帰れへんやろ」

「そうね。ずっと一緒に居たかったけど、それは出来ないって分かってたけど……」


 パリーサと別れるのが僕も少し辛いなって思てきてる。最近、特にそう思うようになってきてるけど、旅の目的の為にはどうしようもできん。辛いけど何処かでケジメを付けなあかん。


「僕もそう思ってるんやで」


 ああ、言うてしもた。言うてから後悔した。


「ほんとに」

「うん。でも……、パキスタンは行かなあかんねん。もしパリーサが良かった、ギリギリまで一緒に居れるようにするし」

「……」


 パリーサは泣きそうな顔になり、またおじいさんの横に行って座りウイグル語で話し始めた。言葉は分からんけど、おじいさんはパリーサを慰めてくれてるみたいや。パリーサはお爺さんの横で声を出さずに隠れて泣いてたと思う。



 バスターミナルに着き、代金の10元を払ろて僕らは荷台から降りた。パリーサはもう泣いてなかったし、スッキリした様な顔をしてた。いや、そんな顔を作ってたんかも知れん。

 親しくなったおじいさんともここでお別れ。

 別れ際におじいさんは、


「またカシュガルへおいで」


 と優しく言うてくれた。


「今度はいつ来れるか分からんけど、それまで生きててや」


 と言うとおじいさんは笑いながらロバ車を動かし、手を振って去っていった。多分、永遠の別れになるやろう。そう思うとやっぱり寂しくなってくる。



 僕らはそれぞれのバスのチケット売場を探す。トルファン行きのチケット売場はすぐに見つかり、窓口でバスの出発予定を聞く。丁度木曜日の便があった。


「パリーサ、僕らと同じ木曜日でええか」


 と聞くと、静かに頷いた。チケットは行きと同じ53元。出発時刻は新疆(シンジィァン)時間の朝8時で2泊3日の旅や。

 購入したチケットをパリーサに渡すと、


「木曜日までシィェンタイが持ってて」


 と言うてチケットを返してきた。


「えっ、なんで?」

「私が持ってると、破って捨ててしまうかも……」


 それを聞くと、僕はひどく心を締め付けられた。パリーサの気持ちを考えると涙ができそうやった。健気で愛らしい……、と思てしもた。

 僕は残り少ない日々をパリーサの為に尽くそうと思う。楽しい思い出をたくさん作って、ほんで笑って別れられる様に。


「そしたら……、木曜日まで毎日楽しも」

「……」

「パリーサのしたいこと、食べたいもの、欲しいもの、なんでも言うてや」

「いいの?」

「ああ、ええで。どんどん言うて。二人で楽しも。パリーサがここまで付いて来てくれたお礼や」


 パリーサは少し考えて、日本語で喋ってきた。


「それでは、よろしくおねがいします」

「こちらこそ、宜しくお願いします!」


 パリーサに少し笑顔が戻ってきた。僕はチケットを失くさんようにウエストバッグの中にしまう。


 そこへ多賀先輩が戻って来た。チケットが買えたみたいで、明日の朝イチのバスで新疆時間の7時半に出るらしい。多賀先輩は僕らと対象的に嬉しそうで浮かれてた。僕も浮かれたい気持ちはあるけど、どうしたらええか分からんかった。後でゆっくりパリーサと相談して、本気で楽しもうと思た。


 夜までまだ時間はあるけど一旦ホテルへ戻ることにする。ホテルへの帰り道は、恒例の路地裏を通って帰る。

 その間、僕はパリーサの顔を何度も見たけど、パリーサは真っ直ぐ前を見て歩き、目を合わせる事はなかった。



 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 今晩「僕」は女の子と初めて二人だけの夜になるはずです。「僕」はどうするのでしょうか。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。


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