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広く異国のことを知らぬ男  作者: すみ こうぴ
【中国】吐鲁番→喀什噶爾(カシュガル)
63/296

63帖 オアシスの夜に

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す


 库尔勒(クーミィラ)(コルラ)という街は結構大きなオアシスで、工場なども林立してるちょっとした工業都市みたいやった。ただその排気ガスのせいで少し煙くて臭い。

 この町までは鉄道が通っており、駅前のバスターミナルは大勢の人で賑わってる。


 バスターミナルに着き、バスを降りる時に助手のおっちゃんに明日の出発時間を聞くと7時だと言うてた。北京時間なのか新疆(シンジィァン)時間なのか確認すると新疆時間だと言う。まだ北京時間で過ごす習慣が抜けてへん僕たちにはそないに苦痛やなかったけど、パリーサにとっては結構辛いことの様で嫌そうな顔をしてた。

 バスから立ち去ろうとしてると大家族のウイグルのおっちゃんが僕らに声を掛けてきた。


「お前たちは若いんだからさっさと手伝いなさい。それが普通だろ」


 みたいなことを言われ、おじいさんをバスから降ろすのを手伝わされた。2畳くらいの絨毯におじいちゃんを載せてバスから降ろす。僕ら以外の中年のおじさんも手伝ってたけど、文句は一言も言わんかった。

 そういうことをするのはウイグルの世間では当たり前で普通にやることなんや。

 お年寄りを大切にするのは当たり前なんやけど改めてそれが「普通」という事を感じることができた。


 おじいさんを荷車に乗せてバスターミナル前の5階建ての大きな「交通旅社(ジャオトンリュジェァ)」に連れて行く。どうやらこのホテルは旅行者用の宿泊所になってるようで、ついでやから僕らもその大家族と一緒にそこへ泊まることにした。


 簡単な宿泊の手続きを済ませて、まずはおじいさんを1階の個室に連れて行く。そして僕らは自分たちが割り振られた部屋に入る。

 一泊10元やったんであまり期待してなかったけど、部屋は予想どおり簡易宿泊所って感じやった。ベッドが10個あるだけの大部屋で、トイレもシャワーも無い。それらは全て共同やった。僕ら男は3階の大部屋で、パリーサや漢族の女の子、それに大家族のおばさん達は女性用の4階へ行く。トラブル防止なんやろか、このへんは意外ときっちり別れてた。


 部屋の中には商人のものと思われる荷物がたくさん置いてある。宿泊客は僕ら以外は全てウイグルのおっちゃんやった。

 ベッドの脇にリュックを置いてチェーンロックでつなぎ止める。一応ロックはしたものの蓋は簡単に開けられるし中身だけ盗ろうと思えば盗れる。気休め程度にしかならへんけど、それでもこれでリュックは盗られることはないと安心して晩飯を食べる為に部屋を出る。


 階段の踊り場にはパリーサが一人で立ってた。


「晩飯食べに行くか?」

「うん。一緒に行こうよ」


 一緒に行かんとまた「ルールだから」と言われそうやったんで3人で旅社を出る。パリーサが選んだ屋台の前のテーブルに腰掛ける。多賀先輩とパリーサはチョチュレとナンを注文したけど、僕はあまり食欲がなかったんでナンとシシカバブーだけにした。それでもシシカバブーは5本も食べてしもて、お腹はいっぱいや。


 僕はこの旅が始まってからパリーサの元気がないのに気付いてた。トルファンにいる時は口やかましいほど喋ってたし生き生きしてるように思えたけど、バスに乗ってからはバスの中でも休憩の時でも口数は少ない。一人で旅に出てきたし、トルファンで何かあったんやろかと少し気になってた。


「パリーサ、今日はあまり元気ないな」

「そうかしら。私はいつもと同じだけど」

「それでもいつもよりあんまり喋ってへんで」

「……」

吐鲁番(トゥールーファン)(トルファン)で何かあったんか」

「……」


 どこか悲しそうな顔やったけど返事もせんとスープを飲み続けてたし、僕もそれ以上は聞かんかった。僕も黙ってナンを口に入れた。ナンを食べ終わって多賀先輩にこれからの予定を問うた。


「多賀先輩、この後どうします。もうホテルで寝ますか?」

「眠たいけどなぁ、ちょっとうろうろしよか。なんか楽しそうやで、この雰囲気、好きゃなあ」

「そうですね。夜店も多いし、面白そうですよね。ほんなら、パリーサはどうする?」

「もちろん、一緒に行くわ」



 僕らはすっかり暗くなった库尔勒の駅前をぶらつく。街灯と屋台の明かりで照らされた駅前は大勢の旅行者で賑わい、みんな楽しそうや。

 飲食店もまだいっぱい開いてるし、歩道にはさっき食べたような屋台がたくさん並んでる。


 屋台毎にラジカセで音楽を鳴らしてるけど、店主の民族性によって曲調が異なる民族音楽が流れてる。もちろん出してる料理も違うし、漂ってくる香辛料の匂いも店ごとに違う様に感じる。

 殆どがウイグルと漢族の店やけど、中には哈萨克族(ハーサークェァズー)(カザフ族)や烏孜別克(ウーズービィェクェァ)(ズー)(ウズベク族)、1軒だけやけど蒙古族(モングーズー)(モンゴル族)のような服を着てるおっちゃんの店もあった。

 客はウイグルのおっちゃんが多かったけど、店主と同じ様な服装をしてるお客も居る。それに今まで見たことない服を着てる人たちも居って、やっぱりここはシルクロードの中継地やという雰囲気がプンプン漂ってくる。僕はかなり興奮してた。


 移動手段は変わったけど、こうやっていろんな人が行き来する光景は昔と変わらんのやろなと感慨を覚えたし、多賀先輩も目を輝かせてる。


 そんな僕らと対象的なパリーサは、少し寂しそうに歩いてる。


「パリーサ、元気ないやん」

「そうかなぁ」

「こうゆう旅行はしたことないんか」

「そうねー。実はトルファンから出るのは初めてなの。乌鲁木齐(ウールームーチー)(ウルムチ)に一回行ったことがあるのだけど覚えてないわ。小さかったから……」

「英語はよう喋れるのに、旅行はしたこと無いんか」

「そうね。ムスリムの女子は一人で旅行できないのよ。ダメなの。危険だから」

「そしたら、今は怖いのか?」

「怖くはないけど、ちょっと心配で……」


 その目は本当に不安そうやった。トルファンでは見たことない顔や。いつもは鬱陶しいヤツやなーと思てたけど、今は少し同情したわ。


「シィェンタイ。お願いだから……、私を一人にしないでね。いつも一緒に居てね」

「そやな。カシュガルまでは一緒やし、安心してええで」

「ありがとう。お願いね」

「大丈夫や。心配するな」


 と言うとパリーサの表情は少し明るくなった様に思えた。


 その後、僕らは夜の異国情緒をたっぷりと味わい、旅社に戻る。

 階段でパリーサと別れる時、


「明日の朝、勝手に行かないでね。私も一緒だからね」


 と念を押された。「大丈夫や」と言うと安心して上の階に上がって行った。



 部屋に入ってベッドの上に横になると強い疲労感と眠気に襲われた。

 僕はさっきの不安そうなパリーサの事を考えてた。ムスリムの厳しいルールがあって、特に女性は大変そうや。僕らはお金さえあれば自由に旅ができるし、好きなこともできる。そう思うとなんか申し訳なくなってきて明日はもう少し話しかけてみよ。

 そう思てたら僕は知らん間に眠ってしもた。



 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 明日もバスの旅は続きます。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。


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