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広く異国のことを知らぬ男  作者: すみ こうぴ
【中国】喀什噶爾
70/296

70帖 お金が無い

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す

 ロバ車のおっちゃんは、脅してきた割にあんまり迫力は無かった。


其尼巴(チーニーバー)宾馆(ビングァン)(其尼巴ホテル)や言うてるやろ。それに4元しか払わん」

「コラ、おっさん! 4元や言うたやないか」


 と多賀先輩も声を荒げた。


「其尼巴なら、10元くれ」


 ちょっと怯んだおっさん。

 パリーサを入れて3対1やし、このおっさんとなら勝てる気がして強気に言うた。


「あほけー!4元以上は払わんわ」


 そんな僕らの形相を見てパリーサが心配してきた。


「シィェンタイ、どうしたの。何かあったの?」

「あんな、このおっさん10元払わんと其尼巴に行かへんって言うねん」

「わかったわ」


 パリーサはウイグル語で話ししだした。そやけどおっさんもなかなか引かへん様子や。

 そこへ通りがかりのウイグルのおじいさんが話に入ってきた。このおじいさんも少し日本語が話せるみたいやったけど、パリーサがウイグル語で説明してくれた。それにしても日本語を話せる人が多いなぁ。


 そのおじいさんの説得のお陰で4元のまま行くことになり、おっちゃんはロバ車を渋々走らせた。

 それでも暫く走るとまたロバ車を止めて


「8元払ってくれ」


 と言い出す始末。そんなに金が欲しいのか。


 確かに僕らみたいに旅をしてる奴は金を持ってる。日本人に比べたら現地の人の方が貧しいと思う。節約はするけど、それ相当に金は落としてるつもりや。

 僕らは旅行者やし、ぼったくられるのもしょうが無いと思う部分もある。日本やったら絶対に無い。寧ろ旅行者やから安くしたげようと思う人はたくさん居った。


 そやけど一旦約束したもんはちゃんとやって貰わんと、ええ気持ちで旅をしたいのに、それこそ親切な人もいっぱい居るのに……、そこの人々が嫌いになってしまうやないか。


 お金に関係なくみんなと仲良く楽しくやりたいと思うんは僕らの身勝手やろか?


「だいたい4元も払うちゅうてるのに、4元でも高いって知ってんねんぞ!」


 ちょっと腹立ってきたわ。


「それなら4元も払わん。ここから歩いて行くわ」


 多賀先輩は降りるフリをする。するとロバ車のおっちゃんは、


「分かった、4元だ。乗って行くね」


 と諦めた様で、またロバ車を動かした始めた。なんやんこのおっちゃん。金が取れへんと分かると急に弱気になって。大人しかったらなんぼでも取るつもりか?


 走り出してすぐに其尼巴宾馆前の道路に着いた。4元払ってロバ車を降りるとおっちゃんは、


「あと1元くれ。あと5角でもいい」


 と言うてきた。


「嫁さん、いる。子ども、たくさんいる」


 今度は情に訴えてきよった。

 もし途中で脅してこんかったらチップでも渡そうかと思てた。そうしてもええぐらい街を回ってくれた。

 そやけど今はあんな事を言われて腹が立ってたし、泣き縋るおっちゃんを無視しながら僕らはホテルに向かって道路を横断した。


 くそー! なんか後味悪い。


 そやけど……ええ人もいっぱい居るし、ムカついてても何の得にも成らんさかい僕は気持ちを切り替えて歩いた。



 ホテルへは道路から50メートルほど石畳が敷かれた専用の通路があって、両脇には植木や花壇も整備されてる。8階建てで、今まで見たホテルの中でも一番立派な建物や。かなり高級そうに見える。


 ロータリーには大型のバスが止まってって、バスの周りにはパキスタンの民族服「シャルワール・カミーズ」を着たおっちゃん達が屯してる。みんな黒い顔で、鼻の下にはヒゲをはやしてる。大きくてギョロっとた目は鋭く、少し恐怖を憶えた。

 そやけど僕らの姿を見るとフレンドリーに挨拶をしてきた。


「あなたはジャパニですか?」

「そう、日本人やで」

「おお、アッサームアライクン」

「アッサラームアライクン!」

「お元気ですか?」

「はい、元気です」

「今日はこのホテルに泊まりますか?」

「はい」

「ここはいいホテルね」

「分かった、おおきに」


 パキスタン人は英語が上手いね。昔イギリスに支配されとった名残やろか?

 たったこれだけの会話やったけど、国境の街の匂いがプンプンしてきたわ。パキスタンの人々がどんな民族性があるか分からんけど、これから先はこういうおっちゃんと付き合っていくんやなと、何でかちょっとビビってしもて気合を入れてた。


 前を見ると、先を歩いてた多賀先輩がホテルを見上げ、心配そうにしてた。


「北野。ここ、めっちゃ高いんとちゃうか」


 確かに! 僕もそう思た。


「そやけど古沢さんはここが一番安いて言うてはりましたよ」

「そうやなぁ。いくらて言うてたっけ?」

「えーっと、一泊10元出したら泊まれる……、やったかな?」


 パリーサも心配そうな顔で口を挟んでくる。


「ねーねー、ここって高そうじゃない。私が勤めてる吐鲁番(トゥールーファン)宾馆(ビングァン)(トルファンホテル)より高そうよ」

「そうなんかぁ?」

「きっと高いわ」

「まー取り敢えず入って聞いてみよ」


 入り口に向かって歩いていると、中年ぽいパキスタン人が近寄ってきてた。


「チェンジマネー(両替しませんか)?」


 両替屋か。その手にはドル紙幣と人民币(レンミンビー)(中国の紙幣)にパキスタンの紙幣やと思われる札束をどっさり握とってる。こんなにおおぴらにやってもええんかなと心配になるわ。レートも気になったけど先ずは宿泊の事が優先やし、


