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広く異国のことを知らぬ男  作者: すみ こうぴ
【中国】吐鲁番
50/296

50帖 きつね娘

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す


 目が覚めると部屋には僕一人だけや。多賀先輩は「今日は朝から買い物に行く」と昨日の夜に言うてた。

 なんでも明日の日曜日に汉族(ハンズー)(漢族)の青年と艾丁湖(アイディンフー)(アイディン湖)に行ってバーベキューをするらしい。その買い出しに朝から歩き回るとの事。


 6月1日土曜日、11時半。昨日はなんやかんや言うて一日動き倒してたんで僕は今まで寝てた。そろそろ起きよかなと思たけど、特に何かしたい訳でもなかったんでそのままベッドで横になってる。

 窓の外は今日もいい天気で日差しがきつそうや。

 ぼーっとしてたけど、なんか胸騒ぎがしてきた。嫌な予感がする。

 時計は間もなく12時になろうとしてる。


 そうや! 昨日の女の子が掃除に来るかも知れん。昨日も12時前に来とったわ。


 急にやってきて僕の心をかき乱してまた急に去ってくんで、昨日の一件以来僕は「狐娘」と名付けてる。狐娘の話は昨日の夜に多賀先輩にも話してある。多賀先輩は「可愛かったらええやん」と言うてたけど、あんなに積極的に来られると僕は困ってしまう。ちょっと苦手なタイプかも知れん。


 とにかくここはすぐに立ち去った方が無難や。

 靴を履いて部屋を出ようとしたけど、時既に遅し。


「お掃除しますねー」


 みたいなウイグル語を言うて狐娘が入ってきた。僕は挨拶だけして部屋を出ようと試みたけど、服の袖を引っ張られて足止めされた。


「Can you speak English?(英語は話せる?)」

「A little……(少しなら……)」


 日本語はあんまり話せへんけど、英語は分かるみたい。そういえばこのホテルには欧米系の旅行者がいっぱい泊まってる。街では時々日本人を見かけるけど、このホテルでは見かけへん。僕らもそうやった様に日本人はここが高いと思てるから寄り付かんへんのや。

 ここで働くには英語が話せるのが条件で、だからこの狐娘は英語が話せるんやと思た。


「これからどこか行くの?」

「えーっと……」


 どこ行くのか考えてへんかったんで、すぐに答えられんかった。


「ちょっと話をしましょうよ」


 と言いながら狐娘は掃除を始めた。

 困ったなあと思いながらも、取り敢えず断る理由も無いんで靴を脱いでまたベッドに座る。


「あなた日本人でしょ?」

「そうやけど」

「日本で仕事は何してたの?」

「今年の春、大学を卒業したところやけど」

「へー、そうなの。すごいねー」


 やっぱり昨日みたいに楽しそうに掃除をしてる。そして昨日と同じ鼻歌を歌いながらシャワールームを洗浄に行った。

 鼻歌が止まったかと思うと何か言うてきた。でもそれは水の音で聞き取れへんかったんで、僕はベッドから降りてシャワールームを覗きこむ。

 

「なんて言うたん?」

「結婚はしてるの、って聞いたの」


 なんで中国の人は、こうも同じ質問ばかりしてくるんやろ?


「してへんで」

「そうなの。どうしてそんな歳なのに結婚してないの」


 またその話か。そやけど僕が何歳か知ってるんか? ああ、宿帳を見たんかな?


「相手が居らへんからや」

「ふーん、そうなんだー。うふふ」


 なんか意味ありげな笑い声が聞こえてきたぞ。


「あなたは、多賀(ドゥォフゥァ)? それとも北野(ベイイェ)?」

「僕の名前はベイイェやで」

「そうなのね。ベイイェなんだー」


 シャワールームの掃除が終わって、僕の方にまっすぐ歩いてきた。えっ、何々。何が起こるの?

 狐娘は、僕の目の前に立って笑顔で、


「また後でお話しに来てもいい?」


 と聞いてきた。ちょっと焦ってしもたがな。

 昨日、狐娘を見たんは朝の掃除の時だけやったから、もう来うへんと思て軽い気持ちで、


「ええで」


 と答えといた。


「ありがとう」


 と言うて掃除道具を持って部屋を出て行く。なんなんやろこの子は? 取り敢えず早くどっかへ行ってしまお。

 僕は急いで靴を履き直し、そっーと部屋を出て行った。


 ホテルを出ると気温は高いし日差しはきつい。どこへ行く宛てもなかったけど、まずホテルから離れることにする。

 通り歩いてると小さな移動式の屋台でナンを売ってたんで、1個買うて食べながら歩く。


 ちょうど昨日見つけた葡萄棚の通りに来たんで、ベンチに座って残りのナンを食べる。なんとなくここは落ち着く。ナンを食べ終わって喉が渇いてたけど、買いに行くのが面倒くさいんで我慢した。


 急いで出てきたし観光マップも何も持ってきてない事に気づき、これでは動きようがないんで仕方なくベンチで横になる。


 時計を見ると、もうすぐ12時半や。

 どうしよう? またバザール行こうかな。それとも街をぶらぶらして路地裏でも探検してみようか。きっと誰か声をかけてくれるやろ。そうやって時間を潰して、昼飯時になったら建萍(ジィェンピン)の店に行こうかなと考えてた。

