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広く異国のことを知らぬ男  作者: すみ こうぴ
【中国】吐鲁番
51/296

51帖 アイデンティティ

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す


 洗濯が終わりシャワーも浴びたし、昼飯へ行くことに。

 建萍(ジィェンピン)の店に向かって歩いて行くと、昨日と違って人通りが多いのに気が付く。荷物を積んだロバ車や軽トラもたくさん走ってる。なんとなく街が賑やかな感じや。


 高昌市场(ガオチャンシーチャン)(高昌市場)は一昨日より店の数が増えてたし、市場の横の食堂街も人通りが多かった。いつもはウイグルの人が多いけど今日は漢族もぎょうさん居る。もしかして……。


 案の定、建萍の店はお客で一杯や。僕は建萍の姿も見ずにバザールへ行くことにする。

 大通りの胜利路(シォンリールー)(勝利路)に出ると、その両脇にも露店が少し立ってて祭りでも始まりそうな雰囲気や。

 团结路(トゥァンジェルー)(団結路)を右に曲がろうとしたら汉族(ハンズー)(漢族)が群がってる。そこは百货商场(バイホウシャンチャン)(デパート)の入り口やった。デパートと言うても二階建ての建物で、いつも通ってたけど人だかりが無かったし今まで気付かんかった。


 ちょっと覗いてみよと思て中へ入る。店の中は、当たり前やけど中国製品ばかり。お客も汉族がほとんどで、汉族専門みたいに感じた。

 2階に上がってみると、ちらほら外国製品が売ってる。アメリカ製の髭剃りが売ってたけど、パッケージは中国語で書いてある。そういえば日本を出てから髭を剃ってないわ。

 一通り品揃えを見たけど、どこでも売ってる様なもんばっかり。

 唯一、気になったんは「麻雀牌」や。昔見た香港映画の麻雀のシーンを思い出した。日本で普通に売ってるような小さな麻雀牌でなく、タバコのパッケージぐらいの大きさの麻雀牌やった。それがなんと150元で売ってる。思わず欲しくなって悩んでしもた。結局持ち運びが重くて大変そうやったんで買うのは諦めたけど、すぐに日本に帰るんやったら絶対に買うてたと思う。僕は麻雀が大好きやねん。


 百货商场を出てバザール一へ。ここも昨日より店が増えてる感じや。

 僕はいつものシシカバブー屋で4本食べる。つまり全ての味を食べ比べてみる訳や。

 店が増えてた関係で、いつもの位置とは少しずれてた。変わらんのはこのシシカバブー屋の兄ちゃんの服装や。胸のとこに綺麗な模様のある、いつも同じ白いウイグル服を着てるけど、お腹の辺は石炭と灰で黒く汚れてる。ズボンも靴もボロボロ。ウイグル語しか喋らへんし、そんなに裕福では無い感じ。

 愛想がええ訳でもないし世間話をしてくる訳でもないけど、僕はこの兄ちゃんとこの店? を気に入ってる。半畳ほどのスペースで家族のために毎日頑張って働いてる。そんな兄ちゃんの姿は素敵に見えてた。


 食べ終わると、後ろの喫茶店のような店舗から僕を呼んでる声が聞こえた。

 見ず知らずのおじいさんが手招きしてる。寄っていくと向かいの席に座れと言われた。もちろんウイグル語やけど。

 おじいさんは、


「シシカバブーを食べたらお茶を飲みなさい」


 みたいなことを言うて、僕の分のお茶を頼んでくれた。


「ヤポンィーリキ?」(日本人か?)

「ヘーェ、ヤポン」(はい、日本人です)


 おじいさんは嬉しそうに握手を求めてくる。やっぱり敵の敵やから? 僕はお茶のお礼を言うて握手をする。


 おじいさんはウイグル語で話し始めたけど僕には判らん。僕は少し首をかしげたけど、お構いなしにおじいさんは語る。

 そのおじいさんの語り口調は独特のリズムと抑揚があって言葉は判らんけれど、不思議とその話に入っていった。


 お茶を飲んでから、おじいさんは窓の外を眺めて話を続ける。


「昔はのう、オアシスはもっと大きく、水も豊富で、草原も豊かやった。儂らはたくさんの動物と少しの畑を耕して暮らしとったんや。それが汉族が来てから暮らしがキツくなっていった。儂らは必要な分だけ貿易で金を儲けてたのに、それを横取りされてしもた。今、金を儲けてるのは汉族と一部の维吾尔族(ウェイウーェァーズー)(ウイグル族)だけや」


 おじいさんに魔法を掛けられた僕は、話にのめり込む。しかも日本語で話しかけられているみたいに話の内容が頭に入ってくる。お茶を飲めと言うてから、おじいさんは話を続けた。


