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広く異国のことを知らぬ男  作者: すみ こうぴ
【中国】喀什噶爾
73/296

73帖 ペルシャ風

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す


 6月7日、金曜日。

 僕は多賀先輩の声で起こされた。既に身支度を済ませベッドに座ってる。パリーサも眠たそうな顔をしてたけど、カバンも持って外出の準備ができてた。


「昨日の夜は大変やったみたいやな」


 そうや。パリーサがパキスタン人に覗かれてた事を思い出し、起き上がって昨日確認しといたベッドを見てみたけど既に人はおらんかったし、荷物のたぐいも無い。


「そうですわ。もしかしたら、別の部屋から侵入してきたかも知れませんわ」

「そやな、部屋の鍵も無いし開けっ放しやからな。ほんでどないするんや」


 僕はパリーサの顔を見た。まだ少し不安そうな顔をしてるんを見ると、昨日考えてた通りにするしかないと思た。


「後で部屋を変えてもらいますわ。ツインが16元や言うてたし、そっちに移りますわ」

「その方が、何かと都合がええしな。へへへ」

「そんなんとちゃいますから……」


 多賀先輩は嫌らしい目で笑ろてる。そんな事を言われて悔しいけどそれ以上言い返せん。僕の身にもなってみぃ……。

 しつこくニヤついてくる多賀先輩を見て、訳も分からずニコニコしてるパリーサが可哀想に思えてきた。多賀先輩が何を言うてるんかは絶対に言えへんけど……。


 僕は話題を変え、今日の予定はどうするか相談した。

 優先事項はパキスタン行きのバスのチケットを確保すること。バスはこのホテルから出るんで受付でチケットが購入できる。できれば、トルファンで出会った古沢さんオススメの「日曜バザール」を見たいんで月曜日を出発予定にした。

 その後は適当に街をぶらついて、行けたら遺跡でも観光に行く。多賀先輩のリクエストでバスターミナルに行きたいらしい。阿图什(アェトゥシェン)(アルトゥシュ)行のバスを探すそうや。


「やっぱ林さんに会いに行くんですね」

「まーな。住所も教えて貰ろたし、明日行ってみるわ」

「会えるといいっすね」

「会えるやろ」


 会えるかどうか分からんけど多賀先輩の好きなようにしたらええわと思てそれ以上は聞かんかった。


「ほな行こか」


 と言う事で、ベッドで本を読んでる寝たきり青年に挨拶をして部屋を出る。その青年から返事はなかった。どこから来て何処へ行くのかも分からんけど、ひどい目に遭うたんやろか、なんか肉体的にも精神的にも参ってる様子やった。

 上野さんは既に旅立ったみたいで、挨拶もお礼も出来ひんかったんが心残りや。


 受付では汉族(ハンズー)(漢族)の綺麗なお姉さんが対応してくれた。北京のホテルの服务员フーウーユェン(従業員)みたいに事務的で投げやりな感じやのうて、日本語で心のこもった対応をしてくれて嬉しくなってしもた。


 バスは土曜日と月曜日と木曜日に出るらしい。しかも20元と安かった。そやけど月曜日はもう満席で明日は無理やし、多賀先輩と相談して木曜日のチケットを購入する。チケット番号はNo.11と12やった。結構乗る人が居るみたいやし、今日予約しといて良かったと二人で顔を見合わせてた。危うく木曜日も乗れん様になるとこやったわ。


 それと昨日決めた様に僕とパリーサはツインルームへの変更をお願いする。汉族のお姉さんに変な目で見られるとイヤやから昨晩の話を付け加えると「その方が安全ですね」と言うてくれた。めっちゃええ感じの人やったわ。その間、多賀先輩とパリーサはカウンターにある地図を見てこれから行くルートを話してた。



 ホテルの外は空気が澄んで日差しは強かったけど風は乾燥してて涼しい。


「あんまり暑く無いですね」

「そうやな。ここは標高千二百メートルぐらいあるらしいで」

「武奈ヶ岳ぐらいですね」

「そやなぁ、武奈と同じ位かぁ」

「そやけどよう知ってますね」

「さっきの地図に書いたったわ」

「なるほど」


 とは言うたものの、バザールまで歩いて来ると汗が流れだす。道路脇のラッシー屋に寄り、3人で氷入のラッシーを飲む。羊のヨーグルは少し癖があるけど酸っぱくて美味しい。隣のナン屋でドーナツを大きくした様な形のナンを買うて、朝飯代わりにする。ここのナンは表面が乾パンみたいに固かったけど、僕はそれがとても美味しく感じ日本でも売って欲しいと思た。


 バザールはまだ平日の12時つまり新疆(シンジィァン)時間の10時やのに人が多い。

 売ってる人は殆どウイグルか柯爾克孜クェァェァークェァズィ(ズー)(キルギス族)で、お客さんも殆どがそうやとパリーサが言うてたけど、独特な服装のパキスタン人もかなり目立ってる。パキスタン人の一行にすれ違ごた時に親しげに挨拶された。同じ部屋の人やろか?