「また後で」


 と言うて断る。「OK、またね」みたいな感じですっと離れて行った。意外とあっさりしてるな。


 入り口まで行き多賀先輩は緊張した面持ちで立ってる。僕が横に並ぶと、


「ほな、行こか」


 と気合の入った声で言うてきた。そないに大層なことや無いと思たけど、僕は多賀先輩の雰囲気に合わせ、


「へい」


 と低い声で返事をする。


「いざ!」


 ロビーに向って歩きだそうとしたら、僕はパリーサの姿が無い事に気が付いた。

 後ろを振り返ると、さっき両替屋と話してたところで困った顔をして狼狽えてるパリーサの姿があった。

 両手で身体のあちこちを押さえたり、必死にカバンの中を弄ってる。


「パリーサ、どうしたん」


 と言うて歩いて行くと、今にも泣きそうな顔でこっちを見てきた。


「シィェンタイ……」


 と言うと、パリーサは座り込んで泣きだしてしもた。

 昨日のこともあるし、僕は泣いてるパリーサがなんか苦手や。そやけど声を掛けん訳にもいかん。


「パリーサ、どうしたんや」


 もしかしてさっきのパキスタン人に何かされた? 疑ったらあかんけど、パリーサの泣いてる様子を見るとそう思てしまう。

 バスの回りに居るパキスタンのおっちゃん達もこっちにやってきて、


「どうしたんだ。何かあったのか?」


 と心配してくれた。それはええねんけど、5、6人のおっちゃん達に囲まれると、あの鋭い目はちょっと恐く感じてしまう。


「大丈夫や。この子は僕の友達やし、心配ないよ」

「そうなのか。何かあれば言ってくれ。手助けするぞ」


 と優しく言うてくれた。僕はパリーサの肩を抱き通路の端に連れていく。


「パリーサ、どうしたんや。説明できるか?」


 小さく頷くと中国語で、


我的钱包ヲーデェァチィェンパオ可能(クェァノン)被偷走了(ベイトウゾウラ)……」


 と言うとまた泣き出してしもた。何を言うたんか全く分からんけど、安心させなあかんと思て、


「心配するなよ。僕がなんとかするから」


 と言うと、少し頷いてた。


「何処か痛いとこあるか?」


 と聞いたけど、パリーサは首を振ってる。なんかされた訳ではなさそうで少しホッとした。

 そしたら何やったやろと、ホテルに着いてからの様子を振り返った。多賀先輩もパリーサに声を掛けてくれる。

 するとパリーサは俯いて泣いたままゆっくり話し始める。


「気がついたら……、お金が無いの」

「お金が無い?」

「そう。ポケットの中の钱包チィェンパオが無くなってたの」


 そうか、財布を無くしたんか。それを多賀先輩に言うと道路まで探しに行ってくれたけど、何処にも無さそう。


「いつまであったんか、覚えてる?」

「朝ご飯の時……」

「それから钱包は使った?」


 首を振ってた。そうやわな、昼飯は僕が出してるし、全然お金は使こてないわな。そしたらロバ車で? それともバスの中? その前やったら……もしかして砂丘で転がってた時かな? 誰かに盗まれるというシュチュエーションはあんまり無かったし、やっぱり砂丘で滑ってた時か。


「パリーサ、钱包は何処に入れてたん?」


 パリーサが指差したのは、黄色いワンピースの下のズボンのポケットやった。


「もしかしたら、砂丘で転がった時に落としたかも知れんな」

「そう。私も……、そう思う」


 めっちゃ入ってたんやろか、パリーサは顔をくちゃくちゃにしてまた泣き出してしもた。

 財布は諦めなしゃあないな。そやけど困ったな。お金は何とかするとして、パリーサには泣き止んで元気になって欲しい。


「もう泣かんでええで。お金やったら僕がなんとかするし。大丈夫や」


 と言うたけど、まだ泣き止まへん。


「心配するな。ちゃんとホテル代やらご飯代やら、バス代もちゃんとするし。なんも心配せんでええで。僕に任せてといて」


 まぁお金の事やったら何とでもなるわ。それでパリーサが困らへんかったらお金なんて……、どうでもええわと思た。


「お金はええねん。それよりパリーサが泣いてる事が僕には辛いわ」


 こうなったら泣き止むまで待つことに。

 いつまでかかるかなと思たけど、以外に早くパリーサは泣き止んだ。手ぬぐいを渡すとそれで涙を拭き、顔を上げてきた。

 腫れた瞼と鼻が赤くなってる。


「ごめんさない」

「おーおー、全然大丈夫。無いもんはしゃーない」

「ホントに、ごめんなさい。私、迷惑掛けて……」

「そんなん言わんとこな。気にせんとこう」


 パリーサの手を取って立ち上がった。その後もパリーサは「ソーリー、ソーリー」と何回も言うてくる。


「もうごめんって言うたらあかん。分かった?」

「うん」

「パリーサは悪くないんやから」

「……」


 そう言うても落ち込むわな。財布無くしたんやもん。どうしたら元気になってくれるやろ?


「そしたら、パリーサにお願いがあるんやけど」

「なに……」

「ここのホテルの値段の交渉してくれるか」

「う、うん、いいわよ」

「ほんなら頼むで」

「うん!」


 そう言うとやる気が出てきたんか、少しやけど顔に元気が戻ってきた。

 僕らはパリーサの後ろに付いてロビーに入る。


 どうか格安で泊まれます様に!!



 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 裏切られるのがやっぱり辛いですね。お金が無くなるの大変ですが。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。


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