69帖 西の果ての喀什噶爾
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
バスはまた猛スピードで走りだす。社長によると、どうしても18時、つまり新疆時間の16時までに喀什(カシュガル)に着きたいらしい。あと1時間ちょっとかな。
中国にはスピード違反とか無いんやろかと思うくらいスピードを出してる。
どんどん他車を追い抜き、あっという間に次のオアシス都市阿图什(アルトゥシュ)に着いた。
ここは克孜勒苏族(キルギス族)による自治州らしい。新疆维吾尔自治区(新疆ウイグル自治区)の中に更に自治州があるってことかな。よう分からんわ。
それとここでは、汉族(漢族)の林さんとお別れや。僕は話した事はあんまり無かったけど、一緒に居ったしお別れを言うた。
特に多賀先輩はいつもと違ごて真面目な顔で話してた。もう二度と会われへんかも知れんしな。滅多に見せへん今にも泣きそうな悲しい顔をしてた。そんなに林さんと仲良うなってたやなんて知らんかったわ。
林さんはバスを離れ街の中に消えて行く。
すると多賀先輩は急にリュックを持ち、
「北野。短い間やったけど、おおきにな」
と言うてきた。
「へ? どないしたんですか?」
「俺、ここで降りるわ」
「降りる?」
「俺は雪梅を追っかけるし、ここでお別れや。すまんなぁ」
咄嗟のことで、頭の中を整理できんかった。取り敢えず引き止めた方がええやろと直感した。多賀先輩、行かんとって!
「えっ、それでええんですか!」
「おう、もう少し雪梅と一緒に過ごしたいしな」
どうしたんやろ。あんなに次へ進みたい、早くギリシャに行きたいと言うてたのに、林さんと何があったんやろか。
僕は多賀先輩と一緒に旅をしてるけど、それぞれの行動や考えを尊重する意味でお互いに干渉しんようにしてきた部分もある。そやから林さんとの係わりは詳しく聞いてへんかった。もし聞いてたらもっと適切な事を進言をできたかも知れん。
とにかく時間を稼ごうと思た。そうしたらバスは出発すると思て。
そやけど僕には適当な事しか思いつかへん。
「そんなことしたら10人目の彼女が出来てしまいますよ」
とは言うものの、めっちゃ不安やった。
「ええやろー。羨ましいかぁ?」
と言うて多賀先輩はニヤっとしてきた。あれ? と思てたら、
「冗談に決まっとるやないか」
と言うてリュックを下ろした。するとドアが締まり、バスは動き出した。
僕はなんかホッとした。なんや冗談かぁ。かなり本気やったみたいやけど。そやし止めへんかったら行ってたんとちゃうやろか?
ここから一人になるやなんて考えられへんかったし不安やった。普段は何もせんし、あんまり役に立たんけど、それでも多賀先輩を頼りにしてるって事かも知れん。
バスは街を出てまた砂漠を走る。安心したら心に余裕が出てきて、多賀先輩を引き止めてしもた事が申し訳ないと思うようになってきた。
「多賀先輩」
「うん?」
「ほんまは行きたかったとちゃいます?」
「どうやろー」
「そんなに良かったんですか?」
「おうー、ええ子やったわ。めっちゃ可愛いし、優しいし……。それにノリが良かったわ」
「そうですかぁ。そしたら、カシュガルに着いてからまた会いに行ったらええですやん。1時間ぐらいで来れるみたいですよ」
「そうかー」
「そうしたらええですわ」
多賀先輩を無理やり慰めてる僕は自分勝手な様な気がしてきた。
「そうしよかなー」
「カシュガルでも今度の日曜日に大きなバザールがあるって古沢さんも言うてたし、それまで居ましょうや」
「そやな。ほなそうしよか」
よっしゃー。これで多賀先輩も林さんに会えるし、僕は日曜日までカシュガルを堪能できる。ちょっとずるいやり方かなと思てしもたけど、お互いにメリットあるしええやろ。
バスが峠を越えると、前方にめっちゃ大きなオアシスが見えてきた。しかも建物も結構あってちょっとした都会みたいや。
砂漠の中に突如として現れた都会。なんか幻でも見せられた様な不思議な気持ちで眺めてた。