 パキスタン人はまだ個別認識ができへんのでみんな同じ顔に見えるし、なんと言うてもゲームに出てくる鼻の下に髭を蓄えたナントカブラザーズの色黒版みたいで面白かった。

 それに日本人も結構居る。僕らみたいなバックパッカーも居るけど、中年のグループや夫婦連れも居った。

 そのおばさんには、


「あなたたち、日本人。若いのっていいわねー」


 なんて声を掛けられた。こんなに日本人が居るやなんて、辺境の地に来た感覚が薄れて興醒めしたわ。


 そやけど売ってるもんはトルファンのバザールでも見たことないもんもあって面白かった。果物や野菜も豊富やったけど、何に使うか分からん様な容器や工芸品など、中華風でもウイグル風でもない変わった装飾のものがある。女性用の服なんかも複雑な模様が入ってて、ほんまかどうか分からんけど僕らは、


「ペルシャ風やな」


 と呼んでた。


 そんなペルシャ風の装飾品屋の前で釘付けになってたんはパリーサや。色もペルシャ風なら模様もペルシャ風なテキスタイルを手にとって眺めてた。

 そういえばパリーサは薄ピンクに白で刺繍された同じ布をずっと被ってる。替えは持ってきてないみたいやし買いたくてもお金無いやろうから、一つ買うてあげようと思た。


「パリーサ、頭に被る布を買うたげよか」

「ほんと! でも……」

「ははは。お金の事は気にせんとってて言うたやろ」

「……」

「好きなん選び」

「いいの?」

「せっかくカシュガルまで来たんやから。それに妹の……」

「レイラ?」

「そうそう。レイラちゃんにもお土産に買うたろや」


 そう言うと少し嬉しそうな表情になるパリーサ。なんか久しぶりに見る笑顔や。それくらいでパリーサが笑顔になれるんやったら少しぐらいお金かかってもええし、その方が僕も嬉しいと感じるようになってきてる自分に気が付いた。


 僕は楽しそうに布を選ぶパリーサの横顔を見て考えてた。毎日一緒に居てると、初めは鬱陶しいと思てた事が優しさかなと思うようになり、もともと可愛い顔はより魅力的にも感じてきた。それはお金を無くしたと言う同情からくるもんとは違うんかなと自問自答してた。どうもそれとは関係なく、ほんまにそう思う様になってきてる……。


「やっぱり、無理だわ」


 僕の心が分かるのか? と一瞬ドキっとした。


「ええよ、ええよ。買おうや」

「ううん、どれにするか迷っちゃって。どれも素敵なの」


 そりゃ全部は買えへんで。


「そしたらまた来たらええわ。そや、日曜日のバザールを見てから決めたら」

「そうね。そうしましょう。シィェンタイ、いい考えだわ!」


 そう言うと店を離れ、先を歩いて行くその足取りは軽そうやった。

 ドライフルーツ屋やに立ち寄り、おやつに干しぶどうを買うことにした。僕は黄緑の葡萄を選ぶ。パリーサに何がええかと聞くと、控えめに杏儿(シンェァー)(杏の実)を指差してた。それぞれ3元分ずつ買うた。結構な量やった。多賀先輩は紫の葡萄を買うてた。そや、カボチャの種も欲しいなと懐かしい味を思い出してた。


 バザールを抜けると大きなモスクの前に出た。


艾提尕尔清真寺アイティガーェァモスク(エイティガール寺院)よ」


 全体的に黄色いモスクはやはり中国とはまた違う異国感を出してた。バザールもこのカシュガルの町並みも含めてここは中国ではなくペルシャやと思えた。ペルシャにはまだ行ったこと無いけどそんな気がする。


「このモスクは中国(ヂョングゥォ)で一番大きいのよ。そして結構古い建物なの。見られてうれしいわ」

「なぁパリーサちゃん、この中には入れへんのかぁ?」


 珍しく多賀先輩が興味を示す。パリーサは近くに居たウイグルのおっちゃんに聞いてくれた。


「金曜日だから外国人はダメなんだって」

「そうなんや。そしたらパリーサちゃんは入れるんか?」

「そうよ、入れるわ。女性専用のお祈りの部屋があるのよ」


 そういえばパリーサがお祈りしてるとこ見たこと無いなぁ。


「パリーサは何時お祈りしてるんや」

「えーっと、それは秘密よ」


 と言うて笑ろてた。コイツ、手ぇ抜いてしてへんなぁと疑った。

 まぁ入れへんのやったらしゃあないし、外観の写真だけ撮った。ついでに3人で記念写真も撮る。僕とパリーサのツーショットも撮った。なんか嬉しかった。

 パリーサと多賀先輩のツーショットも撮り、何故か僕と多賀先輩のツーショットも撮った。撮ったのはパリーサで、なんかめっちゃ楽しそうに喜んでた。


 そんな事をしてるとロバ車タクシーのおじいちゃんが寄ってきた。


「あなた、日本人?」


 と日本語で話してくる。


「そうや」

「行こう、観光行こう。アパクホージャ行こう」


 と言うてきた。


「アパク・ホージャ墓かぁ。古沢さんも上野さんも綺麗や言うてはりましたね」

「そうか。ほな、行こか。パリーサちゃん、いくらか聞いてや」


 パリーサは張りきって値段交渉を始めた。ここは頑張らなあかんみたいな気概を感じさせる姿は健気やと思た。


「2時間10元でいいかって」

「ええんちゃう。そのかわり帰りにバスターミナルに送るように言うといて」

「ええ、わかったわ」


 と多賀決済がおりたところで、3人で荷台に乗り込む。


 おじいさんのロバ車のロバは今にも死にそうな顔をしてたけど、おじいさんの言う通りに荷車を引いて東へ向かって歩き出した。



 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 暫くはカシュガルの平凡な日々です。「パリーサ」と「僕」の関係は変化しそうな感じです。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。


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