 そしたら僕の名前がどっかから呼ばれたような気がした。


「シィェンタイ!」


 やっぱり呼ばれてる。

 起き上がって周りを見てみると、こっちに向かって建萍が歩いてきた。


你好(ニーハオ)(こんにちは)」

「こんなとこで何してるの?」


 みたいなことを言うてきたんで、ここで寝てたとジェスチャーで表した。建萍は笑ろてる。白い歯が綺麗やった。


 そして僕の横に座る。腕と腕が触れるぐらいの距離で座ってきたんで、そんなことをされるとちょっとドキドキするわ。

 メモ帳とペンを出してくれと言うてきたけど今は持ってないと伝えると、建萍は困った顔をしながら考えてた。


今天(ジンティェン)(今日)、どこ、行く?」


 と日本語で聞いてきた。ちょっとは日本語が使えるんや。

 僕はどこも行かへんと言うと、後でお店に来てくれみたいなことを言うてる。建萍は今からお店に向かうとこやったんやな。

 それから建萍は中国語でいろいろ話しかけてきた。そやけど何を言うてるか全く予想がつかん。「メイメイ」がどうたらこうたらとか、「チーズー」がどうやとか、「ジェフン」はどうやとか聞いてきたけどさっぱり分からん。

 言葉が通じへんというんはもどかしいもんやと改めて思たし、コミュニケーションって大変なんやなと感じた。

 また建萍は自分の左手に字を書いてくれるけど、何て書いてあるんか分からへん。二人共、ちょっと諦めムードになった。

 建萍は時計を見て「そろそろ行くわ」みたいな感じで立つと、


一会(イーフゥイ)儿见(ェァージィェン)(また後でね)」


 と笑顔で言うて歩いて行った。


 木漏れ日と涼しい風に当たりながら、僕はまた横になる。何しよかなーと考えてたら、ウトウトしてし暫く寝てたと思う。



 そうや。洗濯しよっと思て起き上がった。急に起きたんで頭がフラフラするけど、歩いてホテルに戻る。


 僕が泊まってる部屋は別館なんで、一旦新館に入りフロントで鍵を貰う。そして新館を出て旧館に向かうんやけど、その時にあの狐娘に見つかってしもた。

 旧館の陰から僕の方へ向って狐娘が走って来る。


「帰って来たのね」

「うん」

「これからまた観光に行くの?」

「いや、今から洗濯をしよと思て」


 と英語で話す。


「それなら、私が手伝って上げるよ」

「ええよ。自分でやるから」

「手伝うよ」

「そやかて仕事があるから無理やろ?」

「問題無いよ」

「なんで?」

「もう仕事は終わったよ。午前中だけだから」


 時計を見るともう2時を過ぎてたし、そう言われると断る理由が無くなってしもた。

 黙って部屋まで行くと、狐娘も付いてきた。

 多賀先輩はまだ帰って来てへん。なんでこういう時に居らんのやと恨んだ。


 狐娘はシャワールームに行き、バケツに水を入れ始めた。やる気満々やん。そして一旦部屋を出て行く。


 僕は自分の洗濯物を出し、ついでにベットに脱ぎ捨ててあった多賀先輩の服も持ってシャワールームに行く。そしたら狐娘が石鹸ともう少し大きめのバケツを持って戻ってきた。


 僕は洗濯物を一旦水に浸し、持ってきてくれた石鹸を塗って洗う。狐娘も隣で同じように洗いだした。

 なんか申し訳無く感じてついつい話しかけてしもた。


「名前は何て言うん?」

「パリーサよ」


 パリーサかぁ。性格がサッパリしてると言うのは関係無いわなあ。


「歳はいくつ?」

「17よ」

「へー」


 若い……。建萍より年上やと思てた。それにしても洗濯の手際がええ。慣れてる感じやなぁ。

 僕のジーパンは何回洗ろても汚れが取れへん。擦れば擦るほど泥水が出てくる。2週間も履いてたからな。きれいにならんと思て困ってたら、パリーサが「私がやる」と言うてきた。任せてみると手際よく、しかもしっかりと汚れを落としてる。思わず見とれてたら、


「ベイイェは、これやって」


 と馴れ馴れしくシャツを渡された。なんやこいつと思いながらもこっちのバケツで洗うと、これもやっぱり汚れが酷くて出てくるのは泥水やった。


「ベイイェは、いつまで吐鲁番(トゥールーファン)(トルファン)に居るの?」

「えーと、火曜日かな」

「そうなんだ。それから何処へ行くの?」

喀什(カーシー)(カシュガル)やで」

「へー、喀什へ行くんだ」

「行ったことある?」


 なんか情報でも教えてもらえるかな。


「無いわよ」


 無いんかい。


「それで喀什へはどうやって行くの」

汽车(チーチェァ)(バス)や」


 途中まで列車も走ってる事が分かったけど、もう切符を買うのは面倒くさい。


「それが一番いいね」

「やっぱり」

「いくらするの。喀什まで」

「53元やったわ。安かったで」

「でも大変よ。何日もかかるって言ってたわよ」

「3日で着くらしいで」

「あら、そうなのね」


 そんな会話をしてたら、全部洗い終わる。すすぎをしてからしぼったけど、ジーパンはしぼりにくいんで二人で両端を持ってねじる。少し水が出てきて、更に力を入れようとしたらパリーサが、干しといたら乾くから、それ以上しぼらんでええよと言うてきた。旧館裏の南側へ連れて行かれ、洗った服を干す。

 パリーサのお陰で、あっという間に終わった。

 それで今度お礼をするわと言うたら喜んでる。

 そろそろ家に帰ると言うんで、お礼を言うて別れた。


 日差しはきついし風も吹いてるし、直ぐに乾きそうや。



 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 狐娘はただ単に世話好き? いったい何がしたいのでしょうか。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。


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