坂を下るとすぐにオアシスに入る。中国の西の果て、喀什噶爾(カシュガル)にやって来た。
バスは街の中をゆっくり走る。いろいろな店や工房らしき建物があり、広場には露店などが出てて平日の昼間やのに結構な数のおっちゃんたちで賑わってる。
砂漠の最果てにこんな街があるだけで不思議やったしワクワクしてきた。
バスターミナルには予定より早く到着した。僕らはバスを降り、見習い運転手のおっちゃんや社長にお礼を言うてたら、さっそくロバ車タクシーの客引きに引っ張られた。俺のロバ車に乗れとウイグルのおっちゃんがうるさかった。
「あなた、日本人ね。私のロバ車、乗る」
ここでもまた日本語で話しかけられた。こんなとこまで大勢の日本人が観光に来てるんやと少し興醒めしたわ。
僕は、パキスタン行きのバスが出る「其尼巴宾馆(其尼巴ホテル)に泊まったらええよ」という古沢さんのアドバイスを思い出す。しかもそのホテルは街の中心にも近いしドミトリー(大部屋)なら結構安いらしい。
「其尼巴までなんぼや」
と聞いた。
「10元ね」
こいつめっちゃふっかけとる! トルファンでの経験を活かせそう。
「高いは、2元や」
「だめです。8元です」
「まだ高いわ」
「安いですよ」
と値段交渉してたら、バスの社長がやって来て間に入ってくれた。
その結果、4元でどうやということになった。多賀先輩に相談すると、
「ええんちゃう」
と言うんで4元で乗ることに。それでもロバ車のおっちゃんは「儲かった」みたいな顔をしてたし、ほんまはもっと安いんやろうと思てた。3人で荷台に乗るとすぐに動き出す。
「シィェンタイ、いくらだったの」
「4元や。高いか?」
「そうね。高いわね」
パリーサは、おっちゃんにウイグル語でなんか話しかけた。結構きつい口調で。
「4元も払うから、少し街の観光もしてくれるって」
「そうなん、やるやんパリーサ。おおきにな」
パリーサはちょっと得意げやった。おかげで街も見て回れる。
ロバ車は街の中を走り回る。と言うても遅いけど。
このおっちゃんは相当な女好きみたいで、可愛い子がおると声を掛けてピーピーを口笛を鳴らして笑ろてた。そのたんびにパリーサも笑ろてる。
街の中心の広場に来た。その割にはあんまり人は居らへん。
おっちゃんは、
「マオドン、ぷーっ。マオドン、ぷーっ」
と言うて唾を吐いてるし、何してるんやと聞く。
「マオドン知ってるか」
「マオドンってなんや?」
「マオドンはマオドンだ。あれだ」
と広場の中心に立ってる巨大な銅像を見た。それは遠くを指差す姿の毛氏の銅像やった。
「マオドン、きらい。マオドン、敵ね。ウイグルの土地、ドロボウね」
とまた唾を吐きまくってた。
そう言えばウイグルは漢族の中国に吸収合併されたようなもんやからな。相当辛い思いをしたんやろか、めっちゃ恐い顔で唾を吐いてた。
そやけど僕の方を振り向いた時は笑顔を作り、
「日本人、ウイグル、ともだち。あははは」
と一人で笑ろてた。やっぱりここでも日本の認識は同じや。
どんどんロバ車を走らせるのはええねんけど、段々と人通りが少ないとこにやって来た。カシュガルの地図は頭に入ってへんけど、なんとなく違う方向に来てる様な気がしてた。
そろそろホテルに入りたくなってきたし、
「おっちゃん、そろそろ其尼巴に行ってや」
と言うと、おっちゃんはロバ車を人気の無いとこに止め、
「帕米爾宾馆(パミールホテル)なら20元だ」
と人が変わったみたいに脅してきた。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
多賀先輩もよく分からない行動をします。それと新しいトラブルの予感です。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。
また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。
今後とも、よろしくお願いします。