「そやけど汉族がみんな悪い訳ではない。汉族でも儂らよりひどい生活をしてるヤツが居るんも知ってる。要するにドンがあかんのや」


 お茶を一口飲んで、そして遠くを眺めながら寂しそうな顔で話を続ける。


「古いほんまのウイグル語を話せるやつも減ってきた……。しかし歯向かうことできん。戦う術がないんや。そのうち儂らの生活や文化や習慣、そして人そのものが無くなってしまうかも知れん……。だから若い奴らには頑張って欲しいと思てるんや……」


 とおじいさんが言うたかどうかは分からんけど、僕は何となくそう言うてる気がした。


 話が終わると、「おしまい」みたいな事を言うて笑顔でまた握手をしてきた。そしておじいさんと僕は店を出る。

 喫茶店の周りには、さっきより出店が増えてる。人も増えてきた。


「明日はもっと大きなバザールが立つよ」


 と、おじいさんは言うてるみたい。明日も見に来ようと思た。


 すると、その前をロバ車に乗った多賀先輩が通過して行った。


「多賀先輩!」


 と声を掛けたけど聞こえんかったみたい。

 僕はおじいさんにお礼を言い、多賀先輩を追いかける。多分ホテルに戻るんやろ。僕もそっちに向かって歩き出す。



 途中、赤い垂れ幕のある体育館のような公会堂のような建物の前を通る。そこも結構な人だかりで、着飾ったウイグルの男性や汉族が何やら真剣な顔をして話してる。


 团结中路を左に曲がると葡萄棚の通りや。なんとそこにも露店が立ち始めてた。電球がぶら下がっているところを見ると夜店でもやる雰囲気や。


 ホテルの部屋に戻ってみると多賀先輩はシャワーを浴びてた。


「ただいま」


 と大きな声で言う。


「おお、おかえり」


 シャワーの水音が止まった。


「買い出しはどうでしたか?」

「まあ大変やったけどな、バーベキューの用意は完璧や」

「良かったですね」


 日曜日は暇やし、僕もバーベキューに行きたいなーとちょっと思てきた。


「女の子は来るんですか?」

「おう。なんと2人、可愛い子が来るらしいわ。えへへへー」


 そうなんや。2対2か。邪魔せんとこうと思た。


「めっちゃええですやん。どんな女の子が来るんですか?」

「いや知らん」


 なんや知らんのか。可愛いんかな? どんな子が来るんやろうと想像してたら多賀先輩はシャワーから出てきた。


「今からまた出てくるわ」

「えっ、また?」

「そう。その女の子らと漢族の兄ちゃんと一緒に晩飯食うねん」

「そうなんっすか」

「そやしこれ、貰ろたんやけど食べといてくれるか。なんやサムサって言うもんらしいわ」


 テーブルの上を見ると包み紙があって、開けてみると中から三角形をしたパイの様なもんが5,6個入ってた。

 晩御飯こそ建萍の店で食べようと思てたけど、また明日行くことにしてサムサを食べることにした。


 多賀先輩が出て行き、日も暮れて暗くなってきた。部屋の電気を付け、僕は一人でサムサを食べる。

 パイ生地の中には羊肉のブロックと玉ねぎなどの野菜が入ってる。冷めててもそこそこやったけど、焼きたてやったらめっちゃ美味しいやろなあと思た。

 四つ食べたらお腹が苦しくなってきたんで、ベッドに横になる。胃が小さくなってきてる様な気がする。そういえば体重も減ってるかも?


 しーんとする部屋。

 窓の外から軽快な民族音楽と歌声が聞こえてるのに気付いた。

 外を覗いてみると、葡萄棚の辺りが明るい。残りのサムサを口に入れホテルを出て行ってみた。


 だんだんと音楽や人の声が大きくなってくる。葡萄棚にも明かりがぶら下げられ、ウイグルの人達で賑わってる。

 男の人はいつもより綺麗な刺繍の帽子をかぶり少し長めの黒いベストを、女の人は普段よりも派手な色のドレスを着て踊ってる。

 楽しそうなんで僕も近づいてみた。

 踊っている人の中には小さい子供もいたけど、70か80ぐらいのおじいさんも居った。若者に劣らずキレのある踊りをしている。すごいなーと感心するとともに、祭りが大好きな僕はワクワクしてきた。


 近づこうとした時、昼におじいさんから聞いた話を思い出す。

 なんとなくやけど、他民族である僕はあの場所に行くべきではないと思た。


 僕は近づくのを止めてホテルに戻りだす。ちょっと寂しかったけど……。


 部屋に戻りベッドで横になる。

 通りから聞こえる楽しそうな音を聞きながら、僕は一人で寝ることにした。



 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 言葉が分からないと言うのも、それはそれで異国情緒があっていいもんです。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。


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