47帖 砂漠の狐
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
僕らはバザールを出た。
「俺、ちょっとブラブラしてくるわ」
と言い残して多賀先輩は路地裏に消えていく。
北京でもそうやったけど、基本的に多賀先輩は単独行動派や。山行などグループでの活動も楽しむけど、一人飲みやバイクでの単独ツーリングなんかもこよなく愛してる。その辺のスタンスが僕は気に入ってる。僕も自分の時間を大切にしたいし、誰にも邪魔されたくない時がある。でも一人では寂しい。そういう時に多賀先輩は一緒に居てくれる。そのタイミングが絶妙や。
ただ今日に限って言うと、これから何をしようかと考えてもいてへんかったんで、少し寂しい気がする。日程が延びた事が引っかかってるんやろかと心配してしもた。
ロバ車タクシーの少年たちはまだ学校やしそんな遠くには行けへんなあと思いながら、自然とホテルに向かって歩いてた。
それでも何かないかと思いながら、遠回りをしてホテルを目指す。太陽も大分高くなり、歩くだけで汗が滲み出てくる。
大きな通りから右に曲がると緑のトンネルがある通りに入った。
藤棚をでかくした様なもので通りが覆われ、向こうの大通りまで延々と続いてる。
その緑のトンネルは葡萄の木で出来てて、よく見ると小さな房をつけた葡萄があちこちにぶら下がってる。こんな街中でも作ってるとはさすがは葡萄の産地や。魅力的な演出にも思えてきた。
葡萄のトンネルの両脇には一定間隔でベンチが設置されてる。歩き疲れたんもあったし僕はそこに座って葡萄の棚をなんとなく眺めた。
葡萄の葉っぱで日差しが遮られ、通りを流れる風が僕の汗を乾かす。それがとても心地よかった。僕はベンチに横になり目を閉じた。
暑さを忘れ疲れも癒されると、パチッと目が醒めた。
僕は少し焦ってきた。火曜日まで時間ができたんで、その時間を有効に使わんとあかんやろうという義務感が湧いてきた。別に誰にも強制されるわけでは無いけど「こんなとこでぼーっとしててええんか」という思いに苛まれる。
仕方がないんでホテルに向かって歩いた。僕が持っているガイドブック「異国の歩き方」には、トルファンの紹介が2ページしか載ってない。昨日、旅慣れた古沢さんにガイドブックには載ってないトルファンの見所を聞いてはいたけど、どこにあるかは分からへん。
それで僕は一旦ホテルに戻り、レセプションに置いてあった観光マップを手に入れることにした。
その観光マップは中国語でしか書いてなかったけど、部屋に戻ってベッドに横になりながら行動計画を考える。
博物館やモスクなどが近くにあることが分かったけど、そこへ「行ってみたい」というところまで気持ちのエネルギーが高まらへん。僕が思うに面白そうな所は全て郊外にある。
どうやったら行けるかと考えてたら、ドアをノックする音が聞こえたんで返事をする。
入ってきたのは綺麗なウイグルの女の子。えっと思たが、掃除道具を持っていたので服务员(従業員)の子やとすぐ分かった。ちょっとワクワクしてた自分が恥ずかしくなった。
「掃除しますねー」
みたいな感じで入ってきて、テキパキと作業をしてる。僕はそんな彼女の様子を眺めてた。
ウイグルの女性にしてはバザールで見た様な派手な服装ではなく、足元まである長い水色のワンピースを着てる。仕事着かな?
長い髪を後ろで括り模様のある赤い布で被ってる。笑顔で楽しそうに掃除をしている横顔は魅力的やった。モンゴロイドでもなく、彫りは深いが欧米人のそれでもない。日本人でいう美人の顔がここでは普通なんかも知れん。
部屋を掃除し終わった後、今度は奥のシャワールームへ移動した。
水を流し、鼻歌を歌いながらブラシで洗浄してる。ただ、水の音と鼻歌だけを聞いていると、覗きに行こうかなと思ってしまうぐらいいろんなことを妄想させられる。
そんな邪念を振り切るかの様に僕は観光マップを見入る。そやけど頭には何も入ってこうへん。
すると鼻歌と水の音が消え、彼女が近づいて来るのが分かった。僕は観光マップから目を離さずにいた。なんでかドキドキしてきた。
そのドキドキが的中してしもた。ラッキーなん?
ベッドが急に揺れたかと思うと、彼女は僕の横に座る。仰向けに寝ながらマップを見ている僕に顔を近づけてきた。そんなことをしたら反則やろと思いながらも、マップから目を離さずにいてると彼女は話しかけてきた。
「ここはとってもいいわよ」
と可愛らしい声で言うと、マップを指差す。そこは高昌故城という場所や。ホテルからはかなり離れてる。
彼女はいろいろと説明をしてくれてるみたいやけど、ウイグル語なのでさっぱり分からん。それよりも彼女との距離が気になって仕方がない。
そして彼女は更に顔を近づけて観光マップの右の方を指さしてきた。そこは火焰山(火焔山)やったが、それが何なんかは全く頭に入ってこうへん。彼女の頬と僕の頬がくっつきそうな距離感と、彼女からする香水でもなく汗臭さでもない不思議な香りが僕の思考を停止させてた。彼女は囁くように火焰山の説明をしてくれてる。時々笑ったりしているがその理由が分からん。
そんな彼女をよそに僕は、なんとか理性で僕自身を止めるのが精一杯やった。
それを察したかの様に彼女はベッドから立ち上がり、
「それじゃあまたね」
みたいな感じで掃除道具を持って部屋から出て行ってしまった。
何なんやったんやろ? 今のは夢やったんかな。
暫くぼーっとしてしもた。
狐につままれた事は無いけど、それはこんな感覚なんやろうと思た。
ふーっと息を吐き、現実に戻ってきた僕は時計を見る。そろそろ12時か。
僕は昼ご飯を食べに行くことにした。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
ウイグルの女の子はホントにキレイなんです。ググって見て下さい。